『正義』の家事ロボット

 西地区に着いた電車のドアから、サラリーマンが吐き出される。無駄にこだわることで有名な、ここの気象管理センターだが、流石に故郷である地球の、あの島国の殺人的に蒸し暑い夏は再現するつもりは無いらしい。日差しは眩しく強いが、気持ちの良い、カラリとした涼しい風が通りには吹いていた。

 高さ、材質ともにコロニーの安全基準を満たした結果、画一的なビルが連なるオフィス街を行く。周りより少し背の低いビルに着くと、オレは

「おはよう」

 出会った同僚に挨拶をして、一緒に昇降床に乗り込んだ。

 会社のある階を口にすると、床が上がり始める。

 オレの会社は、このコロニーの修船工場群に部品を納める部品工場の製品を、母星カイナックや、他のコロニーの工場に売る、言わば卸売商社だ。確かな技術を持つ部品を修船工場だけで使うのはもったいないと、先代の社長が起こした会社らしい。

 今日は仕入れ先の会社の開発した新製品を見に行って、それから……。

 外の景色が下がる中、一日の段取りを考えていると、ぽんと同僚に背を叩かれた。

「ん? 何だ?」

「今朝は、何回ジャスにツッコんだ?」

 楽しげに訊いてくる。

「二回だな」

 毎朝の挨拶の後のいつもの質問に、オレは小さく肩を竦めた。朝の『効果音』と、朝食のみそ汁を沸騰させたときだ。

「本当によく付き合っているよなぁ~」

 同僚も家に遊びに来て、ジャスに何度も会ったことがある。

「オレなら、とっくにプログラムの修正に出している」

「一人で家にいるときは優秀なんだ。ただオレがいると時々調子に乗り過ぎるだけで……」

 姉の転勤について、母星カイナックで暮らしている母が、以前そう言っていた。

『確かに家事で戦闘ごっこはするけど、テキパキとミスなくこなしているわよ。たけるがいるとなんか調子に乗って、暴走してしまうみたい』

「なんだ、それ?」

 昇降床を降りながら、同僚が怪訝な顔をする。ビルの廊下を進み、会社のドアのセンサーを潜る。ぴっ! と音がして出社時間が記録される。

「特にオレが誰か客を家に連れてくると、更に調子に乗るみたいだな」

 ジャスは、この同僚の前で調子に乗り過ぎて、物騒な台詞で布団のダニ退治をした後、対塵レーザーで畳を焦がしそうになったことがある。

「なんでだ?」

「さあな」

 デスクに着き、モニターを立ち上げ、まずは社内クラウド内の業務メールを確認する。

「でも、本当に面倒臭くないか? 家事ロボットというのは、適切に人間のサポートをするものであって、人間に手間を掛けさせるものではないだろう?」

 確かにそうだ。この宇宙時代では、性能の差こそあれ、家事労働を軽減させる為に、家事ロボットか、家全体をオート化してAIに任せるのが当たり前になっている。

 うちは早くに父が亡くなり、母子家庭だったのもあって、オレが幼い頃からジャスが家の家事を取り仕切っていた。

 ……そういえば、昔は普通の家事ロボットだったな。

 ジャスはあれで三代目。家事ロボットは家族の好みや習慣を把握し、中には家族の一員とされているモノもある為、ボディが変わってもメモリーや感情プログラムは、そのまま受け継いでいくタイプが主流だ。

 いつの間に、あんな、おちゃらけたロボットになったんだ?

 部長が来て朝の打ち合わせが始まる。オレは軽く頭を振って考えを打ち切ると、部長の話に耳を傾けた。

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