戦線へ馳せる、或るアンドロイドの履歴。

緯糸ひつじ

戦線へ馳せる、或るアンドロイドの履歴。


 ■1■


 現代の戦場には、高価な資源リソースである人間は存在しない。

 つまり『歩兵』という言葉も、生身の人間が担う職務を表すものではない。『歩兵』とは、自律的に戦闘するアンドロイド『Combat Aloneコンバット・アローン』を表す言葉である。


 ■2■


 軍靴の足音を鳴らしながら、幾千のが列を成し、戦線へと向かう。

 歩兵Combat AloneB-800だ。今回の作戦で、数百万体投入されている、安価な大量生産品である。

 シンプルな球体間接人形のように、無駄がない無機的なフォルムをしている。ボディは渋い迷彩柄で塗装されているが、今は粉塵と泥にまみれている。


 俺らは短機関銃を構え、ぞろぞろと自律戦車の列に随伴する。

 航空機群が上空を埋め、自走砲が一斉砲撃の音を轟かせる。

 連邦陸軍は、既に帝国軍の第一線に衝突し、突破口を拓いているはずだ。


 連邦にとって、今回の作戦は特別である。

 連邦陸軍史上、空前の兵力を投入している。

 自律戦闘する歩兵や戦車、航空機が群れをなし、帝国軍との100キロメートルに亘る前線を、一気に押し込む。物量にモノを言わせて蹂躙していく縱深攻撃だ。


 混乱を極めた敵砲から出鱈目に、銃弾が雨のように注がれる。その中を僕らは駆け抜けている。不意に、前方の歩兵が凶弾に倒れた。

 しかし、あくまでも歩兵は消耗品である。衛生兵など存在せず、野垂れる彼等を打ち捨て、踏み越えていく。


 ■3■


 俺は、改めて右腕の文字を読む。迷彩柄でマッドな質感の右腕には『Combat Alone Complex』の文字が刻まれている。


 我らが連邦陸軍が開発した、戦闘の中に一人も人間を介さない、最新の戦闘システムの名だ。

 自律戦闘端末複合体コンバット・アローン・コンプレックス。連邦陸軍を世界最強足らしめている、国民こどもを護る慈母による暴力装置。


 帝国軍の捨て身の反撃で、周りの歩兵が減ってきたならば、前線への突破力が喪われる前に、自律戦闘端末複合体コンバット・アローン・コンプレックスは抜かり無く、対応する。


 たとえば、上空から降り注ぐ、幾つもの漆黒の棺桶コフィン。ルネ・マグリットの絵画ゴルコンダを思わす、棺桶コフィンの雨。


 戦場に落とされたそれは、粉塵を撒き散らしながら粗暴な着地をする。

 棺桶コフィンのハッチが駆動音とともに滑らかに開く。影がぬるりと姿を現す。


 しかし、これは屍体ゾンビではない。

 歩兵Combat AloneB-800。もちろん、俺らと同じ機体。味方陣営の航空機による歩兵の補給である。


 ■4■


 俺は、地雷によって左脚の足首を喪い、胸部のボディは銃弾で穴だらけに、右腕のモーターも銚子が悪くなってきた。


 棺桶コフィンで補給されたばかりの歩兵Combat Aloneが、俺に声を掛ける。

《センサーがやられてるのか。明らかに損傷が酷い。『屑鉄拾い』がもうすぐ来る。大事な資源リソースを無駄にするな》


 野垂れた歩兵は、『屑鉄拾い』と呼ばれた後方支援部隊により回収され、兵站基地で整備され、輸送され、戦場に補給される。もちろん其等も、自律戦闘端末複合体コンバット・アローン・コンプレックスに含まれ、その過程に、人間の手を介す隙はない。


《回収は、困る》

 俺は呟く。整備されたら、困るのだ。

 ━━上層部に俺自身のを気付かれるから。


 左脚を引きずりながら、声を掛けて来た歩兵を追い、肩を掴む。振り返る顔は凹凸だけの、のっぺらぼうだ。

《何だ?》

 その面に俺は、渾身の力を込めた拳を叩き込んだ。

 唐突な攻撃に、受け身も出来ずに奴は倒れた。

 人間だったら仲間を殴るなんて困惑するだろうし、人間に寄せたアンドロイドだって同じような反応をする。幾らかは冷淡だけれども。

《何をする……》

 倒れた歩兵に覆い被さる様に、乗り掛かる。そして、短機関銃を胸の装甲に押し当て、連射した。

 安価な歩兵なだけあって、心臓部は容易く貫けた。


 ■5■


 一部が破壊されても動作が出来る、冗長性を持つ機体だが、メイン電源を破壊すれば、自ずと事切れる。

《左足、貰っていくからな》

 機能停止した歩兵から、左脚を膝下から外す。各パーツはワンタッチで外すことが可能で、消耗した部品は戦場でも容易に交換できる。


 ━━仲間を解体してまで、生き抜こうする奴は、俺しか居ないけれど。


 手に取った鈍く輝いた脚は、軍人の編み上げ長靴のようだ。故障した部位を膝から外す。奪った脚をカチッとなるまで嵌める。新しいユニットの接続により、再起動を行う。

 起動bootという言葉は、編み上げブーツを履く様の比喩から生まれたという。脚に手を掛け連結させて再起動している俺は、正にブーツを履く様に見えるだろう。


 ━━ここで、野垂れる訳には行かない。

 先程から、数百万体の歩兵の中で、俺だけ不合理な行動を示し、異常に命に執着しているのは、訳がある。


 ある研究員の人格が、転写コピーされているからだ。

 彼の記憶、意思、魂が、この機体Combat Aloneを戦場の最前線へと突き動かしている。


 ■6■


 軍用アンドロイドに人格転写。何が起こるだろうか。転写コピーされた人格は、戦場に駆り出されては、荒野に野垂れ、優れた整備技術で、また戦場へ。

 別に、本人そのものが歩兵へ転送される訳ではないのだが、何故か人々は嫌悪感を顕にする。

 非論理的ではある。だが人々は、知らぬところで、他人が痛い目にあっているのだって我慢できない。人間に備わった強烈な共感力が産み出す、偽の苦痛の力は凄まじい。

 俺だって、人格転写なんて正気の沙汰ではない、と思っている。


 ━━しかし、俺にはやる必要があった。生身の頃の俺にとっては。


 気付いた時には、もう俺は歩兵の機体だった。人格転写装置の中だとすぐ理解できた。ガラスの向こうには、白衣を着た生身の俺。頭部にぞろぞろと計器類を付けて、イスに座っている。研究室に一人と一体。妙な緊張感が漂っていた。

 生身の俺は、連邦の軍事研究施設で、歩兵開発に従事している。


 生身の俺は、焦燥感を滲ませていた。慌てた様子で計器を外し、人格転写の研究室から、逃げ出していく。

 ━━待て。逃げんじゃねぇ。糞、手間取らせやがって。

 明らかに敵意を剥き出した怒声が、廊下に響いた。


 そうか、思い出した。俺は上層部に有用性を提示できなくなっていたんだ。上層部に俺は消される。あるいは良くても連邦に死ぬまで拘束だ。

 ━━それは、駄目だ。

 逃走への衝動が、一気に体を突き動かした。


 歩兵の僕は、駆動音を鳴らしながら、人格転写装置から、落ち着きなく飛び出した。真白で清潔な床に、脚を滑らす。脊柱から伸びるコードを、外すのにも苦労した。

 無機質な機体に感覚が慣れない。


 机に無造作に置かれたペンダントを見る。真鍮製の螺旋を模したデザイン。慌てて掴み取り、それに誓う。

 ━━絶対に戻る。

 俺は覚えている。この歩兵の機体に、俺が転写された理由を。

 約束したのだ、必ず戻ると。


 ■7■


 転写前の、生身の人間の時の記憶を手繰る。

 ━━分かるよな。

 刺客が、耳元でそう呟いた。

 彼のコート、不自然に手を覆う袖口から拳銃がちらりと覗かせ、俺の脇腹に押し当てた。

 帝国、一都市のショッピングモール、人々で賑わう休日のこと。朗らかな風景の中、二人の空間のみ緊張感が淀む。

 噴水の前、彼女との待ち合わせに少し早く到着したら、こんな様だ。


 人型ロボット開発の第一人者である俺は、連邦の大事な資源リソースである。兵器利用を嫌い、戦争前に帝国へと逃げ込んだのだが、ここまで追ってくるとは思わなかった。連邦に戻されると一瞬で理解した。


 タイミング悪く、待ち合わせ場所に彼女が現れた。遠くから、僕と刺客の姿を見つけ、退っ引きならない状態だともう気付いている。

 刺客に促されて俺は歩き始める。もう、彼女とは会えない。荷造りも、心の準備も出来ないままに。手元に有るのは、彼女から昔に貰ったペンダントだけ。


 道を曲がる直前、彼女に向けて、サムズアップする。マヌけなメッセージだとは思う。でも、一番、二人の間で伝わるメッセージだった。彼女はピンと来たようで、表情を曇らせた。

I'll be back俺は、戻ってくる

 一緒に観た古典映画の台詞を呟きながら、刺客に従い人混みに紛れた。

 最後に観た彼女の顔は哀しみに満ちていた。


 ■8■


 連邦では開発競争が待っていた。一度逃げ出した身である。有用性に疑いが掛かれば、そのまま、帝国の間者としての疑いも掛かる、微妙な立場だった。

 そして、呆気なく競争に敗北。

 一生、再会できないと悟った俺は、逃走を画策した。問題だらけだった。俺自身は監視下に置かれ、敵国である帝国との戦争は悪化、国交も断絶、連絡手段は皆無。そして国境は、イコールすべて戦場である。

 ━━ならば、戦場を駆け抜けてやろう。


 彼女は、今も待っているし、そしてこの先ずっと待ち続けるだろう。何も知らず、ただ待つ人生を選ぶことが、明瞭に想像できた。それは残酷だ。

 だから、伝えなければ。


 ━━もう待つ必要はない。もう俺は居ないから。


 俺は戻る。別れを伝えるが為に。


 戦場に行けるのは、自律戦闘端末複合体コンバット・アローン・コンプレックスに含まれる、無人機のみ。ならば、歩兵に人格転写コピーをしてしまおう。


 そうして、歩兵の俺が誕生した。生身の俺が、研究室から廊下に抜け出すと、数人の男━━公安警察だ━━に追われていく。生身の俺を囮にして、歩兵の俺は反対方向へ飛び出す。

 乾いた発砲音。

 ロビーから、生身の俺の呻きと、数発の発砲音が響く。

 歩兵の俺は後ろを振り返らない。ロビーを背にして疾走し、躊躇なく窓から跳び出した。

 首には、思い出のペンダントを掛けて。


 ■9■


 そして、百万体の同じ機体の中に並び、軍靴を響かせている。

 歩兵の基本仕様に従い、自律戦闘端末複合体コンバット・アローン・コンプレックスの一員として前線に紛れ込んで、今日で三日目。今回の作戦はもうすぐ終了する。俺は、敵の撤退に紛れ、帝国入りするつもりだ。


 もうすぐだと、胸が高鳴った。

 戦乱のどさくさに紛れて、帝国へ抜けられる。

 彼女との再会を果せる。


 快晴の荒野を前進する。敵は撤退し始め、静かな行軍が続く。歩兵同士の会話は、余程の緊急事態か、損傷の確認ぐらいでしか有り得ない。行軍中は単調な足音と風の吹く音しか聞こえない。


 隣に、歩兵が来た。

《なあ》

 びくりとする。歩兵にしては馴れ馴れしい。

《こんな顔、見たことないか?》

 訝しげにゆっくり顔を横に向けると、そこには、馴染み深い俺の顔があった。愕然として思考が追い付かない。


 ■10■


 ぐにゃりと俺の顔が変わり、いつもの歩兵ののっぺらぼうな面が現れる。

《驚いたかな?》

 顔の変貌。これは研究施設で見たことある。ボディを自由自在に変形できる技術だ。

 液体金属製ボディの最新鋭プロトタイプ。歩兵Combat AloneB-1000。まだ実戦投入されてない機体が、何故、ここに。


《見いつけた》

 首元をガシリと掴まれる。俺ら歩兵B-800の腕力は優に越えている。戦慄した。

《糞、手間取らせやがって》

 脳内に響く癖のある声に、聞き覚えがあった。

 ━━待て。逃げんじゃねぇ。

 また、ぐにゃりと面が変わり、悪魔の様な笑みを張り付けた男の顔が現れた。つまり中身は、公安警察官であり、生身の俺を撃ち抜いたであろう男。

 その人格を転写コピーした機体は、最新鋭歩兵Combat Alone


 ■11■


 首元を掴まれ、力のままに放られた。

《転写装置に残ったログで、お前の記憶を見させてもらった》

 前進する歩兵達の足下に転がり、土にまみれる。

《逃げた経緯は分かった。何ともロマンチックで良いじゃないか。協力したいとも思ったさ。ただ問題は━━》

 公安警察の歩兵は、こめかみを人差し指で、トントンと叩く。

《その記憶メモリにある機密情報だ。向こうに渡らせる訳には行かない》

 地面から面を上げると、蹴り飛ばされた。

《百万体から、妙に整備を避ける機体を探し出すのは、流石に骨が折れた。三日掛かったぜ》


 よろけながら立ち上がる。奴の右腕が、奇怪で鈍重そうな銃器に形を変える。それを見せびらかす様に振った。

《これ、使いたかったんだぜ》

 躊躇無い発砲。

 ━━炸裂。

 隣の歩兵の上半身が吹っ飛んだ。

《これも、最新技術だ》

 更に数発。

 俺は身を屈め、兵列に紛れる。炸裂音と共に、歩兵の体が、ポップコーンのように次々と吹っ飛んでいく。


 隊列を無視して走り、もう一度振り返ると、奴は姿を消していた。

 しくじった。何でも化けられる最新鋭歩兵から、目を離してしまった。


《想う気持ちが、仇となったな》

 気づいたときには奴が、歩兵の背を踏みつけ、ギリギリとボディを軋ませていた。

 首元のペンダントを引きちぎり、それを眺める。

《こんなのが無ければ、逃げ切れたかもな》

 一発。ペンダントが消し飛ぶ。二人を繋ぐ唯一の証が跡形もなく消えた。

《どうだ、怖いか》

 更に一発。下半身が潰れる。

《道半ばで野垂れるのは、苦痛か》

 更に一発。右肩が抉れる。

 嬉々とした表情で、痛めつけている。機械には有り得ない、人間特有の残忍さを奴は湛えていた。


 ■12■


 公安警察の歩兵は、追い詰める事で快楽を得るという不合理な感情を、剥き出しにする。

《いいね、最高。本当は、あの映画のように溶鉱炉に溶かしてやりたいけど、残念、ここは戦場だ。ここで屑鉄スクラップになって貰う》

 そこまで記憶を調べる必要も無い癖に。グリグリと銃口を頭に押し付ける。歩兵は沈黙したままだ。

《何か言えよ》

 眉間に皺を寄せる。

《おい》

 異変に気が付いた様だ。

《おい、お前は誰だ》

 恐る恐る、脊柱の識別番号を読む。

《糞、手間取らせやがって!》

 計四発。憎悪を吐き棄てるように、歩兵の頭部を微塵に撃ち抜いた。


 俺は歩兵に紛れ、様子を伺っていた。咄嗟にペンダントを他の歩兵に掛けたのが幸いし、奴は引っ掛かってくれた。

 仕方なかった。策がなかった。そう、自分を落ち着かせる。機体の俺は、彼女と繋がる唯一の証までも利用しなければ、生き残れないのか。これから進む途を憂う。

《聞こえてるんだろ!》

 歩兵B-1000は、怒りを湛えて吠えた。

 俺は、歩兵達の行軍の列に紛れ、動揺が露見しないよう気配を殺す。

《ここで、姿を消してみろ。必ずお前の彼女の元に刺客が行く。お前の行方を聞き出す為に、拷問するんだ。延々と。もしお前が、志半ばで戦場に朽ちたら、どうする?》


《「知らない、知らない」と彼女は言うが、拷問は吐くまで止められない》


《真実は宙に浮き、不条理は続く》


《まさに狂ってるよな》


《お前が狂ってるからだよ》

 公安警察の歩兵が、嘲笑を込めて言い放つ。

 狂っている。百万体の歩兵Combat Aloneの中でたった一体が、狂っている。

 何処で狂ったんだろう。何故か、奴の言葉が引っ掛かる。


 戦場を駆ける間に破損した訳でも、転写コピーが失敗した訳でもない。


 白衣を纏う、馴染み深い男の顔が浮かぶ。


 ━━生身の俺あいつが、狂っていたんだ。


 本当に彼女を想うなら、ここで降伏するべきなのか。その考えがよぎりながらも、それでも足は前線へ、帝国へ、向かっている。


 何故って、理由は決まっている。

 ━━彼女に会いたいから。戻ると約束したから。


 誰が?

 誰が会いたいんだ?

 生身の俺、本当の俺は、とっくに死んじまってるのに。


 この俺自身コンバット・アローンは、狂った研究員が生んだ━━。


 ━━ただの、欠陥品なんじゃないのか。


 一歩一歩進む毎に、自分の足許が崩れていく様な感覚に陥る。それでも、俺の脚が停まることはなかった。


 ■End■

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