よみがえる過去

英樹ひでき! おい! 英樹!」

 自分を呼ぶ少年の声に英樹は我に返った。

 途端に小学校のランチタイムの教室のざわめきが耳に飛び込んでくる。目の前にはランチプレート。綺麗に空になった器や牛乳のパックの横に、一つ小振りなオレンジ色のみかんが、ちょこんと置かれていた。

 目の前を男の子の手がヒラヒラと動く。

りょう……」

 顔を上げると、五つずつ班ごとにくっつけられた机の、相向かいの席に座っていた同級生、小学四年生の森山もりやま遼が訝しげに英樹を見ていた。

「大丈夫か? お前、急に固まっちまって」

「え?」

 パチパチと瞬きをすると隣の席の女子も心配そうに頷く。

「具合悪いのか?」

 眉をしかめた遼に訊かれて、英樹はぶんぶんと首を横に振った。

「ちょっと、ぼおっとしてた」

「体育キツかったもんな」

 四限目の体育はドッチボール。お互いに運動神経の良い遼と英樹は、内野と外野に分かれて、敵チームのクラスメイトに次々とボールを当てていた。

「二人とも大活躍だったもんね」

 女子がほっとしたように頷く。ランチタイムの終了の鐘が、黒板型スクリーンに内蔵されたスピーカーから流れる。給食当番が教卓の前に出てくる。

「ごちそうさまでした!!」

「ごちそうさまでした!!」

 給食当番の声の後、クラス全員の声が響く。

「英樹! 昼休み、縄跳びしようぜ!」

 遼が机の脇に掛けた青い縄跳びを持って、ランチプレートを持つ。この小学校では冬は廊下で縄跳びで遊ぶ子が多い。縄跳びは飛び方によって級が設定されていて、今、遼は一級の二重跳び百回に合格することに夢中なのだ。

「解った」

 英樹はプレートのみかんをそっと持ち上げると、自分の机の黄色い引き出しを引いた。ペンタブや算数セットが、ごちゃごちゃと入った奥に隠す。

「早く、アカネに持って行かないと」

 ぼそりと呟く。

「英樹!」

 廊下に出た遼が呼ぶ。

「今、行く!」

 自分の緑色の縄跳びを手に掛けると英樹はプレートを持って、遼を追って廊下に向かった。

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