第6話 宇宙人のおうち


「ねぇ、さっきからうるさいんだけど何を……って、どうしたのこれ⁉」


騒ぎを聞きつけたのか、エリが玄関から入って来た。

Xは既に触手をしまっていたので、致命的な場面は見られていないはずだ。


「家中穴だらけじゃん! 何をどうしたらこんなことになるの⁉ ていうか、なんで生徒会長がいるの⁉」

「オマエには関係ない」

「……は?」


エリは眉を吊り上げた。

まずい。エリが本気で怒った時の顔だ。


「悪い悪い。コイツ、ちょっと言葉足らずなところがあってな。さっきのはお前を巻き込みたくないっていう、コイツなりの気遣いというか……」


俺はちらとXに目配せした。


「気遣いだ」


いや自分で言うな。

善意は主張すると一気に説得力がなくなるという常識を知らないのか。

俺はエリと肩を組み、こっそりと耳打ちした。


「実はコイツ、ちょっと家庭が複雑でな。今日の騒動は喋らないでいてくれると助かるんだが……」


エリはジト目で俺を睨んでいたが、すぐにため息をついた。


「……はぁ。しょうがないわね。一つ貸しよ」

「さすがはエリ。物分かりが良くて助かる」

「おだてたって何も出ないわよ」


エリはいぶかし気な目でXを見つめていたが、何も言わずに帰って行った。


「アイツは違うのか?」


ふいに、Xが言った。


「入念に調べはしたが、怪しい点は見つからなかったな」


俺はXを睨んだ。


「言っとくが、だからといってエリの監視は怠るなよ。これはアイツの警護も兼ねてるんだからな」

「約束は守る。昨日から別の個体が片時も目を離さず監視している」


俺にとって、一番危険なのはエリが宇宙人になり替わることだった。

現状、最も仲の良い人間だ。エリが人間であるという保証は最低限確保しておきたい。


「それで今回の件についてだが、オマエの意見を聞いておきたい」

「妹……Yの目的か?」


こくりと、Xはうなずいた。


「お前のことを俺に聞いてきた時点で分かるだろ。宇宙人の存在を知る人間は危険だから、排除しようとした。宇宙人サイドからすれば当然の行動だろ?」

「そうなのか?」

「お前……。一番最初に俺を殺そうとしたこと、忘れてるんじゃないだろうな」


Xはきょとんとして、目をパチパチと瞬かせた。

ごまかそうとしているのか、本当に忘れているのか、表情だけでは判断がつかなかった。


「ではYが言っていた『アイツ』とは?」

「わざわざ単数で何者かを示唆した。人間なら確実に組織だって動くはずだから、考えられるのは……」

「三匹目か」


そういうことになる。

しかし、引っかかるところがないわけでもない。

宇宙人だとばれる直前、俺を尋問していたYは、それなりに頭が回る様子だった。

漫画に出てくる脳筋悪党のように、謎の自己顕示欲のために情報を敵に渡すようなことはしない気がするが……。


ふと見ると、Xが拳を作り、口元を隠すようにしながら床を見つめていた。

何を考えている仕草なのかは、よく分からない。


「オマエ、今日はワタシの家に来い」

「は?」

「この場所はヤツラにばれている。数に任せて襲われた場合、守り切れる確率が少し下がる」


俺は呆けた顔をして、自覚なくぼりぼりと腕をかいた。

初めての女子の家が、まさか宇宙人とはな。

ふとエリの顔が頭に浮かんだが、すぐに首を振った。アイツは俺の中では女じゃない。


「すぐに出発するぞ」


そう言って、銀髪をふわりと浮かしながら、彼女は歩いていった。

どことなく身体が弾んでいるような気がするのは、俺の気のせいだろうか。



◇◇◇


そこは今時珍しい古い木造建築の一軒家だった。


「ホラー映画のロケ地かな?」


思わずそう言いたくなるような禍々しさが、この家からは溢れ出ていた。

黒く滲んだ壁は人を拒絶するように佇み、曇り気味の窓は、じっと見ていると誰かがこちらを覗いているような気がしてくる。

ほんの少し風が吹くだけで、この家はギシギシと悲鳴をあげていた。もはや瓦屋根を支えるのがやっとのような状態だ。


衛生面、耐久面、景観その他、どのような項目も1どころかマイナスがついてもおかしくない不良物件だ。

なんか変な臭いがするし。


「ええと、両親はご在宅なのか?」

「それとは別の家だ」


別の家ってなんだよ。アジトみたいなものか?

どんな猛者でも立ちすくんでしまうような破壊力のある家に、Xは躊躇せず歩いていった。

Xが玄関の引き戸を開けると、何かがガサガサと逃げていく音が一斉に聞こえてくる。

音の主がゴキブリだったらいいのにな、なんて思うような日が来ようとは、数日前の俺ですら思うまい。


「あまり綺麗な家じゃないが、遠慮せず入れ」


謙遜以外でその言葉を初めて聞いた。

Xは律儀に靴を脱いで玄関に並べると、さっさと居間に入って行った。

俺はXが見ていないのを確認し、こっそりと土足で入った。


「くつろいでくれ」


居間にはいくつものごみ袋が散乱し、異臭を放っている。そんなごみ袋に囲まれて、首が取れかけた和製人形がこちらをじっと見つめていた。

空気の生暖かさが異臭を際立たせ、すぐそばに誰かがいるような錯覚を覚えさせる。

とてもではないが、くつろげるようなスペースではない。


「……ここ、どうやって借りたんだ?」

「借りていない。たまたまこの家に入ったら、家主と思われる人間が白骨死体になっていたから、もらいうけることにした」


それは普通に犯罪じゃないか?


「ちなみに、家主が死んでいたのはちょうどお前が座っている辺りだ」

「うおわあ‼」


思わず立ち上がると、確かにそこには人型の染みがあった。


「先に言えよ‼」


ちょうど頭の部分を、俺が踏んだ跡がある。

最悪だ。今度寺に行ってお祓いをしてもらおう。


「今日はオマエのために料理をふるまってやる」

「いやいい。マジでいい。遠慮とかじゃないからマジで」

「既に完成したものがここにある」


そう言って、皿に盛った黒いヘドロのようなものをちゃぶ台に置いた。


「召し上がれ」

「俺に死ねと言うのか?」


八方美人なライトノベルの主人公なら、死をも覚悟でこれを飲み込むのだろうが、俺は美女に惚れてもらうために死ぬなんて勘弁だ。


「食べさせて欲しいのか?」


そう言って、Xはスプーンでヘドロをぐちゃぐちゃとかき混ぜ始めた。

ここに至り、俺はようやく察した。

辺りを確認し、部屋の隅に置かれた大衆向けの恋愛小説を見つけた。どうやらXはこれに影響されたらしい。

小説を読んで勉強しろなんて言うんじゃなかった。

俺は頭を抱えたが、今更後悔してももう遅い。


「あ、あのな? こういうのは承諾を得てからやるものであって──」


Xは、ゆっくりと小首をかしげた。

あ、これはまずいやつだ。

どうやらXは、俺を殺してでもこの恋愛ごっこを続けたいらしい。

俺は必死に頭をフル回転させ、この状況を打破する方法を考えた。


「はい、あーん」


そう言って、Xはスプーンを俺に近づける。

ドロリと垂れる黒い液体は、見ているだけで吐き気を催す。

心なしか、スプーンからジュウジュウと音がしている気がする。もしも金属を溶かすような物質だとすれば、冗談抜きで死にかねない。


「お、俺が!」


ぴたりと、Xの動きが止まった。


「俺が……食べさせてやる」


Xは、じっと俺を見つめていた。

頼む! これで納得してくれ。俺はまだ死にたくないんだ‼

俺はドキドキと心臓を鳴らしながら、ごくりと息を飲んだ。


「仕方ないな。そこまで言うなら、食べさせてくれ」


よかったあああ!

俺は心の中でガッツポーズした。

そうと決まれば善は急げだ。

さっさとスプーンを奪うと、ヘドロを掬い、Xの口に押し込んだ。

あまりに勢いがつきすぎて、スプーンごと体内に放り込んでしまったが、まあXなら問題ないだろう。

本当に、色気もクソもないな。


「なんだか恥ずかしい」


全然恥ずかしくなさそうに、Xは言った。


「これが人間同士の交流というものか。初めての経験だが、心躍る」


俺も別の意味で心が躍ってるよ。主に心拍数の部分でな。



◇◇◇


Xが台所で新たなヘドロを作成している間、俺はスマホでSNSを確認していた。

今見ているアカウントは、インフルエンサーでも俺のフォロワーでもない、ただの一般人のものだ。

日々のどうでもいいことを呟いているだけで、何ら建設的なものはない。フォロワーも10人に満たないほどだ。

俺はそのアカウントにDMを送った。


『探しましたよ。師匠ですよね』


すぐに返信が届いた。

できる人間は返信が早い。師匠の持論だった。


『さすがだな、我が弟子よ。おそらくこのアカウントが私だと気付いているのは、この世でお前だけだ』


この大仰な言い方は、まさしく師匠だ。


『なんで姿を消したんですか? みんな大騒ぎしてますよ。師匠の会社の取引先が訴訟を起こすって息巻いてます』

『私という人間を知らない者の発想だな。そんな奴はいらない。勝手にさせておけばいい』


相変わらず、言うことが極端だ。

俺は早速本題に入ることにした。


『師匠はどこまで知ってるんですか? 宇宙人について』

『どうやら私はお前を甘く見過ぎていたようだな。何匹出会った?』

『二匹……、でいいんですかね?』

『奴らの生態についてもある程度理解しているようだな。私が確認した中では、奴らは三匹いる』


Yが漏らした情報と一致する。

俺は素早く文字をタップした。


『今日会った一匹が、三匹目を匂わせるようなことを言ってました』

『お前は奴らとどれくらいコミュニケーションを取れているんだ?』


俺はちらとXを見た。

これも恋愛小説で習ったのだろう。鼻歌を歌いながら、ヘドロをさらに消し炭にしようとフライパンで火を起こしている。


『別の個体から命を守ってもらえる程度には』

『素晴らしいな。お前は人類の希望になるかもしれない』


ずいぶんと大げさな言い方だ。

しかし師匠が言うのだからそうなのだろう。


『褒めてもらえるのは嬉しいんですが、ぶっちゃけ俺の手に余るんですよね。協力関係にあるXに匿ってもらっているんですが、Yが俺を殺しに来る可能性は高いと思います』

『詳しく話せ』


俺は事のあらましを全て師匠に説明した。


『なるほど。だったらまだ最悪ではないな』

『というと?』

『お前の名称に合わせると、未だお前が接触していないZ。こいつはかなりの危険思想の持主だ』


そんなことまで把握しているのか。

さすがは師匠だ。


『XもYも、人間社会に適応して生きていくつもりのようだが、Zは戦争も辞さない考えを持っている。さすがの私も詳しい動機までは分からないがな』

『つまり、XとYは無害だと?』

『そうも言えないな。実際、奴らは人を殺している。だがまあ、確率でいえばクマに襲われて死ぬ程度のものだ。そこまで危険視するものでもない。それよりも、奴らと本格的に戦闘になる方が厄介だ。先進国の文化レベルが著しく低下するほどの大打撃を受けかねない』


それは、奴らが戦闘力以上に危険な、高度な知能を持っているということだった。


『で、結局俺はどうすれば?』

『何もするな』


ふむ。単純明快だな。


『さっきも言ったが、Xと親睦を深めたお前の功績は偉大だ。それが水泡に帰すようなことがあってはならない。当面はYへの迎撃態勢を整えて、つつがなくXと楽しい学校生活を送っておけ』


楽しい、ねぇ。

まあ、暇ではないことは確かだ。


『私が独自に開発した宇宙人迎撃用の武器を送っておく。効果は絶大だが、使いどころを間違えるなよ』

『じゃあ俺の住所を──』


そうタップしていた時、急にDMから弾かれた。

見ると、師匠のアカウントは既に消去されていた。

おいおい。次に連絡を取る時はどうすればいいんだ。

というか俺の住所、師匠は知っているんだろうか。


しかしそんな心配が取り越し苦労であることが、次の日に分かった。

学校に行く前に家へ寄ると、一つの小包が届いていたのだ。

開けてみると、中には銀色に光る小さな球体が入っていた。

『本体の近くへ投げろ』

それだけ書かれたメモを見て、俺はため息をついた。


師匠。あなたはいつも説明が簡潔過ぎる。

どちらかというと宇宙人が持っていそうな謎の武器を、俺はポケットにしまった。


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