お前の目いかれてるんじゃね?

ちびまるフォイ

ゼンゼンモテナイ病は不治の病(経験者談)

『コレを使えば寝ている間に小説が書けちゃう!

 忙しいあなたの創作意欲を満たしてくれます!

 さぁ、今すぐお電話ください!』


深夜の通販を見て即購入に至ったのは、深酒が原因だと信じたい。

まもなく到着したのは執筆セットだった。


「これでどうしろと……」


本当に寝ている間に書いてくれるのだろうか。

半信半疑で試した翌日にすでに小説が書かれているから驚いた。



【1】

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「次はお前の番だ」と、男は言った。


「なんのことだ」

「手に入れることよりも保持する方が大変なんだぜ」


男の言葉はそれきりだった。


目の前に広がる夜の闇を独り占めできたことが嬉しかった。

誰も出歩かない夜を好き勝手に遊びまわることができる。


けれど、このことは誰にも話すわけにいかない。

今でも存在していると思わせ続けなければ独占は続かない。


そのとき、暗がりから人が現れた。

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「短っ!!」


出来上がってはいたものの、そこはさすがの深夜クォリティ。

いきなり完成させることなどできないのか。おのれ。


せめてこれをネタに書き直してやろうかとも思ったが、

通院の時間も迫っていたので無くなくあきらめて病院へ向かった。


「先生、どうなんですか? 俺の病気の調子は」


「薬の副作用は見られますが順調ですよ。

 あなたの"ゼンゼンモテナイ病"もじき治るでしょう」


「ありがとうございます」

「お薬出しておきますね」


診察といつもの薬を受け取って家に帰った。

やることもないので薬を飲んで寝る。


目を覚ますと、また続きが書かれていた。



【2】

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ナイトストーカーを倒してそのことを黙っていれば、

他の人が出歩けない夜を独り占めできる


それに魅せられてここまで来たが、

相手も夜を守っているだけあって一筋縄ではいかない。


真っ向勝負を避けて罠をはって迎え撃つことに決めた。

ただし、罠をセットできるのは昼間だけ。


それだけに凝ったものを作ればほかの人に見られてしまう。

撤去されるかもしれないし。逆にほかの人に使われるかもしれない。


せいぜいできるのは、足をつまづかせるくらいのものだけだ。


決行の夜、ナイトストーカーは現れた。


大きな体と巨大な鈍器を抱えているのに素早い。

逃げる僕の背後に追いつくと、ハンマーを振り上げた。


瞬間、昼間に準備していた黒く塗ったワイヤーに足をとられ、そのまま目の前のプールに落ちた。


極太で昼間は誰も引っかからないものでも夜では話が違う。

派手な水しぶきをあがったのを確認してからすぐにスタンガンを投げ込んだ。


直接、大男を感電させることは危険すぎて返り討ちにされる。

接近せずに攻撃する方法はこれだった。


ナイトストーカーは倒れ、僕は夜の独占権を手に入れた。

---------------


「おっ、今度はもうちょっと書かれてるじゃん」


薬の副作用がなんなのかわからないが、眠りが深くなったのか話が進んでいる。

短編ばっかり書いている性質のせいかどうにも長編にはならない。


「寝ている間に書いた小説をコンクールに出して、

 運よく出版にこぎつければ、睡眠小説的な売り文句で行けるかと思ったんだけどなぁ」


結局、書くのは自分なので出来上がる内容も自分の範囲を超えない。


寝ている間に使ってない脳の100%を解放して超大作を書いて

悠々自適な印税暮らしをなどは到底無理だった。現実はそう甘くない。


「またたくさん書けるように薬飲んでおこう」


医者には禁じられているが、薬を飲んで副作用を期待して眠った。

目を覚ますと枕元に続きが書かれていた。



【3】

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最初、この世界に門限などはなかった。

誰もが夜を自由に出入りして、好きな時間に帰る。


ナイトストーカーと呼ばれる殺人鬼が出始めたのも、

夜が無法地帯になり始めたころだった。


彼らは夜になると現れ、無差別に出歩く人間を殺していく。


けして、家に入ることはない。

大人たちは口をそろえてこう言った。


「必ず門限までに帰りなさい」と。

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「って、また短くなってるじゃねーか!!」


眠りが深くなるとか、すべて勘違いでした。ちゃんちゃん。

俺がやったのはただ薬を規定量以上に飲んで寝ただけ。


「や、やべぇ……これ大丈夫か……!?」


たくさん薬を飲めば早く治るかといえばそんなこともなくて、

ゼンゼンモテナイ病は息の長い治療が必要な難病だという。


よく考えずに大量服用したが、副作用がどんなか知らない。

場合によっては死ぬんじゃなかろうか。


HDDに詰め込まれている画像を処理する時間も今は惜しい。

不安になった心を抱えて病院へ引き返した。


あぶら汗でびっしょりの俺を見て先生は驚いた。


「ど、どうしたんですか、そんなに慌てて」


「先生! ごめんなさい! 実は――」


俺は洗いざらいすべてしゃべって謝った。


薬の効果を知らないままに大量服用してしまったこと。

今にも死ぬんじゃないかと心配なことを。


先生は笑った。


「ははは、心配になってここまで戻って来たんですね。

 薬の副作用といっても軽度なものなんです、あなたは死にませんよ」


「本当ですか! よかったぁ! それで副作用って……」


「薬の効き目があるうちは、数字が逆順に見えてしまうんです。

 でも大丈夫。そろそろ副作用の効き目も収まりますから」


「あ、本当だ」


今まで見ていた数字がぼんやりと戻っていくのがわかった。


1は、3に。

2は、2に。

3は、1に。


今まで見ていた数字はすべて逆に見えていた。


死の不安から解放されたその夜はぐっすりと眠ることができた。

起きると、また物語が書かれていた。





【4】

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暗がりから出てきた男は僕を見て告げた。


「お前がナイトストーカーか」


そいつに言われて男の言葉の意味がわかった

この夜を手放してたまるものか。



翌日の昼間、見つかった死体に群がる野次馬に

僕はナイトストーカーの恐ろしさを噂して回った。

もうこれ以上、ライバルを増やさないために。

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