第3話 新しい家

「お待ちしておりました。和沙様」


 退院した和沙が病院の正面玄関をくぐると、そこにはいかにもな恰好をした壮年の男性と黒塗りの車が停車されていた。


「お初にお目にかかります。奥沢宗久おくさわむねひさ、と申します」


 男性は恭しく礼をすると、車の後部座席のドアを開く。その様相に、和沙は一瞬躊躇いを見せたものの、男性に荷物を渡すと大人しく乗り込んだ。

 荷物は手元にあった洸珠以外特に無い。が、着ていた服がボロボロであったため、新しい服と一緒に色々用意してもらっていた為、ボストンバッグ一つ分程の荷物が増えていた。


「用意した服はいかがでしたか?」

「問題無いです。……むしろ、いつサイズを測ったのか非常に気になるんですけど」

「ふふふ……、それは企業秘密ということで。それと、私めにそのような口調は不要ですよ。鴻川家に入った以上、私めが仕えるお方に変わりはないので」

「そう言われても……」


 以前どんな口調をしていたのかが分からない以上、ここ最近は常に丁寧語ではなしていたためこれが定着してしまっていた。今更別の口調に変えろというのも難しい話だ。


「ふむ……」

「?? どうかしました?」

「いえ……、どうやら和沙様は記憶を失われる前、使用人などを雇っている家の出ではなかったのかもしれませんね。そういう身分の者は、意識していなくとも我々のような立場の人間には、相応の振る舞いをするものですから」

「そんなもんですかね」

「そんなもんなのです」

 

 車内で、そんな他愛の無い会話が流れる。

 リムジンではないものの、内装がかなり豪華な車内を見るに、支部とはいえその長に収まるくらいの名家であることは間違いないようだ。


「……」


 車窓から外の景色を眺める和沙。記憶が無い為、知識の補填として、入院している間、温羅に関する情報を頭に叩き込んでいた。その中には、温羅が初めて出た時期、今から二百年以上前の資料や写真もあったのだが、今見ている景色や町の風景と、二百年前の写真に写ってうたものに対して相違が無いように見える。

 実際のところは、あくまで”外”が同じというだけに過ぎない。とはいえ、この二百年で劇的に技術が進歩したかと言われると、それは否だ。温羅に対抗するうえで必要な技術、またそれに準ずる物に関しては確かに飛躍的な技術の進歩があった。が、必要の無いものに進歩は無い。結局は、優先順位の大きいものが先に進んでいたに過ぎなかった。


「不安ですかな?」

「え? 何がです?」


 唐突に質問を投げかけられ、一瞬焦る和沙。


「いえ、これから新しい家族の下で暮らす事に一抹の不安でも抱いているのかと。」

「まぁ、そうですね……。不安っちゃあ、不安ですよ。現時点で分かっている人物は一人、父親だけ。それ以外の人が、俺みたいな見ず知らずの人間にどう接してくるのか……、不安にならない方がおかしいと思いますけど」

「おや、和佐様は人見知りでいらっしゃいましたか?」

「いや、多分……違うと思う」

「では、大丈夫でしょう。旦那様もそうですが、あの家の方はみなお優しい方ばかりです。人徳があり、心が広く、人情に溢れた方々です。初めてだからと言って邪険にされることは無いでしょう。むしろ、お嬢様は和沙様が兄になられるということで、随分楽しみにされていたと思われますよ」

「そういえば、鴻川……さん? が言ってましたのね。娘がいるって」

「そんな他人行儀では旦那様が悲しまれますよ。素直に父、でよいかと」

「ぐ……。ま、まだ抵抗があって……」

「お気持ちは分からないでもありません。ですが、家族の一員となる以上、口調はともかく呼び方くらいはどうにかいたしませんと」

「ぜ、善処します……」


 バツが悪そうに顔を背ける和沙。その様子を、運転席から宗久が口に笑みを浮かべながら眺めている。


「なんにしろ、旦那様と奥様はともかく、せめてお嬢様には普通に接してあげて下さい。あの方はあの方で色々と悩みが多い方ですので」

「それを俺に言ったところでどうにかなると思えないのですが……」

「気を許せる同年代の方が必要、ということですよ。名家の子女というだけで、たとえ同年代でも周囲とへだたりが出来るものです。あの方はその年の若さにも関わらず、聡明なおかげで友人などはおりますが、真に心を許せるお方がいないのです。ですので、せめて兄となる和沙様にはお嬢様の受け皿になっていただきたいのです」

「記憶の無い人間に随分と無茶を言う……。できる限りはやってみます。後から不甲斐ないって言われても俺のせいじゃないですからね」

「大丈夫ですよ。妹として接していただければいいだけの話です」


 さらりと言うが、念のため再度確認しておくと、和沙は記憶喪失である。妹に対しての接し方等頭にあるはずがない。更に言うと妹がいたかどうかすらも不明だ。

 ふと和沙が視線を外に向けると、スケートボードに乗った少年と自転車をこいで必死についていこうとしている少女がいた。違和感を感じるが、その正体はすぐに分かった。


「今流行りのグリディングボードですね」


 答えたのは宗久だ。視線は前方に向けたままで和沙の見ている物を把握していたのか、それとも単に疑問に思いそうな物をあげただけなのか。


「自転車……には別に何も思わないんですけど、あれはおそらく見たことがありません。なんていうか、違和感しかない」

「ご存知でない、と。となると、ああいったものがまだ普及していない場所から来たのかもしれませんね。あれはホバリング機能が小型化された際に生み出された物と聞いております。原理は存じあげておりませんが、その名の通り、空気圧で滑走する乗り物ですね。人気はあるのですが、いかんせんああいった物は扱いが難しく、事故も多いためあまり世間からはいい目では見られておりませんね」

「へぇ……」


 確かに、若い世代には人気が出そうな物だ。このまま技術が進歩していけば、空を飛ぶことも可能になるのだろうか。


「いくら最先端技術の賜物とはいえ、和佐様も持っていらっしゃる洸珠には到底及びませんが」


 そう言われて、視線を向けるのは首から下げた掌に収まる程度の大きさの洸珠だ。


「和沙様の物は少々大きい物ですが、その中に収められている力はオーバーテクノロジーそのものです。曰く、かつてその力をもたらしたのは”ミカナギ様”であり、その洸珠の元となった物を解析するのに、実に三十年はかかったとか」

「三十年……」


 驚くのも仕方ない事だろう。当時の日本は先進国の中でもトップクラスの技術力を保持していたが、それをもってしてもそれだけの年月がかかったのだ。強大な力であることに疑いは無い。


「当時は大防衛戦だいぼうえいせんの直後だったためか、尚更その技術を優先したのでしょう。いくらあの戦いで佐曇……、当時は牧野まきのでしたか。街に襲来する温羅の数が減ったとはいえ、早急に防御態勢を整えなければなりませんでしたからね。大結界も併せて洸珠の解析は最優先事項だったのでしょうね」


 大結界だいけっかい。今の佐曇市を始めとした日本各地を守る温羅に対する絶対防御。なのだが、この大結界、盾として非常に優秀なのだが、如何せん何をされても、どれだけ受けても、無限に耐えられるような代物ではない。実際、過去に温羅の攻撃が集中し、この大結界が破られた事があった。それ以降は温羅が襲来した場合、一部に結界の薄いところを作り、そこに温羅を集めて巫女で叩く、という方法で防衛をしている。

 完全な防御結界を作る事は、今の日本において最優先事項でもあるが、現状そう上手くいっていない。


「早いところ結界を完全なものにしてほしいですね。……そろそろ着きますよ。準備はよろしいですね?」

「……あんまり、良くない」

「気を楽にしてください。心優しい方ばかりですので」


 車が門をくぐると、その先に広がっていたのは、いかにも、な見た目の豪奢な屋敷。そして、その玄関と思われる場所には数人の使用人らしき人々か整列して待っていた。

 ゆっくりと車を玄関の前に付けると、宗久は素早く運転席から降り、後ろ座席のドアを開く。……が、和佐が出てこない。


「……? いかがなさいました?」

「聞いてない、こんなの聞いてない」


 どうやらこの状況に気圧されているのか、首を横に振りながらなかなか出て来ようとしない。


「どうぞ、こちらに」


 促されるも、出てこない。どうやら、記憶を失う前は小市民であったことは間違い無いようだ。とはいえ、流石にこれ以上ゴネられると困ると思ったのか、宗久が手を伸ばそうとした時、玄関のドアが開き、そこから出てきたのは女性と、その面影を持つ少女の二人組だった。


「ご苦労様です。そちらが例の?」

「恐縮です、奥様。はい、こちらが先日旦那様より新しくご子息となられる和沙様です」

「まだ出てきていないようだけど……」

「緊張されているのですよ。どうやら初めてのご体験だそうで」


 二人の会話を聞き、これ以上は流石にまずいと思ったのか、ようやく和沙がおずおずと車から出る。


「ふふ、まるで借りてきた猫のようですね。初めまして、私は鴻川亜寿美こうがわあずみと言います。お母さん、と呼んでもいいんですよ?」


 夫人、と言うよりもその振る舞いは令嬢に近い。精神的に若い人物なのだろう。


「お母さま、あまり困らせないであげてください。初めまして、私は長女の鴻川鈴音こうがわすずねです。戸籍上では妹、ということになります。よろしくお願いしますね、兄さん」


 亜寿美をたしなめた少女、鈴音が花が咲いたような笑みを浮かべる。

 兄、と呼ばれた事に少し眉を顰める和沙。だが、その表情はすぐに元の若干不安を残したようなものに変わる。


「あぁ、うん。俺の名前は和沙、です。よろしく、えっと……、亜寿美さんと鈴音さん?」

「お母さん、でいいんですよ?」

「鈴音、で結構です、兄さん」


 それぞれから訂正を受けるも、苦笑いで返す和沙。自己紹介が終わったところで、新しい母と妹に促されながら、屋敷の中へと向かう。

 やはりというか、屋敷の中も洋風の内装で統一されており、インテリアとして置かれているツボや調度品に至っては、一目では価値が到底分かりそうもない物ばかりだ。

 階段を登り、二階へと上がる。流石に中世の宮殿ほどではないが、一般的な邸宅としては相当広い廊下を母、和佐、妹の横一列に並び、後ろから宗久がついてくる形で歩いている。やがてたどり着いた一つの扉の前で亜寿美が口を開く。


「こちらが和沙さんの部屋ですよ。必要な物は既に揃っていると思いますけど、もし何か入用なら、近くにいる使用人か、そこの奥沢にでも頼んでください」

「あ、はい」


 未だに固い表情を見せる和沙を見かねたのか、鈴音が彼の手を取る。


「では兄さん。お部屋の案内は済ませましたので、次はお屋敷の案内をします。奥沢さん、兄さんの荷物をよろしくお願いします」

「承知致しました」

「え、ちょ……!」


 勢いよく引かれた手に振り回され、つんのめりながらなんとかついていく。


「あらあら、あの子ったら、あんなにはしゃいじゃって」


 亜寿美が微笑みながらそんなことを口にするも、既に二人は見えなくなっていた。



「で、ここが調理場、ですね。私はあまり料理などはしませんので、ここに入ることは稀ですね」

「こういう家だとそういった教育を受けたりはしないのか?」

「こういう家だからこそ、です。万事に精通するのは素晴らしい事ですが、その道の一流がいるのであれば、その人に任せればいい、というのがこの家の考え方です」

「なるほど……」


 当初は緊張しきっていた和沙だったが、鈴音に振り回されていくうちに慣れたのか、今はもう鈴音に対して普通に接することが出来ている。また、鈴音自身もお嬢様然とした見た目とは異なり、和佐に対して遠慮などは見られず、容赦なしに距離を詰めていっている。

 少なくとも、歓迎自体はされているようだ。


「以上が屋敷内の全てです。外は外で、色んな施設がありますので、そちらも後程案内しますね」

「いやまぁ、全部紹介してもらう必要は無いと思うけど……。機会があったら頼むよ」


 流石に和沙の目には疲労が見える。無理もない。ただでさえ入院生活で体力が落ちている状態なうえ、これから暮らすとはいえ、初めての場所を引きずり回されたのだ。疲れない方がおかしいだろう。


「もしかして、お疲れですか……? でしたら、すみません。一人っ子だったもので、兄さんが出来ると聞いてから楽しみで楽しみで。ついはしゃいでしまいました」

「あぁ、いや、入院生活だったからちょっと、体力が、ね」


 少し落ち込んだ様子を見せる鈴音。慌ててフォローを入れると、待ってましたとばかりに表情を一転し、笑顔を向ける。

 母親は少し緩やかな性格だったが、どうやら娘の方は少しばかりしたたかなようだ。


「お嬢様」


 鈴音が次に何をしようかと悩んでいると、背後から彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「選考の件で、支部よりご足労願いたいとのことです」

「そうですか……、残念ですね。それでは兄さん、私は所用が出来ましたので、今日はここまでです。ごめんなさい、もっと一緒にいたかったのですが……」

「大事な用事だろ? じゃあ、仕方がないさ。行ってらっしゃい」

「! はい! 行ってきます!」


 嬉しかったのだろうか。隠しきれない笑みを浮かべながら、小走りで去る鈴音。使用人も和沙に一礼をすると、彼女の後を追っていく。その様子を眺めながら、和佐は小さくため息を吐く。


「お疲れですか?」

「うぉわ!?」


 背後からかけられた声に驚き、その場から飛び退く。その様子を、声をかけた本人である宗久は微笑ましそうに見ていた。


「そこまで驚かれますか」


 完全に一人になったと思い油断したのだろう。苦虫を噛んでいるような表情をしながら和沙は答える。


「そりゃまぁ、油断してましたからねぇ……」

「油断が出来るほど、この家に慣れた、ということですね。それは喜ばしい事です」


 そう言いながらも、宗久の表情は変わらない。喜んでいるのか、それとも面白がっているのかよく分からない御仁だ。


「それはともかくとして、お疲れになったのであれば、自室でお休みになられてはいかがですか?」

「そうしようかとも思ったんですけどねぇ……」


 その場をぐるりと見渡す。今日来たばかりの和沙にとって、どこを見ても同じような扉ばかりで、今自分がどこにいるのかが分からないといった感じだ。


「ご自宅で早速迷子ですか。しかし、この広さでは仕方がないでしょう。一応、この街で一番大きな邸宅となりますから」

「そういうことです。なので、案内を……ですね……」

「ふふふ……、承知いたしました。では、こちらです、お坊ちゃま」

「ぐ……、その呼び方は何とかなりませんかね?」

「さて、どういたしましょうか」


 相も変わらず笑みを崩さない宗久。だが、その笑いは今では不敵なものに変わっていた。

 部屋に二度目の案内をされ、ようやく一心地ついた和沙は改めて自身の部屋を見回す。明らかに同年代の少年少女達があてがわれているであろう部屋の間取りを遥かに超えた大きさの自室。だが、現状あるものと言えば勉強机に本棚、ベッド位だ。運んでもらった荷物はというと、ベッドの足元に置いてあるボストンバッグ一つ。更に言うと、本来の和沙の荷物は首から下げている洸珠のみだ。


「なんていうか、ビジネスホテルみたいだな……」


 ふと、部屋の現状を見て呟いたが、そこで一つの疑問が湧く。何故、記憶の無い自分がビジネスホテルの内装を知っているのか。何かを思い出そうとするも、結局たまたま頭に浮かんできた言葉がそれだったのか、すぐに諦めてベッドの上に寝っ転がった。


「分からないことだらけなのに、これからどうすりゃいいんだよ……」


 完全に疲労しきって出た言葉は、そのまま誰もいない空間に飲まれていった。




「和沙様、和佐様」


 自室にて、疲労で完全に寝落ちていた和沙は、使用人の女性の声で目を覚ます。


「食事が準備できましたので、一階に降りてきていただけますか?」

「ふぁい……」


 想像以上に疲労が溜まっていたのか、どうやらかなり熟睡していたようだ。半開きになった目を擦り、ふらつきながら部屋を出る。

 鈴音に振り回されていた時はまだ日が高かったが、今はもう夜の蚊帳が降りている。こんな時間でも、屋敷の中は比較的明るい。

 使用人の後ろをついていき、一階に降りていくとダイニングルームに通される。そこには、亜寿美、鈴音、そして時彦が揃っていた。


「寝起きかな? 随分と疲れた顔をしているな」

「色々あった……わけじゃないけど、それなりに密度が高い一日でしたので」


 使用人に引かれた椅子に座るように促されたため、そこに腰を下ろす。そして食事が運ばれてくる。


「さて、屋敷を一通り見たようだが、上手く馴染めそうかな?」

「とりあえず、迷子にならないようには努力します」

「なったのか! あっはっは、広いのは分かっているが、まさかそこで迷う者がいようとはな!」


 時彦が笑っているのを目の端で捉えながら、和佐は慣れないフォークとナイフに苦戦していた。


「これはこれは……、どうやら食事のマナーも教育しないといけないかもしれませんねぇ」


 和佐の手元を眺めながら微笑む亜寿美。その横に座っている鈴音がフォローを入れる。


「これまでは和食しか食べたことがなかったのかもしれませんよ。それなら、これからじっくりと覚えていっていただければいいことです」


 三人は食事をするのにも手一杯な和沙を微笑ましそうに見つめながら、夕食の時間を過ごしていく。

 あらかた片付け終わったところで、時彦が思い出したかのように口を開いた。


「そういえば、今は春休みなんだが、それが明ければ和沙には学校に行ってもらう事になる」

「学校??」

「そう、学校だ。渡した資料に無かったかね? この春から市立佐曇第一学園に転入、という扱いになる。君の正確な年齢が分からなかったから、一応は高等部一年生への転入となるが……、大丈夫か?」

「どうなんでしょう……」


 記憶と知識は違うとはいえ、どこまで学習したかを覚えていない以上同じようなものだ。


「一応、学園の方から課題を預かってきているので、後々これをやるといい。分かる範囲でいいのだぞ?」

「課題、課題かぁ……」


 助けを求めるように鈴音に視線を向ける。が、当の本人は口の前で人差し指を使い小さなバツを作る。


「申し訳ありません。私はこの春から中等部の二年生になるんです。高等部の勉強はまだ無理ですね」

「中等……、え、嘘でしょ? せいぜい一歳くらいしか変わらないと思ってた……」

「中学生にしては随分大人びている、というのはよく言われます。なんにしろ、学年が下になる私に兄さんの課題をお手伝いするのは難しいかと……」


 唯一の頼みの綱が切れた事で、その場で肩を落とす和沙。一人で頑張るように時彦に言われ、気の無い返事をしたところで、夕食が終わった。




「で、どうだ?」


 和佐が席を立ち、鈴音と亜寿美と共にダイニングルームから出ていったところで、時彦は傍らに控えていた宗久に問いかける。


「和沙様の体調ですか? 見た限りでは健康そうに見えますが……」


 そう言いながら宗久の目が写したのは、和佐の食事が盛られていた皿だ。皿の大きさは一般的なものよりも少し大きいが、盛られていた量はかなり少ない。いくつかの品目があるとはいえ、総合で見てもあの年頃の男子とは思えないほど少食だった。

 病み上がり、と言ってしまえばそれまでだが、思い当たる節が時彦にはあった。


「複数の外傷だけではなく、内臓にもところどころにダメージを負っている、か……」


 医者が言うには、主に消化器系へのダメージが大きいとのこと。持病かとも思われたが、その原因となるものが見つからなかった。

 結果、病気ではなく、外的要因によるダメージと判断された。


「記憶を失う前は、一体何をやっていたのやら……」

「しばらくは様子を見るしかないかと」

「そうしてくれ。これからあの子には少々キツイ日常が待っているからな」


 そう言うと、時彦は三人が出ていった扉を無言で睨みつけた。

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