一緒なら



 「今日も楽しかったな!」


「うん」


 隣を歩く彼女は、いつもの無邪気な笑顔で私を見上げた。

 私よりも頭ひとつ分くらい背の低い彼女は、私と話す時、いつも私の目を真っ直ぐに見詰めてくる。それは、嬉しいことでもあったけど、人と話すのにあまり慣れていない私にはハードルが高く、寿命が縮まるような気さえしてくる。


「ほんと、ありすちゃんは勉強得意だよね。あんな問題解けるなんて、すごいよな!」


「そんなことないよ」


「あるって。また教えてな?」


「! うんっ」


 イブちゃんに頼りにしてもらえるのは嬉しい。

 だから、勉強だって頑張ろうって思える。


 他愛もない話をしていたら、イブちゃんが急に、「あっ!」と飛び上がった。


「ど、どうしたの?」


「ありすちゃん、鴨がいるー!」


「鴨?」


 私が問い返す間もなく、イブちゃんは勢いよく川の方へと土手を駆け下りて行った。


「あ、危ないよー!」


「へーきだって。ありすちゃんは怖がりだなぁ」


「だって……」


 私に手招きしていたイブちゃんは、私の様子を見留めるなり、土手を駆け上がってきて私の手を握った。


「大丈夫だよ。ほら」


 そっと手を引かれ、少しずつ歩みを進めていく。


 草の生えた土手は滑りやすく、震える足が、そう簡単には前に進ませてくれない。

 どうして、こんな中をイブちゃんは走って行けるんだろう……?


「きゃあっ」


「ありすちゃんっ」


 足を滑らせた私の手をきゅっと握って、イブちゃんは笑った。


「手、絶対離さないから。怖くないよ」


「うん」


 震える手で、イブちゃんの手を握りしめる。

 大丈夫。この手さえ離さなければ。




 「ふぅ〜、やっと下りられたねぇ」


 そっと手を離すと、力を込め過ぎていたのか、イブちゃんの手が真っ赤になっていた。


 ありすちゃんと一緒だと、私までドキドキしちゃうよー。

 そう言って笑ったイブちゃんは、「ほら!」と川を指さした。


「……どこ?」


「あれ? ……もしかして、いなくなっちゃったのかなー?」


 てへへ、と頭を掻くイブちゃんに、申し訳なくなって、視界がぼやける。

 泣いちゃだめだ。でも、私のせいで鴨が……!


「ご、めん……私の、せいで」


「えっ?! ま、待って、泣かないでよ。なんで謝るのさ?」


「だって、私のせいで、鴨が……っ」


「ふふ、ありすちゃんのせいじゃないよ。ほら」


 イブちゃんの声に導かれ、顔を上げる。


「ボート……?」


「ね? ありすちゃんのせいじゃなかったでしょ?」


「ほ……んと、だ」


 「ね?」と笑うイブちゃんの声が優しくて、それでいて本当に楽しそうで、つられて笑う。


「はー、良かった。笑ってくれて」


「え?」


 ありすちゃんに、怖い思いさせちゃったから。


 申し訳なさそうに笑うイブちゃんの手を握り、意を決して息を吸った。


「イブちゃんっ!」


「な、ど、どうしたの?」


 びっくりした表情で固まったイブちゃんに、まずはごめんなさいをする。


「手、強く握っちゃってごめんなさい。真っ赤になっちゃった……痛かった?」


「え? ああ、全然! このくらいへっちゃらだから!」


「あと、その……怖くなかったから! 楽しかった。イブちゃんが一緒にいてくれたから」


「……ほんと?」


「うんっ」


「そっか。良かった」


 嬉しそうに笑ったイブちゃんは、「さて、帰るか」と私に改めて手を差し出した。


「うん」


 そっと手を重ね、つないで、ゆっくりと歩きだす。


「ありすちゃんは、私がいないとだめだかんな!」


「ふふっ、そうだね」


 だから……これからも、ずっと一緒だよ?


 口に出さなかった問いの答えは、しかし分かっていた。

 だって、おんなじように、イブちゃんにも私がいなきゃ、だめだもんね!

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