4-3rd. ED 機会トリック


――――――注意 CAUTION――――――――

脈拍および意識に緊張以外による若干の乱れ

が生じています。CONDITION LEVEL YELLOW

でのノベライズとなりますが、よろしいですか

(※YES / NO)

―――――――――――――――――――――



「問題ない……スタンディング・ライズだ」


 トシは【(R)izing Seedライジング・シード】からノベライズモードを選んだ際に起動する、ホログラムスキャンによるメディカルチェックの警告を受け流す。



―――――――――――――――――――――

了解しました。めまいや吐き気など気分が悪く

なった場合は速やかに休憩または中止してくだ

さい。

―――――――――――――――――――――


「めまいと吐き気なら、とっくに通り越してるよ」


 警告画面に思わず、トシは皮肉めいた言葉と笑みをこぼす。

 呼吸をするたびに口内と鼻腔を吐瀉物の匂いと胃液の酸味が往復する。肺と腹部の鈍い痺れが徐々に和らぐことだけが希望どうりょくであるかのように、トシは黙々とノベライズの準備を進める。


「ちっ……。野鐘の奴、吐いてきたな。死に損ないの笑みを浮かべてやがる」

「いいじゃない。試合放棄で勝っても盛り上がらないし」


 鉤比良かぎひら執筆えいぎょうスマイルを崩すことなくトシが棄権しなかったことに舌打ちをし、栖雲すぐもはそれを特に問題視することなく、二人でホログラムキーボードや画面位置の最終調整を終える。


「セット・ライズ」


 先にライズ・フィールドを用意し終えたのは鉤比良だ。

 テーブルは床に収納されており、立ち姿勢の高さで一般的な大小、四つのホログラムキーボードをやや水平に並べたシンプルな構成となっている。


『ライジング・ノベライズ、エリア予選決勝トーナメント、第二試合の準備が着々と進んでおりますが、両陣営とも今までにない大きな変化が生じております』


 ノベライズのガイドでお馴染み、芥河 尚樹は緊張した様子で伝える。


『鉤比良選手、これまで一人で戦い抜ってきましたが、決勝トーナメントにして担当者である栖雲 透香さんが初参戦してのノベライズとなります』


 栖雲は私服から湧希ゆうき高校の制服へと着替えていた。やはり、鉤比良が送り込んだスパイであることに間違いはなかった。


『なお、栖雲さんは校内の立候補者の中から倍率100倍以上の籤から担当者に選ばれたそうです』


《私も立ちたーい!》《鉤比良さんファイト!》《デートしたい》《かぎりんLOVE》《私とノベライズして》《GOGOたっちゃん先輩》《わたしのハートもえぐって!》


 ノベライズの舞台に流れるように敷かれる鉤比良への応援メッセージ。スタジアムのロビーでも同じ黄色い声援が飛び交っていた。


「セット・ライズ」


 しばらくしてトシの準備も完了する。こちらの手間はテーブルの高さ調整くらいしかないのだが、ホログラムパネルの操作が苦手なトシには一労働だった。


『対する野鐘選手。これまで共に戦ってきた担当者である一角 天馬いずみ てんま君の姿が見えません。心なしか野鐘選手の表情にも疲れが見えますが、何かあったのでしょうか? それでは、カウント・ライズに入ります!』


 ここで助けを求めて叫ぶことができれば、どれだけ楽だろうか。

 トシのそんな逃避の想いを乗せた息が吐かれながらカウントダウンは進む。しかし、疲労に枯れた表情の中でもトシの目は輝きと潤いは失ってはいなかった。何故なら……。


『ゴォオオオオ・ライズ!!』


 そこに信頼できる仲間がいる。そんな者たちがいるからこそ、トシはどんなに不利で険しいノベライズでも昇ることができるのだから。


    ■


「どうして、剛池さんがここに……?」


トシと鉤比良の1st.EDが始まる十数分前のこと。

かつて戦った好敵手の突然の訪れに、トシは時間が止まったように固まる。


「おう。昨日の配信でお前が決勝トーナメントまで進出したのを知ってよ。何だか俺まで興奮が抑えられなくなってきたんだよ」


 1回戦あのの時と変わらず、陽気に豪快な笑顔を見せながら正拳突きを見せる剛池に、思わずトシは深く静かに息を吐きながら俯いた。


「そ、そりゃ俺達はよ。一度しか会ってねえけど……なんつーか、激励っていうか応援っていうか……そんなに気落ちしなくてもいいだろよ?」


 強気を繕うが、そこはかとなくショックを受ける剛池。トシは首を横に振りそれを否定する。


「違うんだ。もう、どうしたらいいか分からなくて、頭がオーバーヒートしそうだったんだ。来てくれて嬉しいよ」

「……何かあったのか?それに眼鏡の相棒はどうした?」


 剛池は、トシのなみならぬ異変にようやく気付く。

 トシは鉤比良の策略と天馬がさらわれたこと、すべてを剛池に話した。


「……なるほど、事情はわかったぜ。まずは一角の場所だな。お前ら、親しい間柄なら互いにGPSのグループ登録とかしてねえのか?」

「そ、そうだ。確か僕は天馬に登録されてたはず……」


 遅刻癖がある故に緊急時の行動管理と称して、天馬からGPS登録をライジング・ノベライズの前に持ちかけられたことを思い出す。


「それなら、ロックしてない限りはセルラブルの電源がオフでもわかるはずだ」

 

 トシは何とか落ち着きながらも、ぎこちない動きでセルラブルを操作する。天馬のアドレスから位置情報のボタンを祈る気持ちでタップした。セルラブルから実写と合成されたホログラムマップが投影される。


「いたぞ。ここだ」

「ここは……倉庫?」


 スタジアムから10kmほどの市内の離れにある寂びれた倉庫に立ったピンマークとともに、天馬の名前と該当場所の住所が表示される。


「使われてない廃倉庫ってやつだな」

「ここに天馬が?」


 思ったより近くに居ることトシは胸を撫で下ろすが、まだ安心はできなかった。加えてはすぐに向かうには少々距離がある。


「へへへ。後で自慢してやろうと思ってたんだけどよ。俺は今日バイクで来てるんだよ」

「え、それって」


 剛池の人差し指の上面で鼻を擦りながらの態度に、トシは図々しいとは自覚しながらも期待に縋る表情を見せる。


「一角は俺に任せろ」

「で、でもどんな危険があるか。それに剛池さん、下手すると後遺症が」

「無理はしねえよ。それにイザとなったら国家力に頼ってやるよ」


 どうして野鐘が俺の身体のこと知ってるんだ?

 剛池はそのことを一瞬、疑問に思うが、それよりもノベライザーの暗黙の誇りの下に闘志を燃やしていた。


「ノベライザーたるもの、仲間の為に拳を振るえって言うだろ?」

「拳じゃなくて、ペンだよ」

「こ、細けえこたぁいいんだよ!それよりも、お前はどうする。鉤比良とはどう決着をつけるつもりだ?」


 束の間の和やかな空気を経て、剛池は真面目な面持ちでトシに聞く。

 思いがけない援軍に天馬の拉致に大きな希望の火が燈されたが、首謀者である鉤比良にどう立ち向かうか。


「僕は……僕は、鉤比良とはノベライズで勝負したいと思っている。いや、ノベライズじゃないと駄目だ」


 静かな声だが、固い信念がひしひしと伝わる言葉に剛池は武者震いがした。

 相手がどんな卑劣な手段を用いても、己の筆力と物語で立ち向かう。それがトシのノベライザーとしての誇りだった。


「お前らしいぜ。流石は俺が認めたライバルだ」

「天馬をよろしくお願いします。剛池さん」

「大地でいいぜ。マサトシ」

「……天馬を頼むよ。大地」


 作戦の開始と互いの信頼の誓いを示すように、二人の握られた拳が軽く触れ合う。


「ところで、マサトシ。お前確か何か飲まされたとか言ってなかったか?」


 栖雲に飲まされたゼリー飲料。トシもそれが気掛かりだった。


「鉤比良は、薬は弱めにしたと言ってたけど……。ノベライズ前に少し吐いてから行くよ」


 汚濁めいた話を聞かせて申し訳なくなるトシだったが、大地は歯並びに似合う笑みを見せる。


「ここまで来たら、ついでだ。俺が一発で胃が空になる孔を突いてやるよ」

「え?」


    ■


「どうして、天馬があんな所にいるの?」


 その頃、時を同じくして、GPSのことに気付いた姫奈がトシの元へと走っていた。ホログラムマップが示す、この廃倉庫に天馬が囚われているのではと予想して相談に向かう。 


「ん? あれはトシと……確か1回戦で戦った、剛池だっけ?」


 姫奈は角を曲がった所で、その剛池がトシの手を引いてトイレに入ろうとする様子を背後から見かける。


「何やってるんだろ?」


 剛池は任せろと言わんばかりに笑っており、トシは照れとも恥ずかしさとも言えぬ、よそよそしい動きに姫奈は首を傾げながら物陰で聞き耳を立てる。


「いいから俺に任せろ。苦しいのはほんの一瞬だ。すぐ気持ち良くなるぜ」

「ほ、本当にやるの? い、痛くしないでね?」


 なななななななななな何をやってるんですかぁ!?!?!??!???

 姫奈は顔を紅潮させながら二人を見送った。

 

    ■


 ウォオオオオオオオオオオ!

 灼熱色の鎧を纏いし豪剣士の咆哮がノベライズに響く。


『1st.EDも残り数分!先にソウル・ライドを発動させたのは野鐘選手です!ノベライズ前はこれまでにない状況に心配もありましたが、どうやら執筆に影響はないようです!』


 妙だな……。

 数メートル先の目前で、鉄槌を並べた鋸斬のような大剣を両手で持ち、構えをとるソウル・ライドを鍵比良は冷静に一瞥する。


 ― 創誓の突覇皇そうせい とっぱこう ジーク・ブレイカー ―

 直接攻撃型のソウル・ライドだが、先に発動しても自ら相手の執筆を妨害することはない正々堂々を信念とした豪騎士……。


「ちっ……あまちゃん野郎が……」


 鉤比良は小声で舌打ちをしながら、巧みに自分のライズ・フィールドを操り物語を紡ぐも腑に落ちないでいた。その理由は、目の前の相手が闘志をむき出して執筆に励んでいたからだ。


 初めて耳にする十本の指が奏でるキーボードの鍵打音は心地よいものだった。リズミカルで力強いストローク音は、さぞ順調に文字を連ねているのだろうと、鉤比良は予想した。


 あいつ、仲間がどうなってもいいのか? それともよほどの馬鹿か?


 ノベライズ中であるため連絡はできないが、この様子は鉤比良が日頃からつるむアウトローな連中の目に届いている。いざとなれば、天馬は重傷にならない程度に五体満足とはしばらくお別れの日々を送ってもらうことになる。


 妙だぞ……。

 トシも同じく疑問を抱いていた。胃は空となり体力は消耗していたが、剛池という心強い味方のおかげで精神的には何のダメージもなく執筆は順調だった。


 鍵比良のタイピングは思ったよりも早くないのか?

 劣るとまでは言わずとも、トシのこれまでのノベライズ相手と比較する限り、鉤比良の執筆にはどこか勢いが感じられなかった。


 ライズ・ノベルの完成度は文字数で決まるとは一概には言えないが、STIを通じて相手に送る物語は多くの情報量があるに越したことはない。


 無論、矛盾した内容や誤字脱字が少ないという文章力が前提にはなるが、ここまで勝ち残ったノベライザーであれば、筆力と併せて十分クリアはされていると思われる。


 ソウル・ライドもまだか……。

 ベスト8まで勝ち進んだノベライザーは、ほぼ確実・必須と言えるほどにノベライズ・ハイ分泌までの時間が短い。トシが苦戦した歌仁のような例は極めて稀だが、ソウル・ライドの発動まで5分を要さない者もいる。

 

 鍵比良の4回戦までのノベライズをダイジェスト映像で観戦したが、すべて1st.EDでソウル・ライドが発動したことを確認しているトシにある推測が浮かぶ。


「もしかして、鍵比良は焦っているのか?」


 天馬を人質に取った鍵比良は、トシがノベライズを棄権すると踏んでいたはずだ。しかし、果敢にノベライズに挑むという思わぬ事態に平静を装いながらも、内心では ―


[そんなわけあるか……馬鹿が]


 天馬の声が骨伝導のように頭に広がったトシの執筆が一瞬止まる。

 何が起きたのかと考える間もなく、鈍い光を放つ刀身が背中から胸へと貫いた。


 トシは茫然としながら、首だけをゆっくりと背後に向ける。

 そこには黄土色の鱗と竜の紋様が描かれた、深緑の装束を全身に纏ったトシより少し背の高い暗殺者が立っていた。


 ― 劉欺士りゅうきし アサシネス・フェイカー ―


 鉤比良が心で卑下な笑いを浮かべながら紋心の名を呼ぶ、そのソウル・ライドは、目標の心臓と無表情を貫きながら静かに佇んでいた。


『で、出ました……鉤比良選手のソウル・ライドです!静かに発動しては、相手に忍び寄る深緑の暗殺者に野鐘選手、筆を刈り取られてしまいました!』


 トシと刀身を繋ぐ根本から血が滴り落ちる。当然、本当に貫かれているわけではなくホログラムによるものだ。


 興を削ぐ話にはなるが、実際は貫かれている座標部分にホログラムは透過されておらず電磁波や粒子による健康被害は生じない。だが、その精神的ダメージは大きい。


『アウト・ライズ!』


 今の天馬の声は幻聴か……? 1st.ED終了のアナウンスに覚醒したトシだったが、栖雲に盛られた薬のことを苦い顔で思い出す。

 

「苦しみはこれからお前の中をゆっくり巡る。信頼する仲間とともにな……」


 鉤比良が描いた謀略という名のさらなる毒が、徐々にトシの筆と心を蝕もうとしていた。



――――次回予告――――――――――――――


 鉤比良の黒い怒りとアサシネスの刃がトシの心を斬り刻む。その純粋な炎が友の裏切りの声と疑心に虐げられる時、熱く、激しく、そして優しく、三人のノベライザーの友情が道を誤りし者にホンモノの勇気を巻き起こす。


 ライジング・ノベライザー Episode.5

【Betraying - Nove(R)ize】 己の筆力を燃やし尽くせ!


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