離れる理由~坂井雅樹ver.~

…しばらくして席に戻ると、人事の通知がデスクに届いていた。


"坂井雅樹殿

庶務課からサービス課へ異動を命ずる"


掲示板にも貼って合ったからなんとなくわかっていた。…でも、遥くんは大丈夫だろうか…。


うっかりあの時は怒ってしまったけど…、遥くんはまだ俺を思っていた事には驚いた。


『過去の自分』に嫉妬するような馬鹿なこと…フリでも少しは辛いな…。


元々する気はなかった。


…でも、「違うよ、バカッ!!」とか、いつもの遥くんの返事がなかったこと…


もとい、俺を見て「雅樹…」と言った、あの時の悲しげな顔が…昔の俺を思っている何よりもの証拠だった。


本当はあの場で抱きしめて「自分が雅樹なんだ」と伝えたかった。

…でも、それは叶わなかった。


だって、今告げたら遥くんを騙したことに…傷つける結果になる。


それに…遥くんは、今の俺「坂井雅樹」と過去の俺「中田雅樹」を重ねて…今の俺を見てなかった。


いつ気が付いたかって?

それは「付き合う」と告げられた時…いや、このオフィスで会った時からかな。


結局、遥くんとはもう顔を合わせることもないだろう…。


フッ、こんなの…自業自得だ…。


わかってるよ?両想いだったって…。だからッ…だから去るんだ。異動だってちょうど良かった…。





ちょうど良かったんだ…。





なのに…何でだ?

なんで涙なんか…ッ!!

俺は慌ててトイレに走った。


だって…遥くんに辛い顔…見せるわけいかないじゃん?


「…グスッ…、ズズッ…はぁ…。」


個室に入ったはいいけど…一人になったら、もっと涙が溢れてきた。




「はぁ…。…クソっ!」


俺は壁に拳を叩きつけた。…流石に丈夫な壁で…痛いのはこっちだった。





ねぇ、遥くん?

もう俺、遥くんより喧嘩強いよ?

勉強だって負けないッ


それに、俺の事嫌ってあんなことしたんじゃなかったの?せいせいしたんじゃなかったの?


なのにッ…

なんで前よりも弱々しくなってんだよ!

こんなに弱いなら…なんで強がんだよッ…。



…そばに誰かいないと、すぐ壊れるくせに。本当は心優しいって…俺は分かってるよ?



だからこそ、俺の事忘れなきゃダメじゃん!!…忘れて、守ってくれる人を早く探してよッ!!






そうしたら…俺も離れる事が…こんなに苦しくないのに…。

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