茶色のサンタさん・エピローグ

 ぽっと、高山服飾店の向かいの店の脇の、灯籠型ライトに明かりがつく。

「おっ、五時になったね」

 同時に窓の向こうを、ひらひらと白いものが舞い始めた。

「雪だ!!」

 茜が立ち上がって、声を上げる。

「しまった! もう五時か! 今頃、茜が帰って来なくて、静と英樹が心配しているぞ!」

 猪吉が慌てて、またバリカをポケットから出した。

「御馳走様でした!」

 茜はお礼を言って、コップを真に返すと、窓に駆け寄った。

「ボタン雪だ!!」

 ひらひら、ひらひら、白い羽のような雪が、鉛色の空からゆっくりと舞い降りてくる。

「茜! 一人で外に出るんじゃないぞ! 出るなら、お父さんと一緒だ!」

「あらあら、これは当分、猪さんは茜ちゃんに過保護になるねぇ」

 背中から掛かる父の声に、真とおばさんが笑った。振り返り頷いた後、茜は窓越しに雪を眺めた。

「綺麗……」

 通りでも、沢山の人が雪を見ている。その人達の向こうに茜は、さっきのおじいさんを見つけた。

 白いふわふわのついた赤い服を着、黒いブーツを履き、ポンポンの付いた赤い帽子を被っている、おじいさんを。

 ……おじいさん……もしかして……。

 目を丸くして見ている茜に気付いたのか、おじいさんが茜に向かい、指を口に当てて笑ってみせる。

 その青い瞳は優しく……そして、何故かとても悲しく、茜には見えた。

 そっか……。

『良かった。やっと間に合った……』

 おじいさんは茜を無視していたんじゃない。きっと、ずっと気遣っていた。でも、おじいさんのプレゼントが欲しい子は、沢山、沢山いすぎて、今日やっと茜にプレゼントをあげることが出来たのだ。

 幸運の末に掴んだ幸せが壊されない、というプレゼントを。

 おじいさん……ううん、本物のサンタさん。

 茜は、サンタさんに心の中で呼び掛けた。

 ありがとう、サンタさん。でも、もう茜とお兄ちゃんには、大きくて優しい茶色のサンタさんがいます。だから、どうかサンタさんは、独りぼっちで寂しくて辛くて泣いている子供のところに行って下さい。

「バイバイ、サンタさん」

 茜が手を振ると、サンタさんがふっと笑って消える。

「茜、お母さんと英樹が今、こっちに来るから、四人で帰ろう」

 どうやら、デパートの話を父から聞いて、彼女を心配して母と兄もやってくるらしい。猪吉が来て「おお、雪が降ってきたな~」並んで空を見上げる。

「お父さん」

「ん?」

 茜が甘えて、手を伸ばす。猪吉が笑って、抱き上げてくれる。

 ね? サンタさん。

 茜は父の太い首にしっかりしがみつくと、もう一度、ひらひらと舞う雪の向こうに、そっと手を振った。


さよならサンタさん END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宇宙駅『神田』人情奇譚 いぐあな @sou_igu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ