第31話『少女の覚悟』

 生徒会を先頭にした長蛇の列が回廊をトップスピードで駆け抜けいく。多人数が同じ方向に向かって突き進んでいくさまは、後方尾の青年からしてみれば、とても滑稽にみえた。

 殿が青年であれば。背後から思わぬアクシデントが見舞われることもない。



 たとえディーヴァと鉢合ったとして、先頭には最条がいる。出会い頭に屠り去るのがオチであろう。

 そうして戦闘になるようなところもなく、想定よりもだいぶ早くボスの間へと辿り着くこととなった。

 部隊としては最条ひとりが敵を振り払ってくれたことで体力も温存でき、心の余裕もできたことだろう……と思ったが、そうでもないようだ。



 張り詰めた空気は隠しきれない。

 それまで余裕を浮かべていた表情も見えなくなった。体力と別問題で、早すぎる到着では精神をほぐすことができなかったようだ。

 両開きの大扉を前にして息のつまるほどの圧迫感。

 最条もそれを悟っているのか、ほだすようにそれぞれに最終確認をしていく。その目が一度俺に向けられた。試すような確認を取る眼。こちらの真意を見極めんとする表情に青年も珍しく真剣な目つきで返す。それが答えだというように、俺は傍の主人に手を添えた。


「お嬢様」


 囁くような声にアイラは目線だけで応える。ガラス球に散りばんだ宝石が小刻みに揺れる。まったくなってない。呼吸からなにまで、緊張で忘れている。

 それに刺激しないよう微笑んで、こちらに顔を向けさせた。ゆっくりと頬に手を添えて—————フンっ!! という声とともに両頬を叩いた。


「ぼふっ!??」と声をあげる少女の頬を問答無用でこねくりまわす。


 白い肌はもっちりとして大福のように押せば押すほど反発してくる。


「は、はひふんのよ……!」


 顔を潰されたまま抗議する主人に対して青年はふっと笑ってみせ、そしてなぜか盛大なため息を吐いた。


「くよくよするのはやめないさい、アイラ=ヴァンキーラ」


 そして周りにも聞こえるほどの声で、鷹揚に手を戯ける。


「サボり魔? いいじゃないですか。なんせオレがいた。オレがあなたに教えた。それだけで他に何がひつようなのです? それともこの二月ふたつき俺の教えは無駄でしたか? 無用でしたか?」


「……っ」


 問い詰められて、迷った。確かに彼のレッスンは基礎的なものばかりで一見無駄なように思える。しかしその実、目先に囚われて生活習慣も疎かだったアイラには著しい効果を与えた。

 戦闘技術だって前に比べて格段に上がっている。それを否定はできない、でも……

 ふるふると潰れた顔のまま応える。だがその瞳はいまにも崩れそうなほど儚い。

 だが青年はそれでも言葉を続けた。


「ならばオレの教えを守りなさい。そして、オレの教えで勝ってください。周りにそして自分自身に。あなたの努力は正しかったと。アイラ=ヴァンキーラの、貴方の所有物オレが正しいと。ここで証明しててください」


 まっすぐに瞳を見つめる。My lady。静かに呼吸を整えて、あの誓いを反芻する。

 何があっても、オレはあなたの味方であり続ける。

 その事実を再認識させる。


「だから立ちなさい! 自らの名誉のために。取り巻き駆除? やってやろうじゃありませんか! あの醜男ぶおとこに目にもの見せてやりましょう」


 鉛の海から勢いよく引き抜くように、アイラの矜恃が奮い立つ。きっと結ばれた目にはもう恐れは消えていた。


「時間だ! いくぞお前たち!!」


 その演説に興じるように最条の声が轟いた。反応して生徒会の面々が武器に手を掛け、それを合図に全員の気が引き締まった。

 醜男ってオレのこと? とゾバルが若干落ち込んでいたのはそれとして。

 一様の制服ブラウスの見え隠れ。ノースブルーを脈にした彼らの瞳は凛としている。ある意味アルヴァの演説が効いているのか先ほどまでの緊張はみられない。



 年齢でいえばまだ幼い顔立ちも多いはずだ。しかし、その表情はどれも頼もしさを帯びていた。学園生活が始まってまだ1ヶ月と少々。けれども着実に彼らの経験は積み重なっている。

 最条が大剣を高らかに掲げる。切っ先に灯った銀光ぎんこうが威厳の口火を切る。


「他の学園どこよりもオレたちが上だということを、ここで知らしめろっ!!」


 呼応して「おおー!」各々が武器を掲げた。勢いにノるものは乗り、静かに精神統一を図るものは目を閉じて、気合と気迫の入り混じった空気が満ち爛れる。


「さすがでんなー」


「部下の士気を上げるのも指揮官の重要なスキルのひとつだ」


 黄原にこたえて、勢いそのままに扉を押し開ける。重苦しい音が湿った寒さとともに地面を削った。

 開けいった隙間から雪崩れるように、ゾバルたちが奥へ来ていく。

 後方も後方、最後列のアルヴァたちは、雄叫びとともに押し入っていく先立の足音の変化に気がついた。 


「————水?」


 ちゃびちゃびと弾ける水音すいおん。まだ薄暗い。地面に張っているのだろうか。全員が入ったところで、ようやく景色がさま変わる。

 ぱっと差し込んでくる光が垂らしたのは、緑に富んだ樹海。大きさは上層と同程度はずだがとてもそうは見えない。

 深い森の奥にあるひらけた、奥にはまだ見ぬ遺跡を垣間見せながら、その樹はそびえていた。

 天井の光さえ覆う、茂った幹は硬く荘厳。年輪を見れば幾重にもなっているだろう。根の垣間を空洞は暗やみよく見えない。


「あれはねぐらだ。本命が来るぞ!」


 言葉と同時、水面が揺れた。あたりに満ちる透水が水鏡みずかがみを興じる。樹の根元、幹の分かれ目にある暗闇から鈴の音が踊る。

 足音を立てずにあらわれるのは白鹿しろじし


「太古の神……」 


 そう誰かが吐露した。刹那、ボスの方向とともに薄緑の突風が舞い上がり梢が舞った。


「キュルルルッ!!!!」


『かかれ』の言葉はいらなかった。咆哮に負けず劣らずの声を持っていっせいに地を駆ける。

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