第6話 がっこう

「準備できたか?博士」


「大丈夫ですよ」


俺は扉を開けた。


純白のシャツに紺色のベストを身にまとった博士はとても、満足そうだった。


「似合ってるよ、博士」


「学校に行くのが楽しみなのです!」


俺は学校自体楽しいもんだとはあまり思わないが博士が嬉しそうなら、まあ良かった。


そして、学校...


(父さん曰く、クラスは俺と同じか...

ベタベタくっ付くかなー、博士...)


人前でやられると少し恥ずかしい。

不安を感じつつ、ホームルームの時間になった。


担任の高月先生が先に入ってきた。


「今日は、転校生を紹介します。

じゃあ、入ってきて」


(頑張れよ...、博士...)


彼女は長らしく堂々と歩き、先生の横に立った。


先生に小声で名前を書けと言われたのだろう。黒板に名前を書いた。

俺が考えた、“水俣木葉”という名前だ。

丁寧な字でゆっくりと書き上げた。

最初の数週間はもつれた糸みたいな字だったのに、今では達筆になってる。


「水俣木葉と言います。コノハって呼んでください。家の事情で越してきました。趣味は読書です。よろしくお願いします」


俺の教えた通りの喋り方もしてくれた。

いきなり、「〜なのです」とかは上から目線の印象を受けるから、初めての場であるここは我慢してもらった。


「じゃあ、木葉さんは窓際の空いてる席に」


なんだ。俺の前が空席じゃないか...

って俺の前だって?何?

普通こういうのって後ろか横じゃないか?


(まさか父さん...)


「ふふっ、ユイトと毎日お喋りが出来て嬉しいのです」


と、前の席に座る際に小声で言った。


俺はなんとも言えなかった。


ホームルームが終わると、博士はすぐに後ろに向きを変え、ニヤニヤとコチラを見た。


「やっぱりいいですねぇ!学校って!」


「良かったよ…。そう思ってくれて」


苦笑いで応対した。


「結人、この子が言ってた噂のガールフレンドかぁ」


茶髪の男子生徒。俺の親友だ。


「ちょ、スバル、ガールフレンドじゃないって...」


そういう俺の指摘は聞き入れなかった。


「僕は星田昴(ほしだ すばる)、結人の友達」


「私のこと知ってるのですか?」


「ああ。結人から事情を聞いたからね。

大きな声で言えない事だけど、君がアニメのキャラだって知ってるよ」


軽く笑いを飛ばした。


「スバルは天体についてはずば抜けて詳しいからな。流星についての話をしたんだよ」


「その件についてはまだ結論が出せてない。もう少し時間が掛かりそうだね」


「そうか...、ま、とにかくこういう奴さ」


「これからよろしくなのです。スバル」


二人はすぐに打ち解けたようで良かった。


「ところで、何部に入るとか決めた?」


「何部?」


部活のこと、完全に忘れていた。

中高一貫校のここは中学も部活が多い。

博士と前もって時間多めに話しといた方が良かった。因みに俺は部活はしてない。やる気が無いだけだ。


「学校で好きな事が出来るんだよ」


俺は助け船のつもりで、大雑把に彼女に伝えた。


「好きな事...?」


博士は何かを考え、何かを思い付いたようだ。


「自分達で作れないのですか?

その部活とやらは」


「作れるかもしれないけど...

そこは先生に聞かなきゃ詳しい事わからないな」


スバルは腕を組み、言った。


「ユイト、我々で部活を作るのです」


「えっ...」


俺は困惑した。


「だって、せっかくこの世界に来て人間の生活が出来るようになったんですよ?

部活というしきたりがあるのなら、それも体験するべきです」


「後を考えるより、博士の言う事を尊重してあげたら?」


スバルまで博士を擁護した。


「じゃあ、放課後にでも先生の所へ行って相談しよう」


二人の熱弁で俺は了承した。

(ちょっと面倒だなぁ...)




無事に、平常通りの授業を終えた。

放課後に3人で職員室に行き、担任の

高月先生に相談する事にした。


「なるほどねぇ。要件はわかった。

ただねぇ...」


先生は眼鏡を上にあげて瞼をマッサージした。


「先生が居ないんだよ。部活顧問に就く先生が」


「ああ...、それはそれで問題ですよね」


俺は頷きながら言った。


「それに生徒会に対しての予算とか、

そういう部活認定する為には手続きが必要なんだよ。それか、結人くん

“非公認”で立ち上げてみたらどうだい」


「非公認って言うと?」


「実際その先生が見つかるまで、

正式な部活じゃないけど活動するんだよ。というか、あまりお金は使わないだろ?」


何となく先生の言いたい事はわかった。


「別にそれでもいいですよ。事情が事情ですし」


「しょうがないね」


博士もスバルも理解してくれたみたいだ。

取り敢えず、意見は纏まった。


「あっ、そうだそうだ。木葉さん

今図書委員に空きがあるんだけど、

やってくれないかな?

そんな難しい仕事じゃない。図書館で

本の貸出とか整理とか、するぐらいなんだけど」


すると、彼女は目の色を変えた。


「図書館!なら、やりたいのです!」


迷った様子は無く即決だった。


「図書館好きって...、変わんないね」


俺の耳元でスバルは呟いた。


「うん。見た目は少し変わっても根は博士だ」


同じように囁き返した。


「じゃ、司書の先生に伝えておくよ」


用が済んだので、職員室を後にした。

今日は残る事も無いので、そのまま帰ることにした。


スバルとは帰る方向が反対だ。

校門前でいつも別れる。


いつも1人で歩いていた帰り道。

しかし、今日から1人じゃない。


やはり、違和感は満載だ。


「初めての学校どうだった?」


「すごく楽しかったのです」


声のトーンからもその嬉しさが伝わった。

正直、学校を楽しめる人は羨ましい。

俺みたいな週末来いと思いながら、ボケっと1週間過ごす人とは全然違う。


「国語とか、数学とかあったけど、

勉強は付いてけそう?」


「大丈夫ですよ。私は賢いので」


「ならよかった」


少し沈黙があった。

カラスが意味も無く鳴きながら電柱から飛び立って行った。


「ユイトがいるから楽しいのですよ」


「えっ?」


「ずっと1人でこの世界をさまようと思ってたのに、出会ったんですから」


「...合縁奇縁、袖擦り合うも他生の縁って?」


博士はふふっと笑い、俺の左手を握った。


その時、俺は考えもしてなかった。


“故郷への慕情が薄れてしまうのでは”


今は仮に人間の姿であっても、

いつか、彼女を元の世界へ戻さなくては

ならない。


野生の動物にはあまり愛情を注いではならない。なぜなら、離れなくなるから。


人間であり、同時に“ケモノ”である事を

失念していた。


俺達は無垢にオレンジの空の下を歩んでいた。

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