明日そらに逝きたい

りおん

第1話

「明日そらにいきたい」


彼女はいつも突然だ。

明日、山に行きたい

明日、川に入りたい

明日、ライオンを見たい

明日、メリーゴーランドに乗りたい

毎週、金曜日にそう言う。だから私たちは週末いろんなところに行く。歩いて5分のところも、電車で5時間のところも。

毎週、必ず2人で行く。

だから、今日の彼女には少し驚いた。

今日は、20××年×月×日(月曜日)

そう、今日は月曜日。金曜日ではない、月曜日なのだ。

私は少し驚いた。彼女はわたしのその顔がおもしろかったのか、クスッと笑った。

私はその顔を見た瞬間、やはり彼女は美しい、そう思ってしまう。

少しだけ私と彼女の話をしよう。

私と彼女はクラスの嫌われ者だ。

私は性格が悪い。というか、なんでもはっきり言ってしまう。いいことも悪いことも。私はきっと珍しい、NOと言える日本人だ。

嫌なことは嫌。それだけならまだ良かったのだが、似合っていない、可愛くない、センスがない、おかしい。男子からも批判を受けたが、褒めあって、共有し合う、そういうことをしなければならない女子の世界では私は特に合わなかった。私はそんな理由で嫌われている。

しかし、彼女は、とても美人だ。平凡中の平凡の私と一緒にいるのがよく分からなくなるくらい美人だ。この私が言うのだから、間違いない。なぜ彼女は嫌われるか。よく言うだろう「女の敵は女」と。悲しい世界だとは思う。彼女はクラスに入り、クラスの男子全員の目線をかっさらった。その瞬間、女子全員に嫌われた。そこまではよくある話だか、なぜ男子にも嫌われたか。やはり彼女は美人だった。だから当然、告白する男子が絶えなかった。ただ当然のように、男子たちは玉砕していく。まぁこれも、ない話ではない。なぜ彼女がここまで嫌われたか、振り方がひどかったのだ。告白した男子たちが返された言葉は、

「私、あなたという存在自体興味ないです」

しかもこれを笑顔でだ。これは確かに嫌うな、と嫌われている私が思った。

ではなぜ、彼女は、この嫌われ者の私といるか。

それは彼女が私に興味がある(らしい)のだ。

私は嫌われているので、クラスの人からある程度のことをされる。私はそれを、気にしない。私のその行動が、彼女の中の興味を持つところにハマったのだろう。

それから、彼女とは一緒にいる。


申し訳ない、話が少し長くなってしまった。

それから私は、彼女に聞く

「今回は空?」

「まぁ、そうだね」

「じゃあ何?今回は、飛行機?ヘリコプター?気球?それともバンジージャンプ?飛んだら感覚はありそうだけど」

「ん〜どれも違うね」

「えー違う?じゃあ宇宙に行くロケットにでも入り込むの?」

「違う」

「ぜーんぶ違う」

彼女はそう言ってフフと笑った。イタズラをする前の子どものように。

私は、あまりない脳みそをしぼって考えるが答えはでてこない。

「ああ、もう降参。おしえて!」

「えー、でも言ったら、嫌な顔されそうだしー」

「しないから!絶対!」

「ほんとーに?絶対?」

「絶対!」

「嫌な顔したら私死んじゃうからね!」

「君のせいにして、死んじゃうよ!」

「それでも聞く覚悟はある?」

嫌な顔をしたら、私のせいで彼女が死ぬ。ここまでの重役を背負わないと、聞かせて貰えない話。正直すごく気になるが。反対に、そこまで言いにくい話、とも捉えることができる。彼女は私に対して、どこまで要求しているのかが、全くわからない。分からないから気になるのだが。

(いやもう、鳥の上に乗って空を飛びたいとか言われたら嫌な顔より、あきれた顔するし…)

というかまず、この状態で、明日を過ごさなければならない、それが辛い。

もうそれなら、いっそのこと開き直って聞いた方がいいのでは?

「ちょっとぉ、そんなずっと考えてないでさぁ、答えを教えてよ。聞くのか、聞かないのか?」

ハア、とため息をつき口を開く。

「聞く。教えて。」

「覚悟は決めたの?」

「ええ」

「なら、しょうがないね。教えてあげなきゃ」

「私はね…」

心臓がドクンドクンとなる、喉をゴクリとならした。

「天国に行きたい」

驚き過ぎて、嫌な顔をするというよりかは、開いた口を閉めるのに、精一杯だった。

「天国ぅ!」

自分でも聞いたことのない声が出てきた。

「うん、そう。天国」

彼女は何事もなかったかのように、落ち着いて、私の言葉を繰り返す。

となりの彼女の顔を見ると、知っているようで、知らない顔があった。まるで、今の彼女が本物で、いつもの彼女が、偽物のように感じる。悲しくて、切なくて。それでも、新しい彼女を知れた気がして、ちょっぴり、ほんとうにちょっとだけ、うれしかった。

ただそんな、彼女の顔を見ていたら、色んな事がどうでもよくなってきて、

「なんで、今頃天国に?」

なんてことを聞いてしまっていた。

「んん〜、う〜ん」

彼女は顔にあわない声で唸り始める。

「んんん〜、うう〜ん」

「何?理由はないの?」

「ないわけじゃないんだけどぉ」

「じゃあ何?そのうめきは?顔にあわないよ」

私はなんとなく、笑いながら言う。

「うーん、なんていえばいいんだろう」

彼女はその、綺麗な顔を少しだけ歪めた。

「君はさ」

「ん?」

「この世界はきれいだと思う?」

「へ?ごめんよくわからない」

「二択だよ、きれいかきたないか。ただ、それだけ」

彼女の目はすごくきれいで、いつになく、真剣だった。

「きたなくはないかな」

私は少し考えて言った。

「そっか」

「私はね、きたないと思う」

「なんで?」

「なんかね、いろんなものが混ざり合ってて、すごくきたない。」

「そんなに混ざってる?」

「うん。混ざってる」

「そっか…」

彼女には、きっと私に見えない何かが見えているんだ。

だから、私は彼女と話すのだ。少しでも、彼女の世界を知れるように。

「じゃあ、空は、天国は、きれいなの?」

「ええ、きれいよ」


「きっと、きれいよ」


「そっか」

その後は二人でなんてことのない話をした。ただ、帰り際彼女からお願いを一つされた。

「あ、ねえねえ、君。明日朝、電話してくれない?」

「いいけど、なんで?」

「今日の夜から、親いないから」

「あ、そーなんだ」

彼女の家の親はしょっちゅう、二人でどこかに行ってしまう。だから、私はあまり気にしなかった。

そして、話す。

「何時に電話がいい?」

「ん〜、六時半?」

「あれ、結構早い。いつももっと遅いのに」

「まあね、って一言余計!」

「まあ、早起きはいいことだからいいんだけど…。何か心変わりでも?」

「なんにもないよ」

「そう」

「って、もうこんな時間!帰らなきゃ!」

「あぁ、結構遅くなっちゃたね」

「また明日!」

と私は言った。

「バイバイ」

と彼女が答えた。

こうして私たちは別れた。


私はこの時、また平凡な日常が続くと、思っていたんだ。


20××年×月×日(火曜日)

まだ眠たい目をこすりながら準備をしていく。時計を見ると、もう6時29分だ。

ぼんやりとしながら、彼女のことを思い出す。

慌てて携帯に手を伸ばした。そのまま彼女に電話をかける。

いつまでたっても好きになれない、プルルルルルという音を聞きながら待つ、いきなり電子の声が聞こえる。

「お客様がおかけになった電話番号は…」

そう言ったところで、電話をきる。

こんなことは慣れているので気にせず、またかける。ただいつもとは違っていた。

何回かけても、出る気配がまったくない。もう5回はかけただろう、それでも出ないのは、明らかにおかしかった。

彼女のメールを見ると、メッセージが2つきていた。なんとなくのぞいて見ると

「ありがとう」

「ごめんね」

この2つ。私は見返す。彼女にとってこんな内容は珍しかった。そして昨日の話を思い出す。


「天国に行きたい」


急いで部屋から出る。バタバタと音を出しながら、階段を下りた。

母親の声が聞こえたが気にせず走った。

私の家から彼女の家までは、全力で走れば20分。信号を全部無視していく。おじさんの怒鳴り声が聞こえる。でも、それ以上に、彼女の泣き声が聞こえた。

彼女の家は大きく立派だ。いつ来ても、その重々しい扉を開けるのは慣れない。

異臭がした。裸足のままリビングに向かう。彼女はリビングで死んでいた。首を吊って死んでいた。あんなに綺麗だった彼女が私のところにはもういない。

「あ、あ、あ…」

私の声が、かすかに聞こえる。

「ああああああああああああああああああ」

私の声は、いつのまにか、聞こえなくなった。


20××年×月×日(金曜日)

私は今、彼女の墓の前にいる。そこで、彼女からの手紙を読んだ。とても短い手紙だった。

「私は最後に、君に迷惑をかけてしまったね。それでも私は、最後の私を君に見て欲しかったんだ。とてもわがままだと思うけど、それでも見て欲しかったんだ。

私は先に、きれいな場所に行ってるから、君もいつか来て。二人でまた話そうね。」

そう書いてあった。

だから私は、彼女に短い返事を書く。


「いつかの明日、そらに逝きます。」

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明日そらに逝きたい りおん @MATURI15

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