飴と傘

吉岡梅

ベッドの下からキャンディード

 満月の夜にだけ訪れる、深夜の24時と1時の間の25時。キャンディード達は、そろりそろりとベッドの下から顔を出します。その身の丈は20cmほど。たいてい四人一組で行動します。おそろいの飴色のタイツを着て、眉間に皺を寄せた難しい顔で、黙々と、力を合わせてベッドの上まで一言も喋らずに登っていきます。


 首尾よくベッドの上にたどり着けば、寝ている子供を前にして、思い出キャンディの材料チェックが始まります。今日の思い出は、甘い甘い楽しい思いでがひとつと、苦くて辛い悲しい思い出がひとつ。四人は相談して甘い思い出を先に加工することに決めました。


 子供の周りをくるくる周り、眉間に皺を寄せたまま、奇妙なダンスを踊ります。キャンディード達が顔の横でパンパンと手を叩く度、少しずつ胸から思い出ボールが浮き出てきます。14周したところで、やっとボールが胸の上に浮き上がりました。


 完全に浮き上がってからが腕の見せ所。息を合わせて思いっきりジャンプをすると、思い出ボールはと弾け、そこから部屋中に、甘い甘い思い出キャンディの飴の雨が降り注ぎます。


 キャンディード達はめいめいに、赤や黄色やうずまき模様の傘を差し、飴の雨音に耳を澄ませます。だだだだだん。きちんと聞いて、品質チェック。今日の思い出はとてもとても甘いようです。たくさんの思い出キャンディが作れそう。


 それでもキャンディード達は油断をしません。眉間に皺を寄せたまま、傘をばさっと振ってにすると、飴の雨を集めては、ぽいんと包み紙へと投げ飛ばし、二人がかりでキュッと両端をひねります。


 甘い飴は、甘すぎてはいけません。なぜなら、甘い甘い思い出が、心地よすぎてしまったら、後ろばかり見て動けなくなってしまうからです。舐めたらと程良く甘く、そしてちょこっとくすぐったく、良い思い出だったな、なんて思って先に進めるくらいの塩梅がちょうどいいのです。


 職人気質のキャンディード達は、眉間に皺をよせたまま、慎重に飴の分量を調整します。色とりどりの包み紙に、ぽいんぽいんと傘から飴を投げ飛ばし、黙々とキャンディを包みます。どうやら全て包めたようです。


 ひと仕事終えたというのに、キャンディード達はにこりともしません。誇り高きおやつ職人達は、すぐさま辛い思い出の加工に取りかかります。作ったキャンディを踏まないように、注意しながら子供の周りをぐるぐるダンス。パンパンと手を叩けば、だらけの思い出オブジェが、ずりっ、ずりっとせり上がります。


 すっかり胸の上に浮かんだら、皆で傘をビリヤードのキューのように構え、しゅっ、しゅっと突き出します。キャンディードのひと突きごとに、オブジェの角が少しずつまろやかになっていきます。


 眉間の皺に玉の汗がこぼれる頃、なんとか角を取ることができました。でも、休んでいる暇はありません。すぐに4人は一斉にジャンプ。思い出オブジェには、みりみりとひびが入り、そこからぷしゅーっと甘い思い出ミストが吹き出します。辛くて苦い思い出は、熱があり過ぎてミストになってしまうのです。


 でもキャンディード達は慌てません。きりりと傘をしっかりと絞り、両足を踏ん張り、傘を両手でがっしり持って高々と掲げ、そのまま全身を使ってぐるんぐるんと傘を大きく回します。


 傘の周りには、しだいに思いでミストが絡みつき、もも色の綿菓子キャンディができあがってきます。4人は黙々と傘を回し、もこもこの綿菓子4つを作り上げます。


 辛い飴は、堅すぎてはいけません。なぜなら、辛くて苦い思い出が、悲しすぎて足を動かせなくしてしまうからです。ふんわりもこもこに柔らかくして、むしろ良い経験だったな、なんて思って前に進めるくらいの塩梅が、ちょうどいいのです。


 辛い飴の角を削るのは、時には1日だけでは終わりません。何年もかかることもあります。削っている途中なのに、うっかり子供が思いだして、とげとげのごつごつに拍車がかかってしまうことさえあります。しかし、キャンディード達はがっかりすることも、嘆くこともありません。とげとげの増したオブジェを前に、いつものように眉間に皺を寄せたまま、こつこつ、こつこつと削っていくのです。


 今夜は無事に、4つの綿飴ができあがったようです。それでもキャンディード達は難しい顔のまま。きちんときれいな紙袋に、ひとつひとつの飴や綿菓子を、丁寧に、丁寧にしまっていきます。


 ラッピングが済んだら、それを眠っている子供の胸の上に並べ、今度は最初と逆回りに奇妙なダンス。いろとりどりの飴の袋は、ゆっくりゆっくりと、子供の胸に戻っていきます。


 すっぽり収まれば、やっと今夜のお仕事は終了です。4人のキャンディード達は、お互いのほっぺたを1発ずつぱちんと叩いて、健闘をたたえ合います。眉間の皺はそのままに。


 そして夜が明け、子供が目を覚ます頃には、すっかりベッドの下に戻ります。次の満月の夜の25時まで、じっと体育座りして待機するのです。


 あなたがふと、昔の事を思い出して、ふっと甘い気持ちになった時、それはひょっとしたら、胸の中でキャンディード達の作った、思いでキャンディや綿菓子の包みが溶けだしたのかもしれません。


 そして、その甘さを胸にして、ほんのちょっとでも前に進んだりした時は、そのときばかりは、気難し屋のキャンディード達も思わずにっこり笑うのです。ベッドの下でこっそりと、傘を片手にお祝いのダンスを踊るのです。


 もし、ベッドの下がちょっと騒がしくても、気づかない振りをしてあげて下さいね。なぜなら彼らは、恥ずかしがり屋で、怖がりで、気難しくて、そして、とてもとても良い奴らなんですから。

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飴と傘 吉岡梅 @uomasa

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