ある世界線にて

恋歌

episode1 生まれなかった末の弟


万象の想区。

それはフォルテム教団最高聖主にして、魔女と呼ばれた少女の命を奪った調律の巫女一行の最大の敵とも言える《厄災の魔女》、モリガンの「全ての想区の全ての物語の『主役』になりたい」という身勝手極まりない願いの元、あらゆる想区が縫い合わされて誕生した場所。


レイナ、シェイン、タオ、エイダ、クロヴィス、サード、カーリー、そしてエクスはその想区の中心に位置する、麗しき城の大広間で絶望していた。


「くっ…これは、まずいね。」

「我々のことは気にするな!!」

いつもはハイテンションで少女への愛を語る英国紳士も、飄々と余裕の笑みを浮かべる戯曲家も、焦った表情をこちらに向けていた。

ルートヴィヒ・グリムは、瀕死ともいえる二人の兄の横で叫んだ。

「最悪の状況だ!!!」



今から少し前。

創造主たちが、塩の柱になってゆく、そのピンチの中でレイナは願った。

(お願い…「再編」の力でなくても構わない…どうか、この場を乗り切れるだけの、勇気を!!!!)

その強い願いに引き寄せられて、箱庭の王国が光を放ち、二人の青い髪の男性が現れた。

「兄さん…やっぱりいたんだね」

普段は不機嫌な絵描きの末の弟がおもわず安堵と喜びを声に浮かべる。

一方、レイナは、ずっとずっと会いたかったその人を、信じられない気持ちで見つめていた。

モリガンが叫ぶ。

「なぜあなたたちがここにいるの…」


「グリム兄弟!!!」



おじ様、と呼ばれ微笑む好青年。

彼は、ヴィルヘルム・グリムは、厄災の魔女に向かって少し悲しげに笑った。

「おふざけは禁止だよ、◯◯◯。」

その名前に、モリガンは目を見開く。

「その、その名前で、その名前で呼ぶなああああぁぁぁああああ!!!!!」

つんざくような悲鳴、エクスは思わず耳を塞ぐ。タオは訳がわからない、という顔だ。

「◯◯◯…?いや、あいつの名前はモリガン、だろ?」

「いいえ、タオ様。」

丁寧な調子で、しかし驚きを隠しきれないような声で、カーリーは推測を話す。

「我々フォルテム教団は、入団の際に新たな名を授かります。それは、ロキ、パーン、シヴァなど古の神々の名です。」

「なるほど、『モリガン』は厄災の、そして勝利の女神の名だからな。」

皮肉な名前だな、とクロヴィスが吐き捨てる。

「これから負けるのにねぇ」

ニヤニヤしながらいたずらっぽくサードが笑う。

「では、◯◯◯というのが、モリガンの本名ですか…?」

「…あぁ。」

訝しげに訊くシェインに、神妙な面持ちで頷くのは、グリム兄弟の長兄、ヤーコプ。

「我々グリムノーツの一員だった少女だ。」



「ねぇ…あなたたちなら分かってくれるでしょう…私“たち”は、『主役』に、プリンセスになりたいの…ねぇ」

「いや。」

ヤーコプは、悲しそうに目を伏せた。

「今の君は、プリンセスでも、魔法使いでも、我々の知る◯◯◯でもない。」


「君は────────」



その残酷な宣告に、モリガンの視界が揺らぐ。同時に、彼女の周りをカオスの気配がどす黒く渦巻くのをレイナは感じた。

「なんで…?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで

頑張って頑張ったらプリンセスみたいになれるって言ってたじゃない私“たち”はこんなに頑張ったのに

嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき」




みんなみんな、だいっきらいだ!!!!!








そして怒り狂ったモリガンによって、グリム兄弟は酷く傷つけられ、冒頭に至るのであった。

「すまない…レイナ…できる限り力は削ぎ落とした…けど…」

「……恐らく、今のまま『再編』を発動させても、モリガンの残った力で阻止されるだろう…せめて…あと少しだけ…ダメージを与えられれば良かったのだが…」

そんな、と涙を零すレイナ。

「そうよ…ふふふ、これが、あなたたちのおしまい。

そして、私“たち”は、この世界を統べる『主役』となるの。

素敵なお話だと思わない?ねぇ、笑って?」

「やってくれますねぇ…!!」

泣き叫ぶシェイン。

「姉御を、これ以上苦しめて、何が楽し…くぅっ!?」

「悲しい…悲しいわ…どうしてみんな笑ってくれないの…?」

モリガンはシェインをいたぶる。

「てめぇ…!うちの妹分に!」

「やめろタオ!下手に動けばシェインは助からない!!」

「だからって!!!」

激昂するタオの耳に、エイダの諌める言葉は敵意あるもののように聞こえる。

ふふふ、という儚げで揺らぐような不快感のある笑い声が耳を覆う。

レイナには、その声によって、希望すら隠れてゆくように思えた。



その少年は、考えていた。

はじめこそ、自身の無力さに打ちひしがれ、ただ呆然としていたが、徐々に誰かの声が聞こえてくるような気がして、それに伴って、落ち着きを取り戻していた。

この声を、僕は知っている。

「…エクス?」

「みんな。」

エクスは優しく、そして勇敢に微笑んだ。

「大丈夫。僕達なら、モリガンを倒せる。」

「…何、言っているの。」

その言葉を理解出来ず、レイナは泣き喚いた。

「もう無理なのよ!?だって、おじ様も、ヤーコプも、みんなみんな傷ついて…私の力じゃモリガンを倒せない、もう無理なのよ!」

「そうよ…いくら抗っても、もう私“たち”に勝つ術はない…」

「違う。レイナだけの力じゃない。」

言うなり、エクスはレイナに一歩、二歩と確かな歩みで近づく。

モリガンにはその希望を湛えた瞳は、不気味なものに見えた。

「ねぇ…あなたは、なんで、こんな絶望の中でそんな目をしていられるの?」

「絶望?」

エクスは大きく剣を振りかぶる。


「そんなの、乗り越えてみせる!!

─『彼女』と約束した、未来のために!!」



その瞬間



エクスの脳内で



彼の今までの感情すべてが爆発した。






かぼちゃの馬車嘘つき狼夢に憑かれた亡霊虚妄の聖女と風車凍りついた心砂漠で死んでいった主役お腰につけた吉備団子この想いを受け継いでレディに物語は要らないお話の続きを聞かせて燃え盛る炎そして彼女に出会って冒険を続けたい通りすがりの魔女長い夫婦喧嘩お姫様なんかじゃない少年を殺すか女を殺すか見せない本心あなたは未来の王妃様王子様はいらない例え悲劇と言われようとワルプルギスの夜胸の高鳴りを忘れない彼女によく似た顔立ち優しい皇帝になって私は代役クリック?クラック!一人は慣れているブリテンに栄光あれ────



大丈夫。

君を忘れさせたりなんてしない。

僕が────




「未来、か。いい言葉だよね。未来って。」



その声は、その場にいた全員を凍りつかせた。

「なんで…あなたは…この手で!!!」

「ありえない…魔女が!?どういうことだ!?」

「…嘘だろ」

レイナは震える声で、エクスに並ぶその後ろ姿に声をかける。


「ファム…?」


「だーかーらー、お姫様〜、あなたはポンコツなんだから、1人の力で何とかしようだなんて思わない事ね!」

「なっ!?」

顔を赤らめて反論しようとするレイナに、にししと歯を見せて笑う、もういないはずの魔女。

そこでレイナは気づく。

「…この気配、イマジン?」

エクスが振り返って、肯定の笑みを浮かべる。その顔に、その場にいた全員が釘付けになった。

「おい、坊主!その目…」

「…金色!?」

「エクス様の瞳は、赤色だったような…?」

彼の瞳の色は、シンデレラの城のシャンデリアのような、かぐや姫の月のような、鮮やかに輝く金色になっていた。


言葉を失う一行。

ファムはそんな雰囲気もお構いなく、片手杖をくるくる振り回しながらモリガンに近づく。

「あなたに勝つ術がないって?もう希望なんてないって?ご愁傷様〜♪」

そう言って杖を高く掲げる。刹那、諦めることなく生まれた希望を祝福するように、柔らかい光が辺りに降り注いだ。

「っ!傷が!!」

「ヤーコプ、ヴィルヘルム、大丈夫か!?」

シェイクスピアが近寄る。

ヤーコプは「信じられない」と傷が塞がった腕を見つめる。

奇跡を起こしたイマジンは続ける。

「あんたはこの上ない絶望を与えた気になってるみたいだけど、ね。私の創造主様おうじさまには関係ないみたい。

あっ、違った。私のじゃなくてお姫様のための王子様だった。ま、いっか。」

「ちょっと!?」

こんな場でも思わず赤らむレイナ。

変わらないその様子に安心したようにファムは微笑む。


「…そうか。やっぱりんだな。」

ルートヴィヒが、静かに呟く。

そして微笑む。

「一度会ってみたかったんだ。俺の弟に。」



「エクス・グリム」



「エクスさんが…グリム兄弟の末っ子!?」

「え!?だとしたらエクスお兄さんも空白のホムンクルスってこと?」

いや違う、と否定するルートヴィヒ。

弟がいたということに心なしか喜んでいるようである。

「…最初におかしいと思ったのは、あの吸い寄せられたシンデレラの想区を見た時だ。

あの想区には、カオスによるものではない、運命を改竄した跡があったんだ。」

「運命を、改竄?」

そんなことが出来るのか?とエイダは訝しげに聞く。

イレギュラーだろうね、とルイスが返す。

「空白の書…つまり彼自身が物語の余白のような存在で、かつ僕達みたいな語り部としての能力もある、そんなエクスにしか出来ない芸当さ。

まぁ、その代償のように、あの想区はカオスに付け込まれやすい性質になったみたいだけども。」

あぁ、なるほどです。と、見た限りでも2回カオステラーに堕ちたフェアリーゴッドマザーを思い出し、シェインは苦笑した。

僕のせいだったのか…と暗い顔になるエクスを、ヴィルヘルムは「多分無意識下でやってたんだろうね、仕方ない。」と肩を叩いて励ました。

ルートヴィヒは続ける。

「…一番違和感を感じたのは、シンデレラの継母達の運命だ。兄さん達やペローが語った継母達の結末は、良くて国外追放、最悪の場合だと、踵や爪先を切り落とされたり、鳥に目を抉られたりする運命だ。」

グロテスクなその運命に、ヒェッと思わず身震いするレイナ。

だけど、とルートヴィヒはシンデレラに訊く。

「なぁシンデレラ、あんたの継母達の運命はどんなものだった?」

急に話を振られ、アリスや赤ずきん、白雪姫に囲まれて事の成り行きを見守っていたシンデレラは一瞬きょとんとする。

「えっ、えっと…私の運命の書からわかる範囲であれば、一度王様や王子様によって城の召使いとして扱われるけれど、それによって心を入れ替え、私が彼女達を許して…という筋書きだったはずです。」

「そうだ。シンデレラを虐めた報いは受ける。でも、それは決して一生許されずに苦しみ抜いて生きるというものではなく、『同じ苦しみを味わうことで分かり合う』とかいう優しい結末なんだ。」

「…エクスらしい結末だな。」

クロヴィスが呆れたように、そして納得したように言う。あぁ。とエイダは同意した。


ヤーコプが続けた。

「彼は『空白の書』の持ち主として生まれた瞬間、ある想区に《落ちていった》。

理由は、まぁ…わからないがな。

結果、我々兄弟の中では、ルートヴィヒの弟はことになった。

想区の中と外では時間の流れがあまりにも違う。結果、我々グリムノーツは皆一度息絶え、塩の柱の体を得て、そして今に至り、エクスはごく普通の『空白の書』の持ち主として、ここにいるという訳だ。」

「んーなんかよくわかんねぇけど、とりあえず坊主はお宅らの兄弟ってことか?」

「タオ兄、それ多分話の冒頭しか理解していません。」

まぁ難しいからねぇ、とルイスは笑う。



「…何よ、ひよっこ創造主が一人増えたくらいで強気になったつもり?」

そう言って、モリガンはファムに手を伸ばす。ファムは気づかない。

「ファム!危ない!!」

叫ぶタオ。

「私“たち”の大切な子供達を黄金の林檎とやらで奪ったあなたのことは気に入らないけれど…まぁいいわ。イマジンなら、私“たち”が美味しく食べてあげる…」

「あっ…」




「させるかよ」



モリガンとファムの間に割って入る片手剣、大剣、そして篭手。

「僕達の大切な弟の大切なイマジン第一号だ。」

「モリガン、君には奪わせない。」

「…そう。酷いこと言うのね。あの頃みたいに優しくしてくれないのね。」


「…兄さん達……」

「いいか、レイナ、エクス。」

シェイクスピアが自信ありげに語り出す。

「レイナの『再編』の力、エクスのグリム兄弟譲りの語り部の力、それらを合わせれば、このバラバラに繋がれた想区を元に戻し、かつこの万象の想区を新しい想区として安定させることが出来る。

…その前に、あの厄災の魔女を倒さなくてはならないが。」

「何言ってんだおっさん!」

唐突な大声に、思わずシェイクスピアは顔を顰める。

「タオ・ファミリーの力をみくびるなよ!!」

「ちょっとタオ兄勝手に会話に割り込まないでください。」

「全くだ。裏切りバカが。」

「おいこのベストメガネドレッサー!今それ関係ねーだろ!!」

「なんだとやんのかこの野郎!?」

「仲間割れしている場合か!!」

エイダの一喝で、二人はピタリと止まった。


「にゃはは!一人でやる仕事もスリルがあっていいけれど、たまにはチームプレーもいいよね!」

「大丈夫だ、レイナ。私の白き盾、あの魔女ごときに破らせはしない。」

「巫女のためではない。俺はあくまでエクスのために拳を振るう。」

「シェインは、姉御に付いていきますから。いつまでも。」

「喧嘩祭りの始まりだ!!!」



そんな騒がしい様子を見て、カーリーはふと零した。

「いいですね、大勢の仲間に囲まれる、というのは…」

「…私、この世界が大っ嫌いだったの。」

後ろから声をかけられて振り向けば、そこにはイマジンの彼女が立っていた。

「あなたたちと考え方は似ているかもね。私は、人の人生を駒としてしか見ていない、1人の人生を規定して、幸せと自由を勝手に奪っていくこの世界が大っ嫌いだったの。」

「…そうですか。」

「でもね。」

ニシシシシ…と無邪気に笑う。

その笑顔はお淑やかな『シンデレラ』には似ても似つかないですね、とカーリーは心の中で悪態を突いた。

「レイナにタオくんにシェインちゃん、クロくん、エイダ、サードちゃん、そしてあなたと、『創造主様おうじさま』、みんなに出会えたことは、幸せだったなぁ。」

「あら、私も入っているのですか?」

嫌だった?と意地悪い声で訊く魔女から、カーリーは目をそらした。

腐れ縁、というのも悪くないですね。

その言葉は、とても本人達には口に出して言う気にはならなかった。



「シェイクスピア、ルイス、モリガンに挑む前に一つ聞かせて欲しいんだ。」

「…なんだね?」


「───◯◯◯って、どんな子だったの?」



その予定外の質問に、シェイクスピアは戸惑う。一方ルイスは目を輝かせた。

「それはそれは!!とっても可愛らしい少女だったよ!!素直で優しくって愛らし…待ってシェイクスピア、大砲向けないで、ステイステイ。」

「全くだ英国の恥さらし。

……まぁ大体そんな感じだ。君に似てね。しかしなぜそんなことを。」

「それは...」


エクスー!と高いレイナの声が聞こえた。

「…後で、聞かせます。」

「…そうか。」



さらさらと指先から零れる塩を見て、二人は悲しく呟いた。

「あの者たちの創る未来がどんな喜劇か悲劇を描くのか、私も見てみたかったものだ。」

「そうだねシェイクスピア。でもきっと、彼らは悲劇は好きじゃない。君の好きな皮肉のきいた悲劇など描けないさ。」

「そうか…それは残念だな。」

「叶うことならアリスのような可愛らしい少女たちの物語を…やめてシェイクスピア本当にやめてごめんなさい」




「さぁ、行くわよ、皆!!!!」

「この悪夢を終わらせるために!!!」










調律の巫女との戦いによって、行動不可能になり、その呪いが体を蝕みはじめたモリガンは、たった“ひとり”で涙を零した。

どうして、私は、主役プリンセスになりたかっただけなのに。

あの英雄たちに、アーサーに、マーリンに、モーガンに、みんなに憧れただけなのに。

どうして。どうして。

ねぇ、お月さま、私を見すてないでよ。

ねぇ、いかないで。

ねぇ、また、たのしいおはなしきかせて。

ねぇ

ねぇ

ねぇ


ひとりは さ び し い よ



────大丈夫。



…えっ





────絶対に君をひとりにしない。









「…レイナ、再編の前に、お願いがあるんだ。」

「『僕とちゅーして下さい!』ですか?」

「『僕と付き合ってください!』じゃねえか?」

揶揄するシェインとタオ。「馬鹿野郎」とクロヴィスが頭をはたく。

「あうっ」「ってえ!!」

赤面するレイナ、エクスは反応に困って、金色の瞳を細めて苦笑した。

「おふざけは禁止!!っもう!!

…えっと?それで?私にお願いって何かしら???」

「姉御すごい期待してるじゃないですか…ってあうっ」

「いい加減にしろチビ助。」

「えっとね。」



「────────────」




その『お願い』は、調律の巫女一行だけでなく、創造主たちをも困惑させた。

ただ一人、レイナを除いて。

「…そうね、私もそれがいいと思っていたわ。」

「うん。今まで、色んなカオステラーを見てきたよね。」

「ええ。色んな悩みを抱えた人に出会ったわね。」

「ドロシーは灰色の町、カンザスに帰らなくてはならない。」

「白雪姫は、いずれ『毒林檎の王妃』になる運命から逃れられない。」

「ロミオとジュリエットは互いの愛に殉じなければならない。」


えぇ、そうね。

あなたの描く未来は、きっと素敵ね。

そう言い、調律の巫女は箱庭の王国を開く。

微笑み、創造主たちに礼を言う。

「おじ様…私、あなたが守ってくれたから、今こうして大切な仲間たちに囲まれているの。

ヤーコプも、ルートヴィヒも、シェイクスピアも、ルイスも、もっとお話したかったわ。

…ねぇ、皆。」

大切な仲間たちに、レイナはめいいっぱいの笑顔を向けてこう訊いた。



「これからも、私の傍にいてくれる?」







調律の巫女が創る。空白の創造主が語る。



「混沌の渦に飲まれし語り部よ、我の言の葉によりて、汝の運命を再編せし。」

「秩序を失いし物語よ、我の言の葉によりて、ここに新たな世界を始めせし────」





────





いたいけな長い髪のその少女は、沈黙の霧と呼ばれる空間を抜けてある街に出た。

ここは、先生が教えてくれたたくさんの物語の中の、どの物語の想区だろう。

うろうろとしていると、一人の白っぽい金髪に青い瞳の優しそうな少年に声をかけられた。

「見かけない顔だね。新しい仲間かな?」

「へっ?えっと、その、旅人で。」

「ようこそ、万象の想区へ。」

えっ、と驚いて少女は聞き返す。普通の人なら、『想区』という概念すら知らないはずだからだ。

少女の戸惑いを感じ取ったのか、少年は足に括りつけられていた『運命の書』を手に取り、ページをパラパラと見せる。

少女は目を丸くした。そのページは、どこまでも真っ白だった。

「…どゆこと?」

「あぁ。この想区は、みんな『空白の書』なんだ。ここで生まれた子供は、そもそも運命の書を所持していない。」

あまりのイレギュラーさに、少女は困惑する。先生、そんなの聞いてないよ!

だからね。と少年は続ける。

「ここにいる人達は、自分で自分の運命を掴みとるんだ。自由に幸せを描けるんだ。

ここの創造主“たち”が、誰もが自由に未来を描ける世界を望んだそうだ。

僕はね、ある想区で望まれない王子として生まれたんだ。悲しい物語のね。

…ある日、カオステラーが侵攻してきた。僕の大切な人を、僕より大切に思っていた人が、カオステラーになったんだ。

そこをその創造主“たち”に救われて、今に至るのさ。」

「王子様!?

…ねぇ、本物の王子様は白馬に乗るの?」

その可愛らしい質問に、思わず少年は笑みを零した。

「…あぁ、名前を言っていなかったな。僕の名前はレヴォル。よろしく。」

握手を求める手。

それを喜んで握り返し、少女は言った。



「私、エレナっていうの!よろしくね!」

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ある世界線にて 恋歌 @shirayuki_renka

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