第5話 新たなる迷敵現る!

 叔父さんは酒を飲むたび記憶をなくし、僕は佐田さんに会うたび記憶をなくす。

「もう、勢夏王! いい加減、涙をぬぐって立ち上がるでござるよ」

「ひっく、ひっく、なんでみんなこけたあと、大爆笑すんだよ! 散々僕の純情をバカにしたあげく、なんで笑いの止まらない佐田さんを、近子さんとやらは抱き抱えて、強引に連れ帰るんだよ! へんじまだ...きいてないよー!」

「ほい、見えない帽子」

「ほしいのはそれじゃなくて、佐田さんからのイエスorノー!」

 パンツ屋クビになってまで、僕との交際を選ぶなら。

 実家住まいで衣食住に困らないワイが、男らしく佐田さんに、百均での僕の全シフトを譲り。

 この日のためにこつこつ貯めた、彼女出来た時用貯金をくずし。

 何時いつなんどき、どこででも、佐田さんからのデート要請に応じられるよう、他力本願で全力自宅待機をする。

「それのどこがダメなのさ?!」

「そのあまりにもワン&オンリーな自己犠牲の精神、前しか見えていない勝ち組芸大生には、志のステージが高すぎて、目線が合わなかったのでござるよ」

「そりゃ、好きです付き合ってください。いきなり告白すれば僕はカッコいいよ、ヒーローだよ。でもいわれた佐田さんは迷惑だろ? ろくに口を聞いたことない僕に、いきなり告白されて困るより、まずはお友だちから。本当の僕を知ってもらって、そこからフードコートでのランチデート、からの南武園、手つなぎ花火デート、ああだこうだあっての、ぐっちぐちクリスマスお泊まり。それが常識だろ?」

「常識かどうかはコメントを差し控えますが、人間、誰にでもツボるというか、その人の心にだけ響く、独自感動ポイントがあると、拙者は思うのでござるよ」

「うんうん、心の琴線きんせんに触れるってやつだね!」

「確かに広い世の中、差し出された現金に目がくらむより、突然の無償の愛の告白に、心奪われる女子だって、中には、きっと、どこかに、多分いるでござるからな」

「それだよ! それこそが日本の文化、心だよ!」

「やはり、自分以外が三次元恋愛でじたばたしている。これほど見応え、絡み『害』のある無料娯楽はそうないでござるからな」

「てことは、これからモール行って、その後どうなったか探ってくれると?」

「イヤーザッツ行ってくるでござる」

 僕がベットから飛び起きて膝まずき、ぎゅっとすーさんの両手を握り、僕の丸投げ、他力本願気質に、すべて完全無料、いや、無償の愛で応える、美しい友情に涙していると、

「フフフフ……フハハハハ…ハァーッハッハッハッハ!」

 ふすまの向こうから、突如、暗黒爆笑がし、

「あ、鑓水ですけど、勢夏くん入ってもいい?」


                ◐

 入ってきた鑓水やりみず統括店長は、都会的というか、意識高い系というか、髪型もひげも、スーツの着こなしも。

 くずし系のイケメン俳優みたいで、しゃべり方もいつもクール。

 相変わらずカッケーな。

「たまたま店行ったら、勢夏くんまたお休みだっていうから、桃山さんにチャリ借りて、ちらっと様子見に来たんだよ」

「それはざわざわ、いえ、わざわざすいません」

「ずこーってこけたいけど、この部屋ちと狭いね」

「そりゃ6人もいれば狭いっすよ。先輩の後ろにいる女子3人、誰っすか? 馴染みの違法店の方ですか?」

 鑓水店長に続き、パッツン髪、お下げ、ショートの中学生とおぼしき女子3人が、それぞれ『ち』『あ』『き』と、一字ずつ書かれたTシャツ、赤、青、黄色のハーパン姿で、なぜか鑓水店長に続いて入って来たのだ。

「なんか家の前で、双眼鏡や集音機を使って、君の部屋を探っていたから、そんなことしてないで、部屋にお上がりよって誘ったんだ」

 何の権限があって?!

「はじめまして。私たち佐田千明さまを、全力でお守りする親衛隊、『佐田千明メンヘラ別動隊』ちの字です!」

「あの字です!」

「きの字です!」

 すーさんはなぜか拍手し、

「それで、ちの字は血液のちの赤ハーパン、あの字は青ハーパン、きの字は黄色ハーパンなのね。なるほど一目瞭然だわ。でも、黄色さんは『字』でよかったわね。だってきの『印』だったらヤバい人だもんね!」

「フフフフ……フハハハハ…ハァーッハッハッハッハ!」

 先輩、なにツボってるんすか!

「はーい、ジュースとお菓子ですよ」

 お袋、いらねーよ!

「こんな若いお嬢さんが訪ねて来てくれるのなんて、勢夏が中一で不登校になった時以来かしらね~。皆さん学年主任の命令で、ホント嫌そうな顔で来てたわね~」

 お袋、その豆知識もWでいらねーから!

「お母さーん、なんの大会? ツッコミ担当いる?」

 深雪、お外で遊んでなさいね!

「おー深雪ちゃんか! 覚えてるか? ブラックバイトの元締めとして、お兄ちゃんを今も飼い殺しにしている、悪の総本家、鑓水お兄さんだよ?」

「このスケベやろう、叩き切ってやるぞ」

 深雪、それ何のきめ台詞だ!?

「フフフフ……フハハハハ…ハァーッハッハッハッハ!」

 お前は箸が転がってもおかしい年頃の女子か!

「あれ、すーさん、出かける用があったんじゃない?」

「人多すぎで外に出れないでござるよ」

「ござるよ? その顔で? フフフフ」

 やかましいわ!


                ◐


 ワイの部屋では拉致も出来ん、じゃない、らちがあかないというのと、ちょうどお昼時ということもあり、下に降りて皆で素麺を食べることになった。

「おばさま、あたし、素麺にはミョウガがないと」と、ちの字。

「あたしは刻みネギにおつゆにお酢少々」とあの字。

「あたしは大根おろしでさっぱりと」ときの字。

「僕は仕事中なんで、ビールをチェイサーに、ウィスキーショットで」と鑓水統括店長。

 ドイツもジャパンも、なにしにうちに来たんだ!

「すーさんは?」

「僕はクラブサンドイッチとティーを」

 なものねえよ! てか、さっさとモール行ってこい!

「以上ですか?」

 長男ワイはスルーかい!

「あー、ごめんごめん。深雪は?」

 て、おい! ワイはつゆに刻み梅を..

「おまかせで」

「はーい、じゃあ一番面白いギャグをいった人だけ、リクエストにお答しまーす!」

「フフフフ……フハハハハ…ハァーッハッハッハッハ!」

「優勝!」

 なわけねーだろ!


                ◐

「で、中学生三人組は、うちのごくつぶし、じゃない、無為徒食、でもない、彼女いない歴、まあこれは彼の名誉のために以下略にしとくわ」

 バレバレやないかい!

 昼食も済み、鑓水先輩が家に来たのは、かつてのニート、不登校癖がバイトでも出たのではないか?

 ワイが今まで通りバイ蓄してくれんと、統括店長として、おちおち風○にも行ってられん。

 ニートから救ってやったのは誰だ?! 俺だ!! 分かってるな?!

 恩を盾に釘を刺しに来たのはわかるけど。

「ちの字、あの字、きの字、敬称略は、うちの長男に何の用なの?」

「はい。あたしたち三人とも帰宅部なんですけど、共通の趣味が、街で見かけたきれいなお姉さんを尾行し、家や学校を特定して、こっそり写真を撮ったりして、三人で盛り上がることなんです」とちの字。

「まあ、その年頃にはありがちなことよね」

 いやお袋、それ犯罪だろ?!

「はい、世界中の女子中学生が、マイブームにしてることなんですけど、時々困った、うちらの空気読めない『害』が現れて」とあの字。

「せっかくうちらが千明さまと、好きな二次元百合キャラと、ああだこうだマッチングして、いい夢見てエンジョイしているのに、自分勝手な欲望のおもむくまま、うちらの千明さまを、三次元で汚す『害』が現れて」ときの字。

「その『害』がうちの勢夏なのね」とマイ母。

「あー、英語の『GUY』と日本語の『害』を掛けてるのね? やるー!」と、さっさとモールへ行けなすーさん。

「そうよね、高校中退、元ニートに、現役芸大生は高望みしすぎよね」

 『ち』『あ』『き』のメンヘラ別動隊の顔色が変わった。

「彼女いない歴年齢、現フリーターのほかに」とちの字。

「そんな前人未踏の、輝かしい汚点三冠王のくせに」とあの字。

「よくも恥ずかしげもなく、あたしたちの千明さまに」と絶句してきの字。

 で、メンヘラ別動隊、三人仲良く声を揃え、

「どんだけー!」

 カーン!

 家にマイ鐘があるなんてうちくらいよね。

 数日前、お袋がどこからか入手してきた、のど自慢の鐘。

 このためか!

「フフフフ……フハハハハ…ハァーッハッハッハッハ!」

 お前は、どんだけー!

 笑いの沸点が低いんだよ!

「いやー、あかの他人のよその子の家で、昼間から飲むタダ酒、うまいねー!」

 オッサン、何しに来たんだよ!

「なんか僕ばっかりが、佐田さんに迷惑かけてるみたいだけど、佐田さんちの大家の息子の権田源太、あいつのがよっぽど君らの敵だぞ。よく調べてみ」

 向こうが悪くても、自分が逮捕されかねない、中学生女子という魔存在に、僕が精一杯言い返すと。

「あー、あのコンビニのデブ店員すか」とちの字。

「いわれなくてもガッテン承知のスケベ野郎なんですが」とあの字。

「うちら長いものには巻かれる主義なんで、パイ先みたいな、勝てそうな相手としか勝負しないんすよ」

 て、なんですーさんが代弁する!

「兄貴、分かってるじゃないですか!」とちの字。

「うちらの顧問になってください!」とあの字。

「兄貴、どこかにうちらのケツ持ちしてくれる、百合系の、腕力暴力破壊力担当知りませんかね?!」

 いや、悪い予感しかしないんだが..


     ◐


「じゃ、あとはよろしく」

 今からでも、行ってタイムカード押せば時給がつく、それがバイトの醍醐味だ。

 事件は自宅待機中に起きるんじゃない、バイト先で起きてるんだ。

 確かに。うちにいてもなんも起こらん。

 それに、君が店行ってくれたら、僕は直帰出来るから。

 これ以上、安定した立場の正社員の、のんきな暗黒爆笑を聞いていると、フリーターしているのがアホらしくなり、恩人に殴りかかるかもしれず。

 僕は桃山さんのチャリを返しがてら、すーさんと、

「勢夏王、拙者、実は自転車乗れないでござる」

 2チャリで行こうとしたら、まさかのさわやか告白。

 自分は急いで行っても時給がつくわけでもないので。

 チャリ引いて後から行く。

 まあ、24時間年中無休、劣等感のコンビニと、自他共に認める、闇レジェンドの僕だ。

 人のコンプレックスをとやかくいうまい。

 行くと決まれば、一分でも早くタイムカード押したい、佐田さんにもばったりあってお慕い!

 なんちゃって、しているうちにモール着。

 駆け足で店行くと、チェックのシャツにリュック背負った太めが、桃山さんに歩みより、

「あれ、勢夏くんは」

「今日は仮病でズル休み。またニートに戻るんじゃないかって、みんなで心配してるのよ」

 て、母娘揃って、俺の個人情報を..

 しかも面倒くさいデーブ田中に。

「勢夏くんて、見た目は、埼玉でいきってんじゃねーよ! 闇討ちしたくなるような、すかした芸大生風だけど、元ニートなんですか!?」

 声がでかい、声が!

「よし、僕に任せてください!」

 何を?!

「え、どうするの?」

「僕、最近、脱法JKリフレにはまっていて。勢夏くんも自称女子高生の尻まくら、健康マッサージで癒されたら、こういうとこに来るにも、銭がなきゃダメなんだ! 僕が働く気を起こさせてみせますよ。ほら、ちょうど割引券も二枚あるし」

「やあねえ、勢夏くんそういうとこ行くの? へえ、あなたたちも男なんだ」

 何が二次元は裏切らないだよ、お前、裏ではそんなとこに通っていたのかよ?!

 なんだこの、『差をつけられた』的な、謎の敗北感は..

『それに、ああいう『男のオアシス』って、汚いオッサンばかりじゃないですか。あの中に混じれば、勢夏くんもイケメンアイドル扱い。嬢の方からの店外デートのお誘い、運が良ければ、掟やぶりの出禁プレイも可能ですよ』

 俺はそんなとこ、いかねー、と思う、たぶん。

 僕がタイムカードも押せず、棚陰に隠れ、僕のキャラを無断二次創作している田中くんに憤っていると、

「最低..」

 ホントだよ、声の方に振り返ると、

「佐田さん!!」

 ラッピング袋を持った佐田さんが、半泣きでうつむいていた。

「あたし、勢夏さんの精一杯の告白の時、つい持病の『爆笑癖』の発作が出てしまって。うちに帰って、女子としては仕方ないけど、人として最低だなって反省して」

 桃山姉妹がいない時は、うちらメンヘラ別動隊が見届ける!

 佐田さんの背後には三人がいて、スマホで撮影しながらもらい泣きしてるし。

「そういうとこ行かれるなら、あたしなんか不要ですよね。徹夜なんかして、あたしとんだピエロですね」

 佐田さんはラッピング袋を叩きつけると、

「こんなもの! こんなもの!」

 足で踏みつけ、粉々に砕けたクッキーの残骸を残し、

「さようなら!」

「誤解です!」

 僕の叫びもむなしく、佐田さんは泣きながら走り去ってしまった..

「勢夏王、これが本格的な軟者の呪いでござるよ」

 すーさんの声が胸に痛かった..








 

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