軟者王と藁の妃珍騒動

竹苦楽

第1話 山から来た猫系メンズ

 誰かが代わりにやってくれたら、どんなに楽で素敵だろう。

 そう心から願い、祈ることが、人生には、世の中には、どれほど多く存在することだろう。

 他力本願。

 なんて魅惑的で、美しい言葉だろう。

 この物語は、他力本願王の星の元に生まれた、ごく平凡な、口に出していうことではないけれど。

 ぶっちゃけ大半がそうである。

 決して恥ずかしいことではない、恋人いない歴年齢男子。

 彼の、七転八倒の他力本願による、ドタバタ成功恋物語サクセスラブストーリーである。


 男が異世界同様、異性に憧れるのは、至極、健全なことだと思う。

 だから僕が今、後をつけてる、いや。

 たまたま後ろを歩いている!

 たぶんタメの女子。

 インディアンアクセサリーの、ドリームキャッチャーピアスに、赤のトンボサングラス。

 穏やかな茶髪を三編みにして垂らした、60,sヒッピーファッションにサンダル。

 僕が働く、といってもバイトだけど。

 でも、ニートよりはまし。

 昔のスーパーフライかよ。

 バイト先がある、我が地元、埼玉の巨大ショッピングモール付属の、中学生ヤンキーが、通りすぎる彼女を、うんこ座りで見上げながら評したけど。

 ノンノンノン!

「ジャニスのファンなんですか?」

「え、分かります?」

「パールですよね。ひょっとして映画から?」

「はい、『ローズ』です!」

 どんな趣味でもそうだけど。

 その道に通じている者同士の、はいはいはいな、いきなり弾む会話もあると思う。

 チャップリンを意訳すれば。

 青春に必要なのは、妄想力と小銭、それにほんの少しの勇気。

 ところが、その最後の勇気ってやつが、心の便秘みてえに、ぶひー、ぶほほほーと出てこないんだな..

 あー、誰かが代わりに、あの子と仲良くなれる、手助けしてくれないかな。

 今すぐに! この場で!

「そろそろ勤続二年だけど、時給上がった?」

「うん、先月から20円アップした」

「マジすか。月200時間で4000円アップかよ。中古の円盤買えるじゃん」

 フードコートで、名前も知らない彼女の背中を遠くに見ながら、たまにここで一緒になる、

「勢夏くんさ、俺が時々死にたいって思うのは、労働も食う寝るも必要ない、何でも自分の思い通りになる、2次元、異世界に転生したい。そういう秘めた願望の現れらしいんだな」

 タメで同じフリーター、このモールで常駐警備員をしている、アニオ、いや、二次元愛好家男子の。

 デーブ田中こと、田中くん(名前聞いたことない)と、ラーメンだのカレーライスだのを流し込む、2.5次元な日々。

 僕は流山勢夏。

 お父さんの、不吉な名字通り流産せず、勢いよく夏に生まれた君を、お母さんの初恋の人がアイルトン·セナなのを鑑み、りゅうざんせなと命名した、どや。

 そんな僕も8月で20歳になる。

 子供の事情があって高校中退後、絵にかいたようなニート暮らしを二年近く。

 一念発起して、ここの百均のバイト募集を見て応募。

 最近は滅多に来ない、鑓水やりみず統括店長に拾われてからもう二年。

 他のパートさんたちは、みんな子育て中の主婦だから、シフト穴埋め要員兼副店長として。

 まあ、都合よく使われているわけだ。

 バイトとはいえ、二年勤めあげ、不定期休でほぼ週6入って、先月の給料は初の20万越え。

 そろそろワイも、ガールフレンドの一人くらい出来てもよくないか。

 ちらっちらっすると。

 いないんだな、いつの間にか。

「昨日読んだラノベでさ、半分寝た状態でやる、VRゲームの話があって、その世界ではね」

 俺は現実でやりたいんだ!

 何を?!


            ◐


 彼女がバイトしている店は、すでに特定、いや、知っている。

 なら、客を装って、

「母の日のプレゼントなんですけど、おすすめありますか」

「お母さんおいくつですか?」

「45歳です」

 これならギリセーフか?

「妹の誕生日なんですけど、おすすめありますか?」

「妹さんおいくつですか?」

「7歳です」

 そこから、それジャニスですかの、サブカル好き同士の弾む会話が、翌日からの、フードコートランチデートにつながる。

 はずなんだけど。

「ここ正面もエグいけど、奥はもっとヤバい、こんなのどうやって履くんだよばっか」

 夜勤中に、警報の誤作動で、店に入ったことのある田中くんは、僕が今、遠目に見ている、名も知らぬ彼女が勤める店を、怯えた顔で評したものだ。

 当然、敵陣を視察しよう。

 僕もホムベで店内の様子を確認したけど。

 野郎一人では到底、侵入不可、難攻不落の店構え、セクシー系ランジェリーショップ「Make L」。

 なんの因果か、そこが彼女のバイト先なの、ダー!

 母ガー、小一の妹ガー、100%ムリ。ならば、

「彼女へのプレゼントなんですガー」

 はい詰んだ、終了!

「誤解しないでください! 彼女って貴方のことです! 僕の中では、すでにそういう設定になっているんです! だから、ここの商品でいちばんえげつないのを、君にプレゼントさせてください! もひとつおまけに着用して、自称恋人の僕に見せてください!」

「アウーッ!」

 もしここまで暴走できる奴がいたら、その行動力はある意味尊敬に値するけど。

 僕はもっとこう、男女の心がふれあった時にだけ起こる、ロマンチックで、ピュアな気持ちを、ゆっくりその次に育てて行く、そんな関係が望みなんだ。

 二十歳にもなって? キンモー!

 やかましいわ! ほっとけ!

 いいじゃないか、ワイがどういう夢を持って、妄想しようがよ!

 お隣のアクセサリーショップなら、客を装ってナンパ、じゃない、母ガー、妹ガーで、無理なく接触。

 からの、フードコートでよく見かけますけど、なんだここで働いてたんですね! 

 前々から気になってたんですけど、それジャニス..

 よく見かけるって当たり前だろ!

 フードコートで一目惚れして以来、シフトは変わってもいいが、休憩時間だけは絶対譲らん!

 Make Lはワンオペ店だから、13:30から14:30まで、いったん店を閉める。

 その時間、僕も必ずフードコートに常駐する。

 裏で使い勝手のいい、ミスターシフトマンと呼ばれ、BBAどもにいいようにこきつかわれているのは。

 家にいるよりこのモールで、名も知らぬあの子とお近づきなる、千載一遇のチャンスを待ちたい。

 この二ヶ月、刑事の執念の張り込み同様、同じ時間にフードコートに常駐しているんだから!

 ダー埼玉のモールで、同じサブカル好きで趣味が合う、自分と『同じフリーター』←ここ超重要!

 でもって、同い年くらいの、めっちゃ可愛い女子と偶然..

 これ宝くじ一等当選並みの奇跡だろ。

 ぐきががが..

 うめき声しか出てこねえじゃねえくああああ!

 だ、誰だよ、蛍の光流してるの!

 終わりかって? 

 ちょ、待てよ。

 俺『たち』は、まだ始まってもいないぜ、フッ..

「副店長、閉店してもいいですか?」

 え、館内放送? もうそんな時間すか..


           ◐


  店にいる時は、ひょっとしたら? 

 ここでワンチャン勢夏! いっちまえよ、やっちまえよ!

 いくらエロい店だって、ボールペンとか、ガムテとか、備品が切れたりするだろ?

 エロパンツ屋はワンオペだから、レジの鍵だけしめて、もう大急ぎでさ。

 すいません、ほにゃららって、どこにあります?!

 それでしたら..

 ムダに店内の商品配列、すべて暗記している俺だ。

 こちらでございまー(キリリリッ。

 からの、それ、以下略。

 ああ..

 名前も知らない、声も聞いたことのない人が、こうも気になるなんて。

 なんつーのか、見た目は、派手な服装なんだけど、それ抜きのお顔。

 超然とした。

 とでもいうのか、お妃さまのような、高貴な雰囲気が、獅子座の俺を駆り立てるんだろうか。

 この思い、この行動、これは恋なんだろうか?

 誰か教えて!

 今すぐ! この場で!


            ◐


 玄関ドアを開けると、

「お兄ちゃんお帰り! お母さん、お兄ちゃん帰ってきたよ!」

 リアル変態にさらわれやしないか心配な、流山家のアイドル、美貌の妹の、将来、キラキラネームでいじめられないよう。

 長男はめっちゃいじめられたけどな!

 フツーにつけられた深雪@小一が待っていて、アニメ声を張り上げた。

「勢夏! 先にお風呂入っちまって..くれめんし!」

 母の声の最後の部分に、深雪は律儀に背中から、お約束こけをして見せる。

 二階一間、一階に二間と居間、築35年の中古和住宅の台所から、母で、関西出身の幸子が出てきて、

「深雪!」

 けわしい顔で僕を指さし、

「お兄ちゃん、今の『くれめんし!』のとこで、ちゃんと背中からお約束こけした?」

「スルーしてたよ!」

「勢夏!」

 知らんがな..

 父、雄一は、美男美女のDNAを持つ一族出身。

 そんな一族、ホントにおるんかい、いや、それがおるんですよ!

 若き母の、類い稀なる美貌に一目惚れし、押しに押しまくって結婚、一説には出来婚したそうだけど。

 いざ結婚してみると。

 あたし、本当は芸人になりたかったけど、実家の『特殊な家柄』がそれを許さなかったの。

 結婚を機に芸人になる夢は、完全にあきらめた。

 その代わりに。

 我が家を演芸場みたいにしたいの。

 ボケ、ツッコミ、ギャグにあふれた、お笑いの天才家族揃いの、爆笑の絶えない家庭を築いて、くれめんし! ズコーッ!

 惚れた弱味で条件を飲んだものの。

「勢夏、君も二十歳、バトンタッチだ。後は任せた」

 二十年耐えた父は、謎の言葉を残し、去年から誰も行きたがらなかった地方支社に、自ら志願、単身赴任している。

「この煮魚、ちゅーちゅーしたる! ....うまかったん」

 母のボケに、深雪は無表情で立ち上がると、床に背中からお約束こけして見せると、また何事もなかったように、家族の夕食の席につく。

「昔は勢夏の役割だったのにね。小さい頃は素直で、お母さんのボケに、全力でツッコミ入れてくれたのに。時の流れって残酷ね、あー、お母さんは超悲しー!」

 あーうぜえ。

 ワイはもうすぐ二十歳でっせ!

 ガキ扱いやめてくれめんし。

 最近、母はことあるごとに、子育ての虚しさを語る。

 でも、語る方向性みたいのが、激しくずれてると思うのだけど。

「お兄ちゃん彼女出来た?!」

「深雪、失礼でしょ!」

「だって、お母さんが聞けって」

 へんなとこだけ、年頃の息子を持つ、人並みな母親面をする幸子と、そんな母にべったりの妹深雪。

「ご馳走さま!」

 もうすぐ20歳、特殊実家住まい、高校中退フリーター、彼女いない歴..

 俺、流山勢夏、すべてがビミョーだ..


            ◐


 風呂入って、メシ食って、後はネット、レンタルの映画見て。

 はいはい、友だちゼロです、両親、妹、俺自身、さーせんソーリー、ごめんちゃい!

 だからこそ名も知らぬ、同じサブカル趣味の、エロパンツ屋の娘と。

 せめてお友だちになりたいのだよ!

 何々、世界的に活躍するアニメクリエイター、ひらたりゅう凱旋、母校で特集上映会だと..

 これはサブカル好きには見逃せん!

 地元には母が長年事務員をしてる芸大があって、ひらたさんはそこの出身で、来週の日曜に、大学の講堂で、本人講演つきの上映会があると。

 厨二のころ、この芸大OBの叔父さんに連れられ文化祭に行って。

 将来はここの映画学科に進学し、えいがかんとくを目指す!

 はずが、どうして今、ああ..

 やめやめ!

 過ぎた過ちは忘れよう!

 この日はちょうどオフだし、駆り出されても大学近所だし、午後抜けすればいけるっしょ。

 入場無料! 先着順! ポチー!

 はあ。

 こういうイベ、行けば行ったで、いつも思う。

 付き合っているわけでもないらしいのに、男女混合で来ているシャレオツな連中。

 あれなんなんだ? 

 どういうお知り合いなんすか?

 お互い敬語で、男も女も、ぜんぜんガツガツしてなくて。

 ああいう、眼鏡掛けて、超然とした天然文系男子も、家帰ったら違法サイトで、アへ顔で抜..

 あれ? 猫! ベランダに黒猫がいる!

 部屋二階なのに!

 この際、君でもいい、かもーん!

 わー、寄ってきた。

 膝ぴょーん!

 いたたた!

 爪! 爪! 爪!

 まあいいさ、現実も猫も、リアルは思い通りにいかない、痛いことだらけの悲しいもんさ。

 なあ猫くん、聞いてくれるかい。

 僕は一人語りする。

「僕には今、好き、うーん。

 気になる女の子がいるんだ。

 同じモールで働く、僕と同じフリーター。

 見た目からして、僕と同じサブカル好き。

 趣味が一緒って最高だよな。

 好きな映画、音楽、読んでる本。

 絶対、話しが合うと思う。

 ただ、口を聞くきっかけがないんだ。

 へい、名前は? どこ住み? ぶっちゃけカレシいるの?

 必要なのは、僕のほんの少しの勇気..

 ではなく。

 俺に代わる、田中の無謀な特攻なんだ。

 デーブ、もしくは、謎のワイの味方が、突如、現れてだね!

 俺のための捨て石になり、あの子に特攻、通せんぼをし、上記のセクハラ質問を乱暴にして。

 いわいる、『強引な取り調べで』、上記セクハラ質問の答えを、自白させる。

 そこにワイが、さも正義の味方、スーパーヒーロー登場みたいに、クールに割って入り、おいおい田中くーん、もしくはまだ見ぬ変態くーん、なしてんねーん!

 とか取りなして、場を治め、からの。

 それジャニスですよね?

 これだよ..

 要するに、今の気弱でへたれな僕に必要なのは!

 この運命の人と、仲良しになるための、他力本願な誰かの、ダイナマイトお節介&スーパー手助けなんだよ!

 ああ、青春て疲れるし、むなしいなあ。

 明日もバイトだ、もう寝よう」


            ◐


 ん? なんだいい匂いする。

 あれ、猫と一緒に寝たはずなのに。

 僕とベッドで一緒に寝てる..

 男がいる!!

「おはよー、今日からよろしくね!」

 て、こ、こいつ誰?!


            ◐


「お袋、僕の部屋に知らない男がいるんですけど!」

「あら、お母さんは知ってるわよ」

「なんなのあの人? 聞いてないよー!」

 突然の添い寝男出現に、僕は逃げるように一階に駆け下り、母に詰め寄った。

「勢夏!」

 深雪と朝飯を食っていた母は、僕の抗議に、憤懣やる方ない表情になり、

「お母さんそのギャグ嫌いだって、なんべんいえば分かるの!」

 すかさず妹の深雪が、

「お兄ちゃんはい、見えない帽子!」

 これが流山家に生まれた宿命なのか、お兄さん、身体は正直だね!

 生まれた時からしつけられた悲しい性。

 僕は本能的に見えない帽子を受け取り、床に叩きつける、流れるような無駄な動作ボケをしてから、

「二人ともそういう問題じゃないから!」

 むなしくツッコミつつ、

「あの人いったいどこの誰なの? なんでうちの、それも僕のベッドで一緒に寝てるの?!」

 母と娘は息の合った、お手上げの、首をすくめる外人ポーズをすると、

「欧米か!」

 お互いにツッコミあうと、また何事もなかったように食事に戻った。

 そこへ、

「ちょっと待ってください! 今日からここで一緒に暮らす、記念すべき初日に、こういうのって超失礼じゃないですか!」

 謎の添い寝男は、いつのまにか僕のとなりにいて、母と妹に声を荒げていった。

「なんで僕の今日の運勢、乙女座最下位なんですか!」

 お前もWで知らんがな!

 へい、勝手にチャンネル変えて、他局の占いチェックする前に、その方が何者か教えてくれめんし!

「正一叔父さんが、遠い親戚が、誰かの修業のために、山から降りて来るから、しばらく面倒みてくれって」

 山から降りて来たって、超細身で、美容院で超時間掛けたような、ナウい前髪垂らしヘヤーで、V系みたいなシャレオツ服着て、めっちゃイケメンだけど、どうみてもおネエ..

「しょうがないわね、名乗るほどの者では..大有りなんだけどネ。はっはっは! 田舎から来た猫系メンズ、成労助左衛門なろうすさえもん、30歳でござ~る。なろうのすーさん、はーとって呼んでね!」

「30にもなって、すーさんはーと、アホちゃいまんねんパーでんねん!」

 妹が棒読みでツッコむと、

「おいそこのガキ! 出しっぱなしの洗濯物と一緒に、たたんでしまって鍵かけるぞ!」

「げ、芸人さんなんですか?」

 僕は関わりたくないけど、聞かざるえない。

「失礼ね! 芸人なんかよりはるかに格上よ! なろうのすーさんたあ、ちったあ知られた....無職の遊び人でーす! ま、サトシみたいなもんよ」

 どこのサトシだよ..

「正一叔父さんから、この家のニート枠が空いてるって聞いて、それで来たんだって」

 断れよ! てかお袋、そんな枠があるなら、もう一度俺にチャ..じゃない!

「お兄ちゃん、もう行かないとブラックバイト遅刻だよ!」

「はーい、じゃあこのうちで唯一、非正規で働くお先真っ暗の勢夏くんに、ファィトー!」

 三人は拳を突き上げ叫んだ、

「有馬温泉!」

 いつネタ合わせした!


            ◐


 突然、僕の身の上に何が起きたのか?

 なろうのすーさん。

 一体、何者? 何用?

 母の弟、正一叔父さんに問い合わせてみたけど、着信拒否され、

(時が来た(^_^;) ただそれだけのことだ(*‘ω‘ *) 勢夏よ、運命には逆らえないのだ\(^-^)/)

 痛い中年独身男にまん延する絵文字メール症候群。

 正一叔父さんも、とうとうアラフォーか。

「勢夏くん、時間よ」

 ここで一番キャリアが長い、家もお隣の桃山さんが、休憩時間だと教えてくれた。

 ここのおばさま方は、シフト変更要求は容赦ないが、家のような、ムダなボケツッコミがないだけ楽だ。

 て、それがフツーなんだけどな!

 フードコートへは遠回りだけど、僕はいつも『Make L』の前を通って、

 オーマイガッ、ちょうど彼女が出て来た!

 僕が何事もなかったように後をつける。

 その時だった。

「へい、そこのエロパンツ屋の娘、ちょ、待てよ!」

 昭和なレイバンサングラスに、ボンタン学生服のDQNコスプレが、肩のせ金属バットの仁王立ちで、僕の天使を呼び止めると、

「あなたのお名前なんてーの!」

 ワイの他力本願、突然の謎味方登場、からの、流れるような強引な取り調べキターで、有無をいわさず、足あげ腕振りで、歌うようにいうと、

「..さ、佐田千明と、も、もーします」

 つられて、意外と大人びた声で、同じように歌うようにいった!

 さだちあきさん..

 なんていい名前なんだ!

「あなたのお住まいどこらへん!」

 右拳を振りながら、ノリノリで激しく体を揺すり、完全に歌って聞くと、

「ここからチャリで五分へん」

 ならワイんちと近いんか?!

 意外とノリがいいのか、佐田さんも同じように拳を振って、歌うようにいった。

「お年はおいくつなんですの?」

「今年で19になりますの」

 理想の一個下!!

「ぶっちゃけカレシはおりますの?」

 ボンタン学生服のDQNが、佐渡おけさを踊りながら詰め寄ると、佐田さんは即座に首を横に振った!

 ヨッシャー!!

 ボンタン学生服DQNは急に踊りをやめ、

「以上。もう用はすんだけん、去ね! 田植えちゃうぞ、ね!」

 佐田さんはいい人なのか、ボンタン学生服の男に一礼し、背を向けて歩きだした。

「おう、警備呼ぶなら田中のせいやいえ! そいつが機転の利かん、空気読めんアホやから、こうしてワシがムダな汗を」

「よしなさい!」

 僕は思い切りすーさんにツッコんだ。

 聞いてないよー!

 いきなりの他力本願成就に、僕は泡食ってしまい、ジャニスがどうのどころじゃなかった。

            ◐

「あの娘、中々いいケツしてるわね」

「な、なんでここにいるんですか?」

「あたしの趣味いってなかった?」

 こういう時に限ってデーブ田中は現れず、僕は多目的トイレで着替え、元に戻ったすーさんと一緒に、佐田さんとすれ違いに、遅れてフードコートに行くはめになった。

「趣味? いえ聞いてないよー!」

 ボケると、すーさんは爆笑の絶えない家庭出ではないのか、無視してラーメンをすする。

 無職の遊び人なんで、持ち合わせがない。

 フードコートで一番高いチャーシュー麺をおごらされたけど、それだけの『仕事』はしてくれたからまあいい。

「まあ、趣味っていうか、子供の頃からしつけられたお家芸というか、平和ボケ無防備の君を、家から尾行してきたのよ」

「僕をつけてたんですか? ひどいなー!」

 軽く怒った顔でいい、あたりを伺い小声で、

「で、それって、一回おいくら万円で頼めるんですか?」

 ついでに、『偶然』がWで捗る、佐田さんのおうち特定をお願いしたい、さわやかに頼むと。

「えー、それって?」

「いえその、僕は佐田さんと仲良くなり、今年の僕の誕生日に、二人で南武園花火大会行って、手の指が触れたか触れないかで、超ドキドキしたいという夢がありまして、どうせ家で無駄飯食ってるなら、ぜひ、そのアシストを..」

「なんだそんなことか! 水くさいわね、あなたとは一生の仲なのよ!なんのためにこうして二人でいると思っているの? 支えあって人と書くでしょ! ねえバディ、いい若いもんが尾行なんて、変質者まがいなことしてないで、二人で力をあわせて」

「ち、力をあわせて?」

「あの子を二つにたたんで、家にお持ち帰りして、部屋の押し入れにしまい、鍵かけちゃえばいいじゃない!」

 それ、変質者超えの犯罪者ですから!

 いや、その前にちょ、待てよ?

 すーさん、なんで田中くんに特攻してほしいという、僕の軟弱、いや、切ない青春の思いを知っていたんだ?

 すーさんは嘆息して僕を見ると、

「僕には今、好き、うーん。

 気になる女の子がいるんだ。

 同じモールで働く、同じフリーター。

 趣味が一緒って最高だよな。

 好きな映画、音楽、読んでる本。

 絶対、話しが合うと思う。

 ただ、口を聞くきっかけがないんだ。

 へい、名前は? どこ住み? ぶっちゃけカレシいる 

 の?

 必要なのは、ほんの少しの勇気..

 ではなく田中の特攻、もしくは..なんだっけ?

 の、強引な取り調べなんだなあ」

 ポエマーのように朗読すると、

「マジ声出しての一人語り..キモすぎ! ワッハハハ」

 すーさんは椅子から転げ落ち、腹を抱えて大爆笑した。

 そこで、僕はようやくこの男の正体に気づいた。

 これは俗にいう『神展開』というやつなんだ。

 こいつは人に変身出来る化け猫で、漫画の鉄製同様、これから人類のルールをガン無視した、僕にだけ超都合のいい無双チート行為で、僕の他力本願な希望を、ぜ~んぶ叶えてくれる猫系奴隷なんだ!

 やったぜ!

 すーさんは立ち上がると、

「ミ、アモーレよ、なぜ僕が君の秘めたる願望を知っていたか。それは黒猫にへん! しーん!」

 いや、埼玉のモールのフードコートで、化け猫に戻っちゃまずいっしよ!

「したりせず」

 え?

「君がバイトしてる隙に部屋に忍び込み、盗聴機をしかけて、成人男子とは思えない他力本願な希望を聞いて、それから君の部屋に戻ったからよ。猫には帰ってもらっただけ」


                ◐


 それ以来、なろうのすーさんは、ずっとうちにいる。

 僕の他力本願な妄想を、一回だけ現実化してくれた男。

 もうワンチャンあるはず、メイクミラクルしてくれるはず。

 僕の期待もむなしく、あれ以来、なろうのすーさんは、モールに姿を見せることもなく、僕の部屋でネットしたり、一階で母や妹とテレビを見たり、深雪とクッキーを焼いて、僕の帰宅前に三人で完食したり。

 昔の僕のようなニート暮らし、てへ! を満喫している。

 そのせいで、佐田さんとはあれ以来、何の進展もない。

 ただ、たまにすれ違った時、明らかに僕を意識している。

 そんな目を向けてくれるようになった。

 もう一押し。

 こんな(すーさん)がやってくれると助かるんじゃがのう。

 ちらっちらっ。

「ねえ、すーさんて、便利な道具とか持ってないの?」

「あるよ」

「くれ!!」

 すーさんは粉薬のようなものを出し、

「こいつを飲み物に混ぜちゃり。コローっと逝きよるけん。あとは電気消してしたい放題じゃ」

 どこの修羅の国から来たのか、すーさんも使えるようで、いまいち使用法が謎だ。

「ね、ねえ、なんの修行してるの? この間みたいに、佐田さんと話すチャンス作って、今度はうまいこと僕も混ぜてくれる技、もう一回出してよ。またチャーシュー麺、今度は半チャーハンセットつきでおごるからさ」

 すーさんは大きく伸びをすると、

「軟者はやらねど爪楊枝じゃ」

 意味不明なことをいうと、僕に背を向けごろりと寝てしまった。


            ◐


「おい、そこの外国かぶれの敵性国民、ちょ、待てよ!」

 一部の特殊趣味の人には、サブカル好きはそう呼ばれるらしい。

「おい勢夏、君の家で『801案件』が発生してるらしいが、キタコレだと思って間違いないか?」

 また出掛けに面倒くさいオタに遭遇したもんだ..

 お隣の桃山さんちの双子の姉妹、悦子か淑子のどっちか。

 見分けがつかないほどの顔クリソツで髪型も同じ、いつもお揃いの服装、性格のキツさも一緒、Jk二年生。

 モールでのあだ名は『凶悪な双子のハルヒ』。

 幼馴染みっていえばそうだけど、

「勢夏、おれたちで『一人行為』をしたら」

「チョー受けるんですけど」

「だが、マジキモいからボコる」

 痴漢の腕をツープラトン攻撃でへし折ったとか、露出狂のもろだし股間に、姉妹でW893キック決めて、『再起不能』にしたとか。

 噂ではなく、桃山母本人が、バックヤードで、武勇伝みたいに自慢してたから、本当なんだろう。

 そんな桃山姉妹も、

「ビー..なんだっけ? 姉妹で男だけの『特殊な世界』にはまっていて、その趣味にひたっている時だけは、二人とも乙女なのよね~」

 よく聞き取れなかったけど、男勝りな姉妹同士で、スポ根小説だか、ヤンキー漫画だかにはまっていて。

 『素人処女兄弟』という、すごいペンネームで、ネットのサイトにそういう系を投稿してるらしい。

 見た目は超美形で巨乳なんだけど、面倒くさいを超えた、叶ならぬ、理解不能姉妹なのだ。

「おい勢夏、最終確認だ。君は『逸般人』なのか?」

 ああ、超めんどくせえ、お子ちゃまダナ・キャランだな!

「そうだよ、俺は一般人だよ、悪かったな」

 吐き捨ててチャリにまたがると、悦子か淑子のどっちかは、見たこともないような乙女の目をし、羞じらいの表情で横を向き、うんうんとうなずいてたけど。

 俺、なんかやっちまったのかな?


               ◐


 日美芸大講堂は、OBの凱旋を祝う、現役芸大生たちでいっぱいだった。

 シャレオツな美系ファッションに髪型、眼鏡や靴まで合わせた、小粋な男女の華やかな活気で満ちあふれ。

 OBも大挙来てるらしく、あちこちで「久しぶり!」の声、ハグからの、にぎやかな歓談が起きていた。

 ちぇっ。

 僕は舌打ちした。

 ぼっちには慣れてるし、いつものことだ。

 けど.. 

 佐田さんと来たかった!

 でも、すーさんも田中くんも、僕に他力本願してくれなかった。

 みんな冷たいよな。

 ラノベとかだと、ここで都合よく、偶然佐田さんが...

 え、現れとる?!

 通路を駆けてくる、見覚えある人、あれ現実の佐田さんですよね!

 それジャニスですよね!

 パールのジャケ意識してますよね!

 映画の『ローズ』からですか!

 こんな奇跡の他力本願、これはもはや運命かもしれない!

 通路寄りに陣取った僕の前から、いつもの、いや、僕仕様の正装の佐田さんが、初めて見る素の笑顔で、手を振りながら僕に向かって来る!

 奇跡キター!

 隣の席は、来るはずもない。

 でもひょっとしたらの君のために、リュック置いて、不法占拠済み。

 やっぱ以心伝心、奇跡ってあるんだな!

 さあ、どうぞ!

 僕は立ち上がってリュックをどける。

 と、

「すまんの」

 さっと座る、その声。

「す、すーさん!」

「後ろ見てみ、かなしいけど、これが現実じゃ」

 振り向く。

 心臓が一瞬で凍りついた。

 運命でも奇跡でもなかった。

 いつもの僕の定番、ふたを開けたら悲劇、惨劇だった。

 さっきから、シャレオツ感、勝ち組感、リア充感出しまくりの、現役芸大生男女のサークル集団。

 その中に 僕の横を無言で通りすぎ、駆け寄った佐田さんが、満面の笑みで、飛び込むように加わった。

 僕立場から見上げたら、同世代だけど、別世界人類たち。 

 奴らの、和気あいあいの会話の中に、佐田さんは違和感なく混じって、それは楽しそうだった。

「佐田千明、日美芸大映画学科一年、サークルは、あいつらのサブカル研究会所属」

 すーさんは棒読みでいった。

「調べはついていたけど、いえなかったでござるよ」

 一目瞭然。

 一瞬で現実が僕の胸をえぐった。

 憧れの人は、自分と同じ高校中退のフリーターなどではなく、彼女のバイト先同様、僕には縁もゆかりもない、天空の城に咲く高嶺の花、現役芸大生だったんだ..

「この機会に、僕が来た理由をお明しいたします。十四代目軟者神他力本願王、大団円勢夏さま」

 大団円は、僕の母の旧姓だ。

「成労助左衛門、これから貴方の指導、教育係として、あなた様を十四代目軟者神他力本願王に相応しい男にして奉りまーす!」

 失恋したんじゃない。

 始まる前から終わってたことに、ようやく気づいた夜、僕は自分には特別な使命、運命があることを知った..

 高校中退、元ニート、もうすぐ二十歳のフリーター。

 彼女いない歴年齢、現在超格差あり片思い中。

 この絶望的とも思える逆境を、軟者の王として、努力、精進ではなく。

 他力本願で乗り越えていく運命があることを..



 


 

 

 



 

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