琥珀の夢は虚構と踊る。

あああああああああああああああ

Prologue────初期設定、あるいはシナリオ展開

 必要情報を取得しています……





 ログイン成功、照合と確認……



 全ての記憶の同期中……



 活性化エルカションの沈静化作業……

 抑止中……完了、フィルタの展開

 接続完了、主要コンポーネントにアサイン……全職員への抑止力停止許可出願、認証


 記憶同期が完了しました。

 隠蔽シナリオ: 琥珀の夢を展開します。



 我々はあなたを歓迎します。






 ────────────────────





 今、私は空に浮かんでいた。


 それは比喩などではなく、物理的に私の身体が浮いてしまっているのだ。物理法則を捻じ曲げて。


 ふわふわとした感覚、しかしそこには地面がないにも関わらずしっかりと地に足を付けている感覚も同居していた。


 見えるのは白、白、白。

 障害も背景も存在しない。ここに有るのは「私」と「世界」のみだと感じさせる風景である。


 ……勿論、こんな非常識なことが現実であるはずがない。なんなら今ここで頬を抓ってみるか?


 ……私はこの世界を知っている。最近この夢ばかり見るのだ。どこまでも空虚で、意味の無い世界。


 私だけが彩られた世界に何の意味がある? 何にも美しさを見いだせないこの世界に。


 自問は答えられぬまま。……想像は出来ていた。


 ……ああ、もうすぐ夜明けが訪れるのだろう。こちらの意識は絶え絶えに、浮遊感は一転して何かに引きずられるような感覚へと置換される。


 さぁ、目覚めだ。


 美しさを見いだせない世界から、またあのつまらないあの世界へ。


 覚醒を────





「────は」


 目が覚め、初めに見たのは空虚で無機質的な白の天井だった。

 ぼんやりして働かない頭を動員させ、現状把握に努める。が、当然考えが纏まることはなくて。


 いつまでも取り留めのないことに思考力の大半を割きながら周囲を眺める。


 先ずは私が居るベッド。本棚に収納、机。白で統一された美しい家具群は、使われる事がないのかホコリを被って使い物にならなくなっている。唯一清潔なのが私が寝そべっているシーツと毛布程度である。


 極力無駄なものを省いた客室や病室を連想とさせる部屋だ。窓はなく、一つだけ茶色をしたドアがぽつんと部屋の片隅で自己主張している。


 ……私は、一体? しかしその疑問に答えてくれるものはない。

 底のない孤独感。まるで、私だけ怪物の世界に招かれたような──


 と、そこでガチャリ、とドアが音を上げる。私が肩を跳ねさせて驚いたのは言うまでもない。


 私が音の発生源に意識を向けると──


「……ああ、起きましたか。立ち上がっては駄目ですよ? まだ意識の同期は済んでませんので」


 などと、意味不明なことを呟く背の高い痩せこけた男がドアの向こうに佇んでいた。




 ────────────────────


「混乱しているでしょう。コーヒーを淹れてきましたよ。これでも飲んで一息ついてみては如何でしょうか?」


 そう言い、机にコトッとマグカップを置く。


 ……男は外見からして二十歳程度。白衣の下にミスマッチな赤いシャツを着ている。顔は……気だるげそうで目の下にはっきりとクマがあり不健康そうな印象を受ける。しかし顔自体は整っている方ではある。


 寝起きの私はなんら警戒心を抱かずにそのマグカップに口を付ける。口内に広がる苦味と芳醇な香り、その中に少しだけ含まれる甘みを楽しんでいると。


「……何か、疑問はないので?」


 男が驚いた様子でこちらを訝しむように覗き込んできた。


「……疑問、と言われても。……あぁ、何故私はここに居るのです?」


 恐らくそれを問うのはもっと早くするべきだったのだろう、今更その理解に追いついた私に男はいっそのこと猜疑心すら感じさせる表情で話しかけてくる。


「……我々が貴女をここに招待したのです。……貴女は、特に混乱は……ないのですか?」


「混乱……勿論しています。ですが、まぁ考えるだけ無駄なので。……このコーヒー美味しいですね。何処の豆です?」


 呑気とも取れる私の応答に、男は呆れた様子で応える。


「……エメラルドマウンテンと言う豆です。中々高級なものですね」


「へぇ……素晴らしいですね。私も帰ったら買お」


「……帰ったら」


 男が私の言葉の一節を反復する。


「……? どうしたのです?」


「……いえ、この状況で『 帰ったら』などと言える精神が、その……」


 どもり、狼狽した様子で答える。


「……ああ、そうです。私は帰れるのですか? 出来るなら帰りたい所ですが」


「……端的に言うと、帰れないと言いますか……帰らさない、と言いますか……」


 はっきりしない物言い。どうやら私の雰囲気に呑まれかけているようだ。


「帰らさない、ですか。まぁいいです。ここに居たらこのコーヒーが飲めるのですね?」


「────は?」


 今までころころ変わっていた男の表情が驚愕に固まる。


「……?」


「か、帰れないのですよ!? 家族が居たり……」


「はぁ。まぁ家族はどうでもいいです。私が居なくなった所で、ですよ」


「なっ……」


 狼狽え、後ずさる。


 と、そこで上から無機質な声が響いてくる。


《U-5000。彼女からの干渉を受けすぎている。今すぐ精神の安定を試みろ》


 男とも女とも取れる不思議な声色。……彼女、というのは私だろうか。


 男はその声に目を剥き、わなわなと己の手を凝視しながら沈黙している。


《……エルカションの活性化許可。UNIT2139(rty)室内への散布》


 不自然な沈黙を破れずにいると、また同じ声が室内に響き、天井に備えられたハッチが開く。


 それを不思議に眺めていると、不意に酩酊感が私を襲う。……これは……


 頭を押さえ、ふらつく身体に鞭を打ちながら周りを確認する。室内にハッチ以外に変わったことはなし。となると、あの声が示唆した「エルカション」とやらの仕業か。


 隣では私より先に男が倒れていた。……一体何が? しかしそれを考えるより先に、私の視界はぼやけ、かすみ、暗転していく。


 そのまま私の意識は深いところに潜っていき、暗い昏い深淵の中へと沈んで行ったのだった。

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