Episode.5【Betraying - Nove(R)ize】

 5-1st. ED 負荷脳犯罪

 ─ もしかして自分は天才とか思ってんのか?

 ― お前の小説なんて価値ねえんだよ。身の程をわきまえろ。

 ─ ほら、謝ってみろよ。すみませんでしたって言えよ。


 あの時、何が怖かったのか自分でも分からないが、俺の体はすくんでいた。一生忘れられない、自分の悲鳴を聞いたんだ。


 ─ 二度と表を歩けないようにしてやろうぜ。


 そして、復讐の臭いが俺の体に染みつき、悪意には更に大きな悪意を燃やすようになった。

 

    ■


 ミステリーとサスペンスの違いとは? 身近なジャンルながらそう質問されて、答えられる者は意外と少ないのではないだろうか。


 【ミステリー】謎解きの課程に主眼を置いて、最後に犯人や仕掛けのすべてが明かされるもの。クライマックスが近付くにつれて、見る者を「なるほど!」と納得させてくれる作品がそれに該当する。


 【サスペンス】謎や犯人が冒頭から明らかであり、それが徐々に紐解かれる様子。緊張感や不安感。そして「これからどうなるの?」というスリルを楽しませる作品がそれにあたる。


 ライジング・ノベライズ、エリア予選決勝トーナメント。トシは鉤比良かぎひらとの1st.EDを経て、その違いを痛感するとともに、二つの謎が立ち塞がる。


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1【MASATOSHI – NOGANE】

字数:13,106 整合率:94% (R)ize Novel release


2【TATSUHIKO –KAGIHIRA】

字数:18,533 整合率:97% (R)ize Novel release

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 アナライズは両者ともに問題なくクリアしたが、トシはモニターに映し出された鉤比良の文字数に、こめかみ辺りがチクリとする。これが一つ目の謎だ。


『1st.ED:ジャッジ・ライズ……先攻、野鐘 昇利』

『ライズ・ノベル【紅眼の蟷螂あかめ  かまきり】』


 通常、【1ED:20分:平均15000文字】と言われるノベライズにおいて、一つの入力デバイスでこの数字を叩きだすのは容易いことではない。


 辞書機能やコピペ機能で文字数を稼ぐのは駄目なはずだけど……。

 そんな疑念を持ちながらも、アナライズが反則として判定しないのであれば、単なる気のせいか……。


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【紅眼の蟷螂】 ジャンル:ミステリー


 かつて一世を風靡した漫画家、萩野 恵美が絞殺された。犯人であり、自首してきた元アシスタントの桂木 誠は淡々と語り始める。どうして自分の師を殺めてしまったのか。


 刑事であり、同作家のファンであった大隅 和人は、自分の思い出と作品を照らし合わせながら事件の顛末に耳を傾ける。才能と想いが交錯した故に起きた男女の悲劇とその真実に……。


【BM:ブックマーク 1ポイント】

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 トシの短編ミステリーは得点には至るも小さな反応を示すに留まる。

 STIが解除された鉤比良は肩を震わせていた。


「ふふふ……。君はどうやらミステリーが不得手なようですね。被害者の作家は実はスランプの末に自殺。その愛する人の名誉を守る為に殺人としたかった動機。アシスタントが実は女で、作家が男だったという意外性。悪くはなかったです」


 鉤比良は、裏の顔を隠して涼しい微笑と口調でトシを批評する。


「……しかし、いささか読者に与える情報量不足と恋愛描写を中心とした文学的な饒舌は、かの名推理作家が唱えた『V.Dの二十則』に抵触する。言うなれば中途半端です」


 長々と辛辣な言葉を並べつつも、鉤比良の批評は的を射ていた。

 推理小説には様々なルールやタブーが存在する。それを逆手に取った名作も存在するが、それらを持ち味にするには、ミステリー独特の筆力を要する。


「何でしたら、君の得意ジャンルでもいいんですよ?」


『1st.ED:ジャッジ・ライズ……後攻、鉤比良 龍彦』

『ライズ・ノベル【DOZEN OF THE RIDREYダース・オブ・ザ・リドリー】』


 歓迎の笑顔とともに鉤比良のライズ・ノベルがSTIとなりトシに転送される。


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DOZEN OF THE RIDREYダース・オブ・ザ・リドリー】 ジャンル:オール・クライム


 Web小説投稿サイト【Read.Write】こと、リドリーでは、今「復讐日記」というエッセイが波紋を呼んでいた。その作品が更新されると、同時刻にSNSに発信源不明でエッセイの文面と同じ惨劇の写真や動画がアップされるのだ。被害者は皆、ある小説コンテストの受賞者たちだった。


 運営は世間、世論を敵に回しながらも何故、作品を削除しないのか? 事態は連続殺人事件のみに留まらず、様々な事態へと連鎖拡大する。十二人の小説家を巡る事件が結末を迎えたとき。あなたの小説観が変わる。


【EX:エクセレント 4ポイント】

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 この男、ただの卑劣者じゃない。ミステリーの実力は本物だ……!


 自分のミステリーとは比べものにならない鉤比良の筆力にトシは息を呑む。

 序章ながらクライマックスに向けた期待度と加速度は、作品の記憶はなくとも間違いなくこれまで読んだライズ・ノベルの中でもトップクラスだった。


 特筆すべきは、鉤比良が先ほど口にした、推理物のルールと魅力が丁寧かつ解りやすく頭に入ってくること。そして、ミステリーの初心者からコアなファンまで楽しめる構成に否応なく期待が高まる。


「君の勇気に応じて、最高傑作で倒させてもらおう!」

 

 鉤比良は両手を翼のように広げて、優雅な宣戦布告を見せる。

 栖雲すぐもはホールの隅で椅子に座り、時折、憐憫の眼差しを向けてノベライズを傍観していた。


1st.ED

【NOGANE:1 ― 4:KAGIHIRA】


 これだけの筆力がありながら、どうして……。


『ゴォオオオオ・ライズ!!』


 対戦相手が不明な4回戦までは、通常のノベライズで勝ち昇ってきたであろう鉤比良がますます理解できない中、謎がさらに深まる頭脳戦は2nd.EDへと進む。


「駆けろ、我が劉欺士りゅうきしよ!」


 2nd.ED開始と同時に先手を打ったのは鉤比良のソウル・ライドだった。

 アサシネス・フェイカーは、全長は2m未満と、ジークをはじめトシが今まで見てきたタイプと比べると半分以下のサイズだが、動きの素早さは随一だった。


 消えた!?

 トシがそう思った瞬間、時を止められていたのではと錯覚するほどの速度でアサシネスがトシの左側へと回り込み、刀を喉元に突きつける。質量を持たないホログラムながら、思わず顎を上げてしまい執筆が一瞬鈍る。


 何とかアサシネスを引き剥がさせようと、トシは紋心である灼熱の豪剣士に意識を送る。しかし、ジークはこちらを向いたまま、足を絡め取られたようにその動きを止めてしまった。いや、本当に動きを封じられていたのだ。


 どうして動かないんだ……?

 トシは何とか執筆のペースを維持しようと心身の灯を燃焼させるが、不穏の闇がそれを消し潰すように撹拌され、やがて具現化した。


 今、トシの隣にいるハズの深緑の龍の装束を纏った暗殺者が、ジークの足元から浮かび現れた。それも三体だ。ジークは魔の三角地帯の中央へと追いやられて足元をその影に縫われていた。


『か、鉤比良選手のソウル・ライドが分身しました! 1回戦より徐々にその数を二体、三体と増やして、遂にこの決勝トーナメントで四体です!』


 払いのけろ! と、トシはジークに命令(いしき)するが、読まれていたのか、三体のアサシネスはジークの大剣が描く弧を散らばって避ける。


「おっと。お土産を忘れていましたよ!」


 鉤比良は、わざとらしく思い出したように言うと、ジークの体中、数十箇所に黒い鋭利な異物が生える。それはアサシネスたちが投げ刺した物だった。


 黒光りを放つ、クナイや手裏剣。太陽のように赤々と燃えるジークに生じた黒点よごれか、はたまた病に裂かれた斑点きずあとか。


 このままだと執筆どころか、字数不足で足切りされて……


「ぐぁあああっ!!」


 そんな最悪な事態が頭をよぎるなか、トシはまたもや驚嘆と精神的苦痛の叫び声をあげた。


 まばたきの刹那の隙を突いたかの如く、四体のアサシネスが四方からトシの全身を刀で貫き、生血を吸っていた。


「ホログラムとは言え、なかなかグロテスクな光景ですね」


 鉤比良は目を背ける仕草をとりながらも、文書画面とともに暗殺者に仕留められた獲物を眺める。


 トシは一旦執筆を止めると、机の傍らに置かれたミネラルウォーターのペットボトルを開封して一気に飲み干す。夏の空調で適温に冷やされた透明な命の源は、喉を潤すと同時に空腹に染みわたる。


 トシはあらぬ心配だと理解しながらも、貫かれている体から水が漏れてないことを確認すると、目を閉じた。


「気をしっかり持て!今は、この技に頼る……」


 ─ 疾筆夢想しっぴつむそう ─ ブリンカー・ライズ

 目を閉じて視覚情報のすべてを遮断して、相手のソウル・ライドを無効化するトシの筆刷技なのだが……


[お前なんか負ければいいんだ……]


 また、あの声が聞こえた。頭の中に直接、鈍く響きわたる天馬の声が。

トシは周囲を見渡すが、当然相棒の姿は見当たらない。鉤比良の文字数の謎に続く、二つ目の謎である幻聴が再び顕在化する。


[どうしてお前ばかり注目されるんだ……]


 鉤比良の謀略。栖雲の傍観。アサシネスの妨害。そして唯一、味方であるはずの天馬の亡霊とも言うべき幻聴。


 どうだ、野鐘。仲間に裏切られる気分は?


 四面楚歌に陥ったトシのノベライズ。鉤比良は愉悦を表情に剥き出したい高揚を抑えながらその様子を楽しむ。


 1st.EDとは違い、力強くも乱れたインパクト音を繰り出す“剛の執筆“を見せるトシに対して、肩の力が抜かれた鉤比良は“柔の執筆“で文字数の差を広げている。


 野鐘の奴もまさか、俺がコピペや辞書機能を活用しているとは思わないだろうな。


 それは単純なトリックして、ルールの盲点だった。

 ノベライズでは、字数を稼ぐため、または著しいコピペや辞書機能は禁じられている。アナライズが反則と判定したライズ・ノベルは未承認となるが、逆を言えば、判定さえされなければ執筆の過程は問われない。


 5ファウルで退場となる球技も4つ迄であれば許されるように、一章に応じて許容範囲が存在するのだ。


 極端な例だが『1・2・3・4』と入力された言葉は4文字だが、それを『One、Two、Three、Four』と変換すれば、たちまち15文字となる。無論、その工夫を物語に組み込み、読者に違和感なく楽しませる文章力と構成力は別問題だが、鉤比良はその公にはされてない仕組みを把握しつくしていた。


 ─ 黙隙乗法もくげきじょうほう ─ グレージング・ライズ

 1EDの執筆における、機能を用いた入力字数の許容範囲の境界線を狭義的に、広義的に極限まで見切った増筆技である。


 ノベライズの冒涜とも捉えられない執筆スタイルだが、鉤比良に躊躇はまったくない。穏やかな表情に隠された敵意とともにトシの耳には天馬の幻聴が繰り返され、ジークは四体のアサシネスの刀撃と投刺になぶりものにされ続けた。


『アウト・ライズ!』


 2nd.EDの終わりが訪れると同時にトシは上半身を机に預けるようにうなだれるる。ジークは灼熱から紅染めへと変えた姿で膝をついた。


「熱き紋心が、紅き血を流しながら、主と終わりを迎える。実に滑稽だ!」


 アナライズの最中、自分の思い通りに進行するノベライズと紋心たちの余興に鉤比良の細胞はサイケデリックに連鎖分裂する。


「さぞかし野鐘は心身、物語ともにズタボロに……なに?」


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1【MASATOSHI – NOGANE】

字数:15,218 整合率:96% Turning (R)ize Novel release


2【TATSUHIKO – KAGIHIRA】

字数:19,536 整合率:97% chein (R)ize Novel release

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 ディスプレイに映し出された結果に鉤比良は眉間がチクリとする。

 字数、整合率ともに鉤比良が勝っているが、野鐘は前EDよりも精密な数字を打ち出した。


「あいつ、自暴自棄になって挨拶文でも並べたか?」


 鉤比良の言う挨拶文とは、ライズ・ノベル中の会話場面で「こんにちは」「いい天気ですね」「そうですね」などの他愛もない挨拶を連ねて字数を稼ぐ、ノベライズにおいて最も恥とされる筆法をいう。


『2nd.ED:ジャッジ・ライズ……先攻、野鐘 昇利』

『ターニング・ライズ・ノベル【 - 十六麝じゅうろくじゃ - 】』


 ノベライザーの暗黙の誇りでも『ノベライザーたるもの挨拶は最小限。礼儀は物語で最大限に示せ』と言われるほどである。


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【 - 十六麝じゅうろくじゃ - 】 ジャンル:サイエンス・ミステリー


 記憶の一部を消され、一室の円卓に集められた六人の男女。彼らは全員が捜査員となり、記憶の課題と称したゲーム『麝香鹿じゃこうじか』に挑戦させられる。教えられた共通点は「この中の誰かを殺そうとしていた、または殺されかけた」のみ。


 制限時間内に、その”相手が誰か"正解すれば部屋から脱出できるが、間違えた者は……。室内にあるメンバーの資料と互いの会話から、自分は加害者か被害者かを推理せよ。


RP:リスペクト 2ポイント

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「どうだ……!」


 渾身で繰り出した、2ポイントのサイエンス・ミステリーにトシは己の筆力に少し自信を取り戻す。


「……加害者と被害者の15通りの組み合わせが実はフェイクで、全員が自殺未遂であったという16通り目の真相。それを登場人物たちの疑心暗鬼と密なロジックでミスリードする手法。意外にも全員が救われる結末となった読了感……悪くはなかったです」 


 鉤比良は1st.EDと同様に作品の流れを丁寧に解説するも、感想は可も不可もない一言に集約する。


「野鐘君は『Nの十戒』をご存知ですか? かの名作家が掲げた推理小説の基本指針です。この物語には、確立されていない科学に加えて、偶然の発見を用いた謎解きが含まれています。それに登場人物たちの個性や背景を活かすには、いささか文字数が足りないのが正直なところです」


 しかし、追い詰められた状況下で、よくあれだけの作品を……。


『2nd.ED:ジャッジ・ライズ……後攻、鉤比良 龍彦』

『チェイン・ライズ・ノベル【DOZEN OF THE RIDREYダース・オブ・ザ・リドリー】②』


 適確かつアドバイス的な批評ながらも、皮肉をぶつけた鉤比良だが、愉悦だけではない熱さを胸中どこか、僅かながら感じていた。


2nd.ED

【NOGANE:3 ― 8:KAGIHIRA】


 鉤比良の続編は、2ED連続で最高点を獲得した。

 トシは自分が受けた批評と照合しながら、鉤比良の構成力に驚かされていた。第5、第6の犠牲者が増え続ける連鎖殺人。主人公と思われていた語り部だった人物までもが犯人の凶行によって脱落するという急展開。事件は複雑化の一途をたどりながらも、次は誰が犠牲になるのかという期待が抑えられないでいた。


「ネクスト・ライズ」


 3rd.EDの続筆意思を告げる鉤比良だが、その心中は前EDの時と比べると楽しみに欠けていた。それどころか、何かむず痒い感情がじわじわと湧いてきた。


「ネクスト・ライズ!」


 トシの続筆を示す力強くまっすぐな掛け声と目を見た鉤比良の体がビクリと震える。そうだ。破綻のヒビは、いつも安堵の後に広がるのだ、と。


「まさかな……時に遇えば鼠だって虎になると言うからな」


 鉤比良はトシの見せた態度を虚勢と判断した。いや、そう思うことで我が身に迫り来るものを払拭するしかできなかったことに、この時はまだ気付いていなかったのだ。


「鉤比良さん。あなたから学んだすべてを次の作品にぶつけます!」

「付け焼き刃のミステリーで僕を満足させられますか?」


 これ以上、この事件の被害者を増やしてなるものか……!

 トシもまた、鉤比良の心と物語に巣くう呪いに応えると決断した。


『ゴォオオオオ・ライズ!!』


 ノベライズを生きる活路とした者。生き残る術とした者。

 異なる美学を選んだ二人のノベライザーの衝突は3rd.EDに突入する。

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