第22話 海の合宿その3

「うぅおぉぉっひょ~う!!これが噂に名高いプライベートビーチね!すっごぉい!本当に誰もいないわね!!」

 初めてのプライベートビーチに興奮し、奇声をあげる杏先生。

「本当に凄い開放感ね。わざわざ来たかいがあったわ…。ん~涼しい~~!」

 砂浜を歩きながら海風に当たり、気持ち良さそうに伸びをしている恵美梨。

「あなた達、海に入る前はしっかりと準備運動をするのよ?」

「お嬢さま、おかわりはいかがですか?」

 俺が立てたパラソルの下、ビーチチェアにもたれ掛かり優雅にジュースを飲む花蓮先輩とジュースのおかわりを勧めるリオン先輩。

「お兄ちゃん!瑠樺にも泳ぎ教えて?」

「お、おう……」

「待って下さい!私も行きます!」

 瑠樺に手を引っ張られ海に入ろうとする俺と有紗。

 みんなそれぞれが海を目の前にしてはしゃいでいる。

 しかし俺は平然と楽しめる気力はない。

 あれから、少し涙目の恵美梨の横に立った花蓮先輩に散々説教され、俺は精神的に疲れている。

「全く……お前のせいで酷い目にあったぞ…」

「本当に申し訳ありません……気を付けます……」

「……そうしてくれ…」

 すっかり弱気になってしまった俺。

「お兄ちゃん!早く瑠樺に泳ぎ教えてよ!」

「あ、あぁ…」

 瑠樺に急かされ泳ぎを教えようとしたその時ーー

「ちょっと待ちなさい、月野。海に入る前に日焼け止め塗っておかないと。アンタ肌白くて綺麗なんだから、ちゃんと手入れしないと」

 恵美梨はポーチから日焼け止めクリームを取り出した。

 流石だな。無駄に女子力高いんだからこいつは。

「む……よし、貴殿の忠告、しかと受け止めた。お兄ちゃん、日焼け止め塗って?」

 上目遣いで頼まれる。

「やめておきなさい、こいつに塗らせたらどこを触られるか分かったものじゃないわ…。アタシが塗ってあげるから」

 恵美梨はそう言ってこちらを睨めつける。

 うぅ……ますます嫌われちまったなぁ。

「でも……」

「でもじゃない、ほらこっちに来なさい!」

 恵美梨は無理矢理パラソルの下に連れていき、瑠樺の水着の紐をほどいてビニールシートの上に寝かせる。

「ちべたっ!?」

 恵美梨が手に日焼け止めをつけて瑠樺の背中に触れると、瑠樺が悲鳴を開けだ。

「我慢しなさい!」

 言いながら、恵美梨は瑠樺の背中、腕、首筋、尻、脚と、丹念たんねんにくまなく日焼け止めを塗っていく。

「わ……なんかいやらしいですね、兄さん……」

 2人の様子を見ながら有紗が呟く。

「こら!アンタ何見てんのよ!普通、背中を向けるとか、目を瞑るとか配慮しなさいよね!!」

 き、厳しい……。参ったなぁ…。

「紅蓮君、わたしにも塗ってちょうだい」

「え!?俺でいいんですか?」

「えぇ、だってわたし別に気にしてないから」

 そう言う花蓮先輩から、日焼け止めを受け取ると恵美梨がしてたように塗っていく。

「ぁんっ!」

「ご、ごめんなさいっ!?」

「大丈夫よ。くすぐったかっただけだから。続けて?」

「……はい」

 それから、わざとらしい先輩の喘ぎ声らしきものに耐えながら黙々と日焼け止めを塗る俺だった。

「あれ?そういえばリオン先輩は?」

 俺が花蓮先輩に日焼け止めを塗るなんてあの人が許すはずもないのに。

「あぁ、彼なら今晩御飯の用意をしてもらってるわ」

「確かに、いくらあの格好でも流石に海入ったらバレちゃいますもんね」

「えぇ、そういうこと」

 もしあの人が女だってバレたら退学って事になってるらしい。他の部員達は言いふらすようなタイプでもなさそうだが、今日は先生がいるのでそういう理由にもいかない。

「お兄ちゃん!日焼け止め塗るの終わったから泳ぎ教えて!」

「ん?そういえばそうだったな。いいぞ」

「わ~い!!」

 瑠樺に手を引っ張られ海に入ろうとしたその時ーー

「待ちなさい、月野。産まれたての小鹿は母親に教えられる前に自力で立つようになるらしいわよ」

「それに、蜘蛛も教えられてないのに巣の貼り方を知っているらしいわ」

 恵美梨と花蓮先輩が、瑠樺の両脇を腕でガッチリと固める。

「な、何だ貴様ら。我の邪魔をするでない」

「そうっすよ、先輩達。それになんすか、それ」

 すると2人はニヤッとすると、

「「ーー要は習うより慣れよ」」

 と言って瑠樺の背中を思いっきり押した。

「お兄ちゃん、助けーー」

 瑠樺は助けを求めて俺の手を握ろうとするが、間に合わず海の中へ。

「ひぃやぁああああああっ!!!つ、冷たいぃ!!」

 悲鳴をあげ、倒れそうになるも何とか持ちこたえる瑠樺。

「な、何をするのだ!貴様ら!!もうちょっとで溺れ死ぬ所だったぞ!」

 いきなり背中を押した2人に向かって声を荒らげる瑠樺。

「あはははは!大丈夫だって!こんな沖の方で溺れるとかないから!」

「ふふっ!そうねもし溺れたとしても紅蓮君が助けてくれるわ。ね、飛鳥さん?」

「ぅぐっ!このアタシがこんなやつに助けられるなんて一生の不覚よ!」

 助けてやったのに酷いやつだな、お前。

「楽しそうね、あなた達。いいねいいね!これぞ青春!」

 1人ではしゃいでいた杏先生がいつの間にか戻って来ていた。

「お、お兄ちゃん~~っ!助けて~~!!」

「うふふ!月野さん、怖がる事はないわ。ただののナマコよ」

「いぃや~~ナマコ嫌~~!!ぬるぬるして気持ち悪い~!」

「ちょっ、ちょっと月野!!止めなさいって!アタシの水着がっ!」

「ほら月野さん、今度はワカメよ」

「ワカメも嫌っ!」

「ちょ、ちょっと水着がーー」

 花蓮先輩にナマコやワカメを近づけられ、必死に抵抗した瑠樺は遂に恵美梨の水着の紐をほどいてしまった。

「「「「「あ……」」」」」

 恵美梨の水着が落ちて、一斉に静かになる。

「ーーっ!いや~~~~!!!!」

 バチンっ!!!

 またもや恵美梨のビンタをくらった俺の顔は、砂浜へと打ち付けられた。

「…ぐはっ!」

 初日からこんな調子で、大丈夫かなこの合宿……。

 そんな事を思う午後であった。

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俺は妹しか愛せない。 剣竜 @turugiryuu

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