第25話 愛

 天才の作戦は、一人の男の愛によって阻止されてしまった。


 花山さんの前に盾となっている体育座りのセーターを着た男。セーターがこんなにも強力な兵器になろうとは、天才の頭でも想像できなかったことである。


 カキーン! カキーン!


 全ての攻撃は、大統領のセーターによって弾き返させる。


「そうか!」


 と、天才は閃いた。


 体育座りをしているセーターの真上はガラ空きではないか! 


 そう、体育座りをすれば確かに無敵だが、その体勢では上の防御はおろそかになってしまう。


 天才はその弱点を一瞬で見抜いたのである。


「でや!」


 オッペンハイマー君が、大統領の頭上めがけて槍を投げた。勢いよく飛ぶ槍は、大統領の後ろにいた花山さんめがけて一直線に飛んでいく。


 しかし!


「とう!」


 カキーン!


 なんと、大統領はその場からジャンプし、体育座りを解除し、セーターでこれを防いだ!


「なんと!」


 そして、着地と同時に再び体育座りの体制に戻った。


 死角はないのか!


「愛に資格などいらない。誰にでも人を愛する権利はある」


 大統領がポエムった。


 秘書の頬が赤くなった。市長が音のない屁をした。


 今、世界の理は大きく変わろうとしていた。愛とセーターと体育座りの組み合わせは、ダイヤよりも硬いことが発見されたのだ。


「くそっ!」


 しかし、オッペンハイマー君も諦めが悪い。無駄だとわかっていても槍を投げ続ける。

 天才のメンタルの弱さが垣間見える。己が間違っていることを認められないである。


 カキーン!


 大統領はまたしてもジャンプ! セーターで弾き返す。


「くそっ!」


 槍投げる。


「とう!」


 カキーン!


 弾き返す。体育座り。セーター。セーター。セーター。


 しかし、ここでセーターではないところから綻びが生じ始めていた。


「ゼェ、ゼェ、ゼェ!」


 さっきから何度もなんどもジャンプを繰り返していた大統領が、普通に疲れてきてしまったのだ。


「くそっ!」


 最後のジャンプを繰り出し、大統領はそのまま床に力尽きた。


 しかも、さっきまでのイケイケムードで誤魔化されていたが、よく見るとセーターが全然似合っていないではないか!


 これは大ピンチ!


「大統領!」


 秘書、市長、その他が大統領に駆け寄る。近くで見ると、無残なまでにセーターは大統領から違和感だけを醸し出している。


 誰だよ、ピンク色なんか着せたのは。若作りしているような感じが見苦しすぎる。


 絶望しかなかった。


 愛のセーターが似合わない。ついでに、もう攻撃を阻止する術がないのだ。


「大統領、私が代わります!」


 市長が盾になるべく、立候補した。

 もう、一度寝返った以上、元には戻れん。お好み焼きは、一度ひっくり返したら、次に会うのは皿の上だ!


 市長が大統領からセーターを脱がしてい……


「触るなあああああああああああああ!」


 と、脱がそうとした市長の顔面にミサイルのようななんかが飛んできた。それは、秘書の拳であった。


「大統領のために編んだんだ! セーターの貸し借りはトラブルの元だろうが!」

「し、しかし!」


 と、市長が再び、変わろうとするが、


「聞こえんのかぁぁ!」


 今度は秘書のローキックが市長の背中を捉えた。牛に突っ込まれたような衝撃で、市長はその場に倒れた。


「さぁ! 大統領! そのセーターを着ていいのはアナタだけです!」


 と、疲れで意識が朦朧として着た大統領は、秘書に無理やり体育座りの体勢に戻された。


 愛とは時に重い。

 そして、愛ゆえに、人を苦しめる。


 その後も大統領は、疲労困憊になっても、花山さんをセーターで守り続けた。


「ほら、ジャンプがヘタってるぞ!」


 もう、いつ力尽きてもおかしくない状態にも関わらず、秘書がセーターが、休ませてくれない。


 それでも限界はあった。


 カキーン!


 その槍を止めて着地した瞬間、大統領はついに一ミリも動かなくなってしまった。


「死んだのかっ!」


 市長たちは顔を見合わせた。


「よしっ!」


 秘書はその性も根も尽き果てたセーターの顔を見て、満足げな笑みを浮かべた。


 鬼だ、こいつ。


 その後、市長がやっと代わりにセーターを着て、花山さんの前に立ったが、市長が着るとなぜか普通のセーターで、


 グサッ!


 槍は普通に刺さった。最愛、お腹の肉で一命はとりとめた。いってぇぇぇえぇ!


「出てこい、花山」


 オッペンハイマー君は槍を構えた。


 花山さんは前に出た。


「最後に言い残した言葉はないか?」

「なんで私が」


 ほぅ。

 死を前にしてもこの太々しい態度。肝の座った女である。


「お前のせいで、チチンコ族は住む場所を失い! そして、あのダンゴムシは自分の子供を失ったのだ! それでも、謝る気はないというのか?」


 オッペンハイマー君の声が響く。


 それを聞いた花山さんは前に出た。そして、


 パチーン!


 と、天才のほっぺを思いっきり引っ叩いた。


「あんた、偉そうに、子供みたいなこと言ってるんじゃないわよ!」


 へ?


 まさかビンタされるなんて思ってもみなかった天才は、素の顔で「へ?」と弱々しく呟いた。


 ぴくっ!


 と、このお説教に一人の男が立ち上がった。うおおおおおおおお!


 セーターを脱がされた大統領、花山さんの説教を聞いて、「脱げ!」と市長からセーターを引き剥がし、着る。

 そんで花山さんのお説教を聞くために、オッペンハイマー君の横に何故か並んでしまった。


 そして、花山さんの説教が始まった。


「わー」


 大統領は何故は手をパチパチ叩いて喜んだ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る