飴と傘

一視信乃

Candy Rainy Day

 なんか暗いと思ったら、外は雨が降っていた。

 そういや、にわか雨があるとか、天気予報でいってたっけ。

 オレはロッカーへ取って返し、いつも置いてある傘を取り出す。

 武骨な黒い折り畳み傘。

 昇降口前で広げようとしたら、誰かが背中を突っついてきた。


「きーくんっ!」


 イマドキオカンしか使わんような、懐かしい呼び名に振り向くと、キラキラ明るい髪色の、夏服姿のギャルがいる。

 今年高校デビューした、一コ下の幼なじみ・だ。


「ちょうどよかった。ウチまで入れてって」

「は? なんでオレが」


 仲良かったのは昔の話で、今や娘に嫌われる、オヤジのごとき扱いなのに。


「いーじゃん、同じマンションだし。入れてってくれたら、飴ちゃんアゲル」

「雨だけに飴かよ」


 ベタだなとわらったら、リコもフフンと鼻を鳴らした。


「違うよ。レインドロップのドロップだよ」


 そしてカバンから、おなじみの赤い缶を取り出し、得意げにカラカラと振ってみせる。


「どっちでもいーよ、そんなん。ったく、入れてきゃいーんだろ、入れてきゃ」


 でなきゃ、後々うるさそうだし。


「わーい。ありがとっ。あ、約束の飴ちゃん、缶ごとアゲル。うーん、あたしってば、太っ腹」

「どーせハッカしか、残ってねーんだろ。キライだからって、いっつもヒトに、押し付けてたもんなぁ」


 ちょうどポッケにあった10円玉でふたを開け、掌の上で缶を振ったら、案の定、白いヤツがコロンっと出てきた。

 しかも、二粒いっぺんに。

 ほーら、やっぱり。

 二粒とも口に入れると、スースーした辛味が舌を刺激し、爽やかな香気がスッと鼻に抜けていく。

 昔はコレが苦手だったが、我慢して食い続けるうち、すっかりクセになっちまったんだよなぁ。

 まあここ数年、食ってなかった気もするが。

 缶をカバンに入れ、傘を広げると、リコがピタッと寄り添ってくる。

 オレは黙って距離を取り、雨の中へ歩き出した。


        *


 雨は激しさを増しただろうか。

 濡れないよう気を使いつつ、無言で飴を舐めてたが、それもなんだか気まずく思え、オレは会話の糸口を探す。


「オマエも、置き傘くらいしとけよ。いざってとき、便利だぞ」

「え、いいよぉ。きーくんのがあるし」

「あ? オレの傘は、オマエのタメにあるんじゃねーぞ」

「てか、きーくんって、置き傘みたいだよねぇ」


 しみじみそういわれたが、まるでイミがわからない。


「それって、普段はどーでもいい、むしろジャマなヤツだけど、いざってときは便利に使える、都合のいい存在ってことか?」

「なんかヒクツ」

「じゃあ、なんだよ?」

「オシエナーイ」


 オレが置き傘だというなら、ツンとそっぽを向くリコは、ハッカ飴に似てる気がする。

 スースーと辛い感じがそっくりだ。


「何一人でニヤニヤしてんの? キモチワルイ」

「なんだ、その言い種は。今すぐ、放り出してやろうか」


 立ち止まり、わざと傘をかしげると、「ウソですぅ。ゴメンなさーい」と、腕にスガって許しをう。

 ふてくされたり、甘えてきたり、なんだ、あの頃と同じじゃないか。


「見た目は変わっても、中身はコドモだな」

「何よ、それっ」

「だってオマエ、ハッカ味のモン、食えねーじゃん」


 残ってた飴を噛み砕き、ひんやりする口でいってやったら、彼女はオレをめ上げてくる。

 怒気をはらんだ、真剣な眼差し。


「少しなら、食えるもん」


 いうが早いか、リコの手が、オレのネクタイを引っ張った。

 不意をつかれ、バランスを崩す。

 眼前に迫る、リコの顔。

 思わず目をつむったら、唇に何か、柔らかいモノが押し当てられた。

 ふわりと一瞬、軽やかに──。

 雨音が、消えた気がした。


「傘ありがと、いちセンパイ」


 耳元に囁かれた声で我に返ると、そこはもうマンションの目の前で、雨の中へ飛び出した彼女は、エントランスへ駆け込んでいく。

 その背をただ見送りながら、指でそっと唇をなぞる。

 スースーと辛いけど、あまもあって、爽やかな後味がクセになる──やっぱ、リコは、ハッカ飴みたいだ。

 柔らかなあの感触、次はもっとじっくりと、心ゆくまで味わってみたい。

 そのためには、まず、都合のいい幼なじみを脱却しねーと。


「つーか、置き傘みたいとか、マジ、イミわかんねーわ」


 ひとりごちて、エントランスへ上がると、オレは傘を閉じ、滴を払った。

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飴と傘 一視信乃 @prunelle

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