飴と傘

青い向日葵

飴と傘

 Raindrops……♪…… on my head ……


 ラジオから、誰でも何となく聴いたことがあるような明るい曲が流れてくる。曲調は朗らかだが、何となく暗い歌詞だ。無駄に背が高いからベッドから足がはみ出てしまう冴えない僕の頭の上から雨粒が落ちてきて云々、最終的に、雨はまだ止まないけど幸せの予感がするから僕は大丈夫。みたいな締め括り方をするのだけど、そこがまた絶妙に暗い。

 本当に明るい気分なら、雨だからって憂鬱になったりしない。恵みの雨だとか涼しくなって最高とか、とにかく雨がもたらすメリットに注目するものさ。例えば、街中を傘をさして歩くことが出来る。自慢の傘、お気に入りの傘、この傘を見てくれ!……とばかりに掲げて歩くことが出来るじゃないか。

 他には何かあるだろうか。そうだな。家の近所のドラッグストアでは、雨の日セールというのを実施している。雨の日に買い物に行くと特別な割引きがあったり、おまけが付いてきたりするのだ。この間は飴を貰った。飴玉なんてと侮るなかれ。あの昔懐かしい檸檬れもんみるくキャンディーの3粒入りだ。今や何処にも売っていないと思って諦めていた「檸檬」。この味は大好きだけど一度にそんなに沢山は要らない飴。

 求めていた条件の全てをクリアした素晴らしい特典だった。飴はその日のうちに食べてしまったが、降って湧いたようなもの。いつまでも保管しておくこともないだろう。ところが何しろ昔からの大好物だったから、雨が降る度にまたあのキャンディーが欲しくなる。まるでパブロフの犬だ。

 同じ物ばかり配りはしないだろうと思いながらも、大して用もないのに雨の日セールのドラッグストアへ行く。あってもなくてもいい適当な加工食品や、まだ在庫のある洗剤や、何ならお菓子でも買ってみるか。と、お菓子のコーナーへ行くと、なんとあの檸檬みるくキャンディーの袋入りが売っているではないか。おそらく20粒とか30粒とか到底食べきれない量の飴が、ぎっしりと袋詰めされて可愛らしいイラストのパッケージに入って売られている。昔のままのデザインではないようだ。似ているのだが、何かが違う。間違い探しをしてみたくなるけれども古いほうの見本がない。思わず手に取って眺める。重さを手のひらに感じて少し躊躇して。だけど商品棚に戻すのも惜しい気がして飴の袋を持ったままその手を出したり引っ込めたりしている自分は何をやっているんだと突っ込みを入れてみても心は揺れっぱなしで、もはや飴との駆け引きみたいになってきて引くに引けず思い切って檸檬みるくキャンディーをショッピングカートに入れた。

 何ということだ。いつ食べるのか一体果たして食べるかどうかもわからないレトルトカレーだとかインスタントラーメンの類はほいほいとカートに放り込んでここまで辿り着いたというのに、寧ろ今日の買い物の最大の目的ですらあったはずの檸檬みるくキャンディーに散々悩んだ上に一度は買わないという選択をしかけて、それでも無事カートに収めてみれば、とんでもない疲労感に襲われている自分の不甲斐なさに、どっと溜息が出た。雨の日は浮き浮きした気分で過ごそうと思って、こうしてわざわざ傘をさして出かけて来たというのに。

 カートに入れた商品を精算して、おまけは苺みるくキャンディーの3粒を貰った。それはもしかすると檸檬を買った客に対しては苺などという店側の配慮であって、万が一檸檬を買ってなかったとしたら、特典こそが檸檬みるくキャンディー3粒だったのでは?

 ええい、そんなことを気にし始めたら切りがない。買い物は終わった。家に帰る。傘をさして。そう、自慢の傘、お気に入りの傘。白地に檸檬の絵が大きく描かれた人目を引く絵画のような素敵な傘だ。キャンディーが何粒あったっていいじゃないか。雨は楽しい。レインドロップス。地に落ちて弾けるだけの為に空から降ってくる悲しみの雫たちよ。もっと降れ降れ。憂いもけがれも洗い流すように、このポップでお洒落な傘を伝って落ちてゆけ。


 雨が降ったって、がっかりすることはないよ、そこの君。ほら、飴ちゃんあげようか。ちょっと沢山買いすぎちゃったからさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

飴と傘 青い向日葵 @harumatukyukon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ