第25話 ニル先生の、魔法適性ゼロでも分かる魔法教室

 アルヴェラッタ湖を目指し森へと入った俺達。辺り一面は生い茂った木々が並び、異常な静けさと仄暗さが俺達を襲う。森に入ってからしばらく経ったが一向に湖に辿り着かない。歩けど歩けど目の前に映るのは木、木、木。さっきから同じところをグルグル回っているような気がしてならない。


「うーん。妙ですねぇ。魔法の反応はないようですねぇ」


 ニルは両手の手のひらを前に突き出して何かを探るようにウロウロと歩き回っている。その手は淡い光に包まれていた。

 一方、コルトは木の根元に腰かけ背を向けて木にもたれかかり、すうすうと寝息を立てている。こんな森の中で呑気に眠れるなんて、こいつは危機管理がなっていないのか?


「やっぱり何も感じないです」


 一通り歩き回ったニルは俺達のところへ戻ってきた。

 何を探っていたのかは分からないけれど、浮かない表情を見るに何もなかったんだろう。


「なあ、湖ってそんな遠い所にあるのか? 森に入ってから2時間くらい経った気がするけど全然湖なんて見えてこないし、そもそも同じ場所をグルグル回っている気がするんだけど」

「そこなんですよね。ボクの魔法検知にも引っかからないので魔法自体がこの森に仕掛けられている可能性はゼロと言えるですが、何かしらの仕掛けが施されているのは間違いないかと思うです」

「魔法検知? そんな事も出来るのか!」

「まあ、ボクは肉体的な戦闘能力は少々劣るですけど魔法に関しては結構勉強しているですから。全属性の魔法適性を所持しているです」

「全属性!? 属性っていくつあるんだ?」

「えっと……火、水、雷、風、氷、光、闇、天、地……全部で九つですね」

「九つだって!? バリエーション豊富だな」


 普通、魔法属性ってゲームやアニメでもそれぞれ違うけど九つも属性が存在する魔法なんて聞いた事がない。俺がまだ知らないだけで存在するのかもしれないけれど、実物を聞いたのは初めてだ。


「そうですね。なのでどの属性に精通しているかを知れればそれだけ勉強して魔法を習得出来るですが、ボクの場合、全属性扱えるのでそれなりにたくさん勉強しないといけないですよ。ここまで来るのにかなりの時間を掛けたです」

「勉強熱心なんだな。俺もそれだけ打ち込める何かがあれば良かったんだけど……。そうだ。試しに何か見せてくれないか?」

「えー! 魔法を使うにも魔力を消費するですよ? まあ、嫌だとは言わないですが」


 困った表情を浮かべながら頬を指でポリポリと掻き、俺から目を逸らして頬を赤らめるニル。


「本当か!? てっきり断られるかと思ったんだけど」

「大丈夫ですよ。ここで多少魔法を使ったとしても心配はないです。そうですね。どうせならここはセイジさんのために、魔法の授業をしてあげるですよ」

「うげっ……俺、勉強は苦手なんだよ」

「大丈夫ですよ。セイジさんはどっちにしても魔法は使えないみたいですからただボクの話を聞いてくれるだけで良いです」

「そ、そっか。それなら……」


 俺はその場で正座の体勢をとり背筋を伸ばして姿勢を整える。ニルを真っ直ぐに見据えて自分の額に手を当て敬礼の仕草をやってみせた。


「ご教授願います、ニル先生」

「うんうん。しっかり聞くですよ!」


 その言葉ですっかり上機嫌になったのか、ニルは人差し指を立てて誇らしげに胸を張っている。

 ニルっておだてられるとチョロいタイプかな?


「コホン。えー、さっきも言った通り、この世界には九つの魔法が存在しているです。それは魔法適性や魔力量によって使える魔法属性や限界も違ってくるです。セイジさんは魔法を使えないって事ですから、多分魔力量もほとんど無いんじゃないかなって思うですよ」

「その……魔力量っていうのはなんなんだ? むやみに強い魔法を使おうとすると魔力切れを起こすのどうのと説明は受けているけど、さっぱりなんだよ」

「良い質問ですね。魔力量っていうのはその人が使える魔法……つまり消費できる魔力の量の事です。ボクやコルトさんにも魔力量は存在するですが……えっと、その大きさ? が違うですよ。簡単に言えば、器の違いですね」


 ニルは顎に手を当てて考えながら言葉を紡ぐ。俺に気を遣って分かりやすく教えようとしているんだろう。実際凄く分かりやすいから助かっているんだけど。


「例えば、ガラスのコップに水を入れるとするです。ガラスのコップが魔力量、水が魔力とすると……コップには容量があるですから、コップの大きさ以上の水を入れる事は出来ないです。容量を超えると水はそのコップから溢れ出してしまうように、自分の魔力量以上の魔力を蓄えたところで意味はないですが、鍛える事で魔力量を増幅する事は出来るです。魔法やスキルを使う事で魔力が消費され、魔力量が限界値を超えると魔力切れを起こして身動きが取れなくなるです」

「じゃあ、そのガラスのコップが空になる状態っていうのが魔力切れの状態って事なのか。魔力を補給するには食べる以外にないのか?」

「まあ、手っ取り早い方法は魔力を含んでいるものを口にする事ですけど……睡眠も魔力を補給するためには必要ですね。補給できる魔力の量は桁違いですが。魔力切れを起こしたら少し睡眠をとって、体が動かせる程度に魔力が回復すれば食事するっていうのが基本的な補給方法ですね」


 つまりは、魔力量のない俺はいくら食事をしても魔力は垂れ流しの状態って訳か。それにそもそもの魔力を有してないから魔力切れになる事もない。魔法を使えない分、魔力切れで悩まされる事はないのは確かに便利なんだろうけど、どうせなら魔法の一つは使ってみたかったよな。


「魔法を使うにあたっての基本的な知識はこんな感じですね。次に魔法についてです」


 ニルはそう言って手のひらを上に向けて息を整える。すると、ニルの手のひらの中にパチンコ玉ほどの大きさの九つの色の光の球が出現した。それは横一列に綺麗に整列している。右から赤、青、黄、緑、水色、白、紫、黒、茶色の色をしていた。


「九つの属性魔法は先ほども言ったように、火、水、雷、風、氷、光、闇、天、地で構成されているです。魔法には大きく分けて攻撃型魔法と支援型魔法、状況改変型魔法と状況解析型魔法というのがあるです。詳しいところまで説明していると何百という魔法を見せなきゃならなくなるですが……じゃあ、ここで問題です! 昨日、コルトさんがセイジさんに仕掛けていた通信魔法はどれに該当するでしょうか?」

「えぇ!? 急に問題出すのか? ええっと……」


 あれは確か魔法を仕掛けた相手の居場所や置かれている状況を自分の目で見るように把握したり、あの光の球を通じて電話みたいに会話が出来たりするものだしな。四つのカテゴリーで言うなら……。


「状況解析型魔法……かな?」


 俺は考えた末に自信なく答えた。

 魔法に対しては知識はないけど、選択肢を消していけば多分これしかないだろう。


「……」


 ニルは俺の答えを聞いて真面目な顔で俺を見つめている。

 何か、ただの問題なのにかなり緊張感があるな。


「……正解です。良く出来たです!」


 ニルはそう言って満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに手を叩いていた。

 その反応に安堵の溜息を吐く。別に何かを貰える訳でもないのに……かなり嬉しいな。


「ちなみにボクがさっき使っていた魔法検知も状況解析型魔法です。じゃあ、気を取り直して火属性魔法から!」


 ニルは嬉しそうに声を張り上げて再び両手の手のひらを合わせる。ニルが一息入れると、その手のひらの間にはソフトボールほどの小さな火の玉が出現した。その火の玉をニルは左手に移す。左の手のひらの上をゆらゆらと揺れながら浮かぶ火の玉。生で火属性の魔法を見たのは二度目だけど、やっぱり火は格好いいよな。


「火属性魔法は火を出す事はもちろんですが、熱耐性の魔法や活力向上の魔法を使えたりするです。中でも熱耐性魔法であるプロテクトフレイムスキンはいわゆる支援魔法で、自分や自分以外の相手に発動すると、一日中素っ裸で極寒の地にいても体温が一定に保たれる優れものですよ」


 ニルはそこまで言うと蚊でも叩き潰すようにパンッと勢いよく手を叩き、手の中にあった火の玉を消滅させる。次に手を離すと手のひらの中にはまたもやソフトボールほどに固められた水が出現した。ふわふわと宙に浮きながら波打っているように見える。


「水属性魔法も水を出す攻撃型魔法があります。他には火属性魔法同様に熱耐性魔法、後は錯乱や興奮状態にある相手を冷静にさせる魔法や泳ぎを上手くする魔法、水中呼吸の魔法もあるですよ。中でも水中呼吸はかなり便利ですね」

「確かに……水中呼吸の魔法は魅力的だな。泳げない俺にとっては泳ぎが上手くなる魔法も魅力的なんだけど」

「え……泳げないですか?」

「そ、それは……い、今は関係ないだろ」

「自分で言ったじゃないですか。まあ、良いですけど」


 ニルは苦笑いを浮かべながら再び勢いよく手を合わせる。再び両手を開くと、手の間にはバチバチと火花を散らすように静電気が発生していた。


「雷属性魔法にも攻撃型魔法があるです。他には鉄を含んでいる岩なら破壊したり持ち上げたりできるですし、砂鉄を駆使して身を守ったり武器にしたり出来るです。雷属性の適性がある方は同じ属性に対して効力を無効化できるので、万が一戦いになった時に相手が雷属性の魔法使役者だとお互いかなり不利ですね」


 なんだか、この魔法に関しては強烈なデジャヴを感じるんだが……何だったっけな?


「じゃあ、次ですね」


 ニルが次に発動させたのは風魔法のようだ。手のひらの間には小さな竜巻のようなものが不規則に動いている。


「これは風魔法です。風魔法は風を起こすだけじゃなく、空気を圧縮して飛ばす事で丸太くらいなら軽々しく切断してしまう魔法もあるです。他にはさっき使った疾風脚のように速度向上の魔法だったり、高く飛び跳ねたり落下速度を抑えたりできるですよ。水属性魔法と似ているですが風属性魔法には相手をリラックスさせたり眠らせたりする魔法もあるですね」 


 こうしてニルは次々に丁寧に説明していく。ニルの魔法の説明は分かりやすく、ニルの語る魔法はどれも魅力的なものばかりだ。魔法は攻撃型魔法、支援型魔法とそれぞれ汎用性の高い魔法ばかりだったが天属性魔法はどこか違っていた。


「天属性の魔法は状況改変型魔法だけしかないです。また、特に膨大な魔力を必要とする魔法です。この魔法には天候の改変が簡単に出来てしまう天候操作フェザーピュートという魔法があるです。それは使い方次第で一年中雪を降らせる事も可能です。また、日照り状態や大雨を振らせることも出来るです。ボクはあまり好きじゃないですね」

「それじゃ意図的に自然災害を引き起こす事も出来るって事じゃないか! でも、状況によっては必要になるかもな」

「え?」

「いや、雨が長い間降らなくて作物が育たないって時に農地に雨を降らせる事が出来るじゃないか」


 俺の何気ない一言を聞いて口を小さく開けたままポカンとした表情をしているニル。

 あれ? 俺何か変な事言った? まあ、水属性魔法があるから、わざわざ膨大な魔力を使ってまで雨を降らせなくても良いんだろうけど。


「なるほど、セイジさんは枯れた農地に雨を降らせるタイプの人ですか」

「何だよ、その意味深な言い方。好印象なのか?」

「さて、どっちでしょう?」


 ニルはそう言って無邪気に白い歯を見せながら笑う。

 まあ、こんな反応見せるんだから少なくとも悪い印象ではないんだろうな。

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