福沢さん家の秀くん

「すまんかったね」

 詫びの言葉と共に、茂雄は自動販売機で買ったコーラを英樹に渡した。

「辛いことを沢山、思い出させてしまって」

「ううん」

 宇宙駅に来てから一時間。まだ秀は見つかっていない。広大な駅だ。少年一人を探すのは、森の中からアリを一匹探すのと同じだった。

 香巡査長の交渉の結果、巡査長と駅員の立ち会いの下、宇宙船搭乗口のゲートの映像を調べさせて貰える許可が出た。

『『KOTETU』の顔認識アプリを使うよ。秀くんは特徴あるから、映っていたらすぐ見つかるからね』

 ファボスは巡査長と共に駅の警備事務室に向かって行った。

 プシュ……。缶を開けて、一口泡立つ酸味の強い甘い液体を飲み、英樹が呟く。

「大将のおじいさんは、秀兄がもう宇宙船に乗って、どこかに行ったと思っている?」

「念の為の確認だよ」

 茂雄は英樹を安心させるように笑い掛けると、自分のボトルのお茶を啜った。

「私はまだ秀は駅のどこかにいると思う」

「うん、オレも。秀兄、福沢のおじさんやおばさんのこと大好きだから」

 多分、本人は意識してないだろうが、時折二人……特に花江に見せる、照れながらも甘えた顔を思い描き、英樹は答えた。

「絶対、おじさんやおばさんと離れるなんて、もう秀兄には出来ないよ。オレだって、茜だって、絶対父さんと母さんと離れたくないから」

 真剣な顔で訴える英樹の頭を、茂雄が優しく撫でる。

「さて」

 茂雄は一息つくと、飲み掛けのボトルのお茶の蓋を閉め、英樹に渡した。

「すまん、トイレに行ってくるから、少し持っていてくれんか?」

「はい」

 そう答えたとき、英樹は何か思いついたように大きく目を開いた。

「どうした?」

「今、思い出したんだ……! 確か、昔、秀兄、産んだお母さんに宇宙港のトイレの前のベンチに捨てられたって言っていた!」

「それだ!」

 茂雄が手を打つ。

「英樹、皆に、各階のトイレ前のベンチを重点的に探すように伝えてくれ」

「うん!」

 英樹が上着のポケットから、バリカの児童版、学校配布の児童カードを出す。

 きっと、秀兄はそこで、迎えが来るのを待っている……。

 皆にメッセージを送る。更に英樹は指を動かし、誠也と花江にメッセージを打ち込んだ。



 もう何回だろうか。乗り込むはずの業務用エレベーターの扉が開き、店員が倉庫に荷物を取りに行くのか入っていく。一階下の階層を表示するランプが灯り、また上がってくる。

それをぼんやりと秀は膝を抱えたまま、トイレの前のベンチから眺めていた。

 ……あのときも、こうしてずっと眺めていた。

 ロビーの向こうの宇宙エレベーターに続く、エレベーターチューブが上がり下がりする様子を。

 だけど……。

 結局、母も義父も義弟妹も二度と現れず、来てくれたのは、スペチルの子供達だった。

 息がますます熱くなっている。霞む視界と遠くなる耳に、コツコツ……と、近づく足音が聞こえた。二つの足音が重なっている。目の前に朧気に、中くらいの丸っこい影と、背の高い影が現れた。

「秀、迎えに来たわよ」

 柔らかな女性の声が届く。丸っこい影から手が伸び、秀の頬を、決して好きではない長い耳を愛おしげに優しく撫でた。

「お父さん、秀の熱が上がっているわ」

「ファボに連絡を取る。まだ開いている病院を探して貰おう」

 ふわり、高い影が脱いだ、人肌に温くまった上着が、秀の寒気のする身体を包む。

「……良いの……?」

 秀は震える声で、目の前の二つの影に尋ねた。

「オレ、折角、学校に行かせて貰ったのに、勉強の出来ない『役立たず』だよ。オレなんかいても『無駄』になるだけだよ」

 熱に浮かされているせいか、影達の目があまりに優しいせいか、ずっと怖くて怖くて胸に抱え込んでいた言葉が出てくる。

「きっと、家に置いていても何にもならないよ……」

 視界が潤む。その中で丸い影が首を横に振った。

「秀は『無駄』でも『役立たず』でもないわ。私達の大切な息子よ」

「私達はお前を引き取るときに、お前をちゃんと大切に育てると施設の人と約束し認められたんだ」

 ああ……。

 熱い息を吐く。秀のような生い立ちの子供を引き取る場合、特に児童福祉施設は念入りに引き取り先を調査する。

 それに

『頼む。今一度、私達、大人にチャンスをくれないか?』

 二人は、あんな言葉を自分達に言ってくれた大人の選び認めた『大人』なのだ。

 ……馬鹿だ……オレ……。

 解っていた。解っていたのに、どうしても確かめたかった。

「だから……」

 丸い影が近づき、腕が伸びると、ぎゅっと抱き締めてくれる。

「一緒に家に帰りましょう。秀」

「……帰って良いんだ……」

「ああ。帰ろう」

 ずっと強ばっていた身体と心の力が抜ける。秀は素直に優しい影の胸にもたれ掛かった。

 ……やっと『迎え』が来てくれた。

 ゆっくりと目を閉じると抱き上げてくれる。大きな背中に乗せられて……そこで秀の意識は落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る