6月16日(朝)雨は今日も降り続いている(2019/5/31一部修正)

「おはようございます、ポチ様」


 日の出も迎えきらないうちに、マーゴットさんに叩き起こされた。

「……おはようございます。マーゴットさん」


「さあ、ぼさっとしてないで!今日からバリバリ働いて頂きますよ!なにせここは男手が少ないのですから!」


 追い立てられるように着替えと洗顔を済ませ、次々と雑用を命じられる。

 薪割り、水くみ、朝食の段取りの手伝い。


 他のメイドさん達が魔法を併用して、きびきび仕事をこなしていく様に感動しては、

「ぼやぼやしない!」

と、鬼メイドの雷が落ちる。


 そう、雷が落ちるのだ。物理的に。


 オレが着けられた猛獣の首輪は、3人まで主人として登録できるらしく、セリナ姫以外にマーゴットさんまでもがマスター権限を持っている。

 昨日就寝前に、わざわざご丁寧に彼女がそう説明して、オレの首輪に触れて登録していった。


 だけど使用人の仕事ぶりに、見惚れるなと言う方が無理だと思う。とにかく彼女たちの魔法が凄いのだ。

 メイドたちの手が踊るたびに、洗濯物が宙を舞っては次々物干し縄に並び、かまどに火がついて、床や天井が輝くばかりに磨かれていく。

 こんな魔法の使い方、ニーザンヴァルトでは到底拝めそうにない。


「……でも、魔法で豪華な料理がテーブルにずらずらー、みたいな感じではないんですね」

「そこまで行くと、それはもう魔術師の領分になります。日常魔法は、日々の生活を少し楽にするための魔法ですので」


「正直言って、オレの仕事も魔法で片付けた方が早いんじゃないです?」

「それをしてしまいますと、ポチ様ができる仕事がなくなってしまいますでしょう?」


 確かにそうだけど。魔法の使えないオレだけ、ハンデが大きすぎないか、これ!?


「さて、ポチ様。本日あなた様にして頂く仕事の中で、最も大変なものをこれよりお与えします」


 マーゴットさんが例の笑顔になったので、思わずつばを飲み込む。何だ、何を申しつけられるんだ。


「朝食の準備が整いましたので、セリ姫様を起こしてきて下さいませ」

「え、そんなこと?」


 予想に反してあっさりした内容に、ちょっと拍子抜けする。だが、彼女の笑顔が消えることはない。


「絶対に、何があろうとも。姫様をお起こしするまで、戻ってきてはなりませんよ?」

「……もしかして、セリナ姫ってすっごく寝起きが悪いとかですか?」


 不安になって恐る恐る問いかけたオレに、一層笑顔を輝かせながら、鬼メイドが答えた。


「それは、行けばわかります」


― ― ― ― ― ―


「セリナ姫、朝だぞ。起きてるかー?」


 使用人部屋のように、扉を開けてすぐベッドがあるわけではないと、マーゴットさんは言っていたが、既に起きている可能性も一応考慮し、ノックをしてから部屋に入る。


 クリーム色の壁紙に、白いレースのカーテン。

 綺麗に整えられた部屋のあちこちには、陶器の人形やぬいぐるみなどが飾られていて、全体的に可愛らしくまとまっていた。

 故郷でも、この国でも、殺風景なオレの部屋とは大違いだ。


「女の子の部屋って、みんなこんな感じなのかなぁ……」


 昔読んだ文芸小説などでも、少女の私室はだいたい可愛らしい感じの描写がされていたけれど。

 はっきりいって、これまでの姫の印象と、この乙女趣味な部屋の主が、どうにも合致しない。


 そしてその姫君は、どうやらまだおやすみのようだ。


「寝室、は……左の扉だっけ」


 教えられた通りに扉をくぐる。

 日差しをカーテンで遮った薄暗い部屋の中、これまた乙女チックな天蓋てんがい 付きのベッドが部屋の奥にある。

 ……天蓋付きなんて使ってる奴、本当にいたんだな。


「姫ー、起きろ―。朝ご飯できてるぞー」


 朝の日差しを部屋に送り込もうと、カーテンを開ける。あいにくの雨模様だが、それでもそれなりに部屋が明るくなる。

 ベッドの片隅で、もぞりと動く影が見えた。


「おい寝ぼすけ、起きろったら」


 天蓋のレースをめくり、直接姫を起こそう……として、オレはそのまま固まった。


 やわらかそうなベッドの上で、セリナ姫がすやすやと眠っている。

 所々にリボンがあしらわれ、白い肌が透けて見えるほど薄い、これまた可愛らしいネグリジェを纏って。


 もっと正確に言うと、肌が透けるようなネグリジェだけを纏って。

 つまり限りなく裸。セミヌードどころか99%ヌード。


「うみぅ……マーゴットぉ、もうちょっとだけぇ……」


 妙になま めかしい声でむにゅむにゅ言いながら、姫君がうつぶせに寝返りをうった。

 ネグリジェの裾がめくれて、何も身につけてない張りのあるお尻がむき出しになる。


 いくら女の子に無縁なオレでもわかる。これ絶対見ちゃダメな奴だ!


 そう思いながらも目が離せない。

 雨雲の隙間から太陽が顔を出したわけでもないのに、寝姿がやけに眩しく感じた。

 さっきから心臓の音が、ガンガンうるさいほど頭に鳴り響く。

 朝っぱらからちょっと刺激が強すぎる。


 正直、今すぐここから走り去りたい。

 けれどマーゴットさんには、彼女を起こすまで戻ってくるな、と言いつけられている。

 何より姫が起きるのが遅くなれば、先ほど支度を手伝った朝食がすっかり冷めてしまう。


 強張こわば った手足をなんとか動かし、姫に近づく。


「ひ、姫。朝ですよぉ……」


 渇ききった喉からかすれた声を上げ、そっと肩を揺さぶる。眠り姫の瞳が、ようやくゆっくりと開きだした。


「んぁ……ぽちぃ?おはよぉ……」


 まだ夢見心地のとろんとした顔で、彼女が身体を起こす。

 先ほどまで腕で隠れていた、形のいいバストの頂にあるツンと尖った桜色が、オレの心に更に混乱を来す。


 もういいです。お腹いっぱいです。勘弁して下さい。


 明らかに挙動不審なオレに、ぽやぽやしたままの姫が小首をかしげながら、その細い腕を首に回してしなだれかかってきた。


「どうしたのぉ、ぽちぃ?何だか様子が変よぉ?」


 近い近い近い!顔から胸から何から何まで近い!!


「どうしたのじゃない!!なんでお前、下着身につけてないんだよお!!」

「したぎぃ?」


 オレの絶叫に、姫が自分の身体をゆっくりと見下ろす。

 とろけたような表情が、一瞬で青ざめ、次いで真っ赤に染まった。


 あ、何か終わった気がする、オレ。


「き……っ、きゃあああああああああ!!!」


 絹を裂くような悲鳴と共に、オレの身体にここ数日で一番強力な電流が駆け巡り、そこで意識が途絶えた。

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