第19話 報酬

 その後、ニルは用事があるとかで先に街へ帰ってしまったので俺は一人で街へ戻ってきた。コルトとも合流してそのまま耳の換金とクエスト完了の報告を行うためにギルドへと立ち寄る。窓口のお姉さんにオルクスの耳が入った麻袋を渡すと、そのまま躊躇いもせず血濡れた麻袋を受け取って口を開き、中に入っている耳の数を数えだした。本当、慣れって怖いよな。全く動揺しないお姉さんが逆に怖い。


「はい。確かにオルクスの耳を受け取りました。オルクスの耳が10個ありますので合計で25万エメルですね。それとスキルコインを5枚差し上げます。あと、こちらも差し上げますね」

「あっ、それと……オルクスの死体と身に付けていた防具があるんですが、ここまで運ぶ事が出来なくて」

「はい。かしこまりました。すぐに回収係を向かわせいますね。その報酬については後日お渡しいたします」


 お姉さんはそう言うと、カルトンの上に報酬分の金貨と水色の硬貨、それと小瓶に入った水色の液体を差し出した。


「何だこれ?」


 俺は怪訝に思いながら小瓶を手に取る。小瓶を傾けてみると粘稠度の高いのかビンの中をゆっくりと動いていた。ローションのようだけど……なんかキラキラした粒のようなものが入っているみたいだ。何に使うんだ?

 

「それはケリアル。傷薬だよ」

「傷薬……ポーションみたいなものか。飲むのか?」

「……飲んでみろよ」


 コルトは俺をじっと見つめたまましばらく黙っていると唸るような声で吐き捨てるように言った。多分、この反応だと飲み薬ではないんだろうな。


「まさか……塗り薬?」

「ああ。初めて見たぞ、ケリアルを飲み薬だなんて勘違いしたバカは」

「治癒魔法とか使えば良いんじゃないのか?」

「この薬があればある程度の傷なら瞬時に回復させる事が出来るんだ。治癒魔法なんて魔力の消費が激しい上に習得の難しい魔法、今の時代にそんなの扱っている奴はいないぞ」

「そうなのか? でも、存在しているっていうのは事実なんだろう?」

「魔法自体はあるにはあるんだがな。今では使用も禁止されているし、第一、治癒魔法を習得するための書物は全てこの世界から抹消されているし治癒魔法に関係している職業も廃止になっている。まあ、そんなものなくても薬があるから別に困る事はないけど」

 

 コルトはそう言いながらもう一本のケリアルを手に取るとポケットに突っ込んだ。そのままコルトはギルドから立ち去ろうとする。まあ、治癒魔法があったところで俺が扱えるわけがないからどっちにしても意味はないんだけど。薬があるならそっちの方が楽だよな。


「って、おいおい。報酬はどうするんだよ」

「お前が管理しておけ」


 えぇ……。


 ※※※※


「そういえばお前。あのニルって子の話なんだが……」


 ギルドで報酬を受け取った後、俺とコルトは飲食店へ立ち寄った。メニュー表は相変わらず読めないので注文したことのあるホワイトシチューを注文し、それが届くまで報酬の金額が合っているか数えているとコルトは神妙な面持ちで問い掛けてきた。


「ん? あの子がどうかしたのか?」

「お前はあの子を見て……何か感じなかったか?」

「何かって? 可愛いとかスタイルが良いとかそれ以外にって事か?」

「そうだな。強いて言うなら、胸を刺すような違和感を感じたとか」

「いいや? 全然。何も感じなかったけど」

「……感受性が低いのか」


 俺が答えるとコルトは顎に手を当てて考え込むように視線を落としてボソボソと呟いた。



「お前、魔波耐性はどれくらいなんだ?」

「え? 魔波? えっと、確か……そういえば、測定不能とか言われた気が」


 マダールの話では、かなり珍しいという話だったが……戦闘には何の役にも立たないらしいし、そんなに気にする事じゃないだろうけど。


「…………」


 俺の返答を聞いてコルトは俺を見つめたまま無表情で口をあんぐりと開けて固まっていた。


「……え? コルト? もしもーし」

「お前、今なんて言った?」


 コルトは声のトーンを落として神妙な面持ちで聞いてくる。


「いや……だから魔波耐性は測定不能って言われたんだって。と言うか、魔波って何だよ」


 魔波についてマダールからも窓口の人からも聞かされなかったし、結局何なのか分かんなかったんだよな。

コルトは再び口を開けたまま硬直して、我に返ったかと思うと呆れたようにため息を吐いて頭を抱えた。


「もう頭が痛いぞ。ここまで無能だとは思わなかった」

「え? 何か変な事を言ったか? 言われたままの事を言ったんだけど」


 コルトは何とも気怠そうな表情をして俺を指さす。うわっ、凄く面倒臭そうな表情だ。


「あのな。魔波って言うのは魔族や魔物が放っている波動の一種なんだよ。私達にも同じように魔波はあるが質が違うんだ。その違いを感じ取ったり自分より強い魔波を感じた時、それに耐えられるだけの力があるかどうかっていうのが冒険者としての最低条件だぞ。魔波耐性が測定不能って事はそれがバカみたいにデカすぎて感じ取るこそすらできないのか……? そう言えば……お前には欠片ほどの魔波も感じないな」


 啖呵を切ったように声を上げるコルトは途中で急に冷静になり、難しい顔をしながら俺をまじまじと見つめていた。


「私は他の奴より魔波の感受性が高いんだ。だから大抵の弱い魔波でも感じ取る事が出来るんだが……まあ、お前の魔波についてはどうでも良い。問題なのはあの子だ」

「問題って? ニルから魔波を感じたって事なのか? 何かおかしい事でもあるのか?」


 別に感じ取ったからと言って何かが起こるって訳じゃなさそうだし、コルトがそこまで言う理由がよく分からない。人の皮を被った魔物じゃあるまいし、そんな問題視するほどの事じゃないと思うけど。


「お前……本当に何も知らないのか?」

「……? 何をだよ」


 俺が首を傾げて答えるとコルトは俺を見つめたまま黙り込んでしまった。


「お待たせしました。ご注文の品でございます」


 その間にウエイトレスのお姉さんが注文した料理を運んできてくれる。

 ウエイトレスのお姉さんが俺達のテーブルから離れた後で、コルトは思い切りテーブルに頭を叩き付けた。


「えっ!? どうしたんだよ!」

「とてつもなくアホな事を言われたから悪い夢かと思ったんだが。どうやら現実だったようだ」


 コルトは頭を押さえて気怠げにため息を吐く。幸い出血はしていないようだけれど額が真っ赤になっているな。


「一つ聞くけれど、お前はどうして冒険者になったんだ?」

「いやな。俺も正直、冒険者は諦めて街でバイトでも始めようかって考えてはいたんだけど、そんな時にコルトから声を掛けられたものだからな。そんなこんなで流されて――」

「――ああ。分かった分かったもういい」


 コルトは俺の言葉を遮って一人納得したように再び気怠に溜息を吐く。


「じゃあ、この世界に魔王と言う存在がいる事は知っているか?」

「へえ、そんな人がいるのか。知らなかったな」


 まあ、異世界って言うだけあってそういう人もいるんじゃないのかなとは思っていたけれど。


「そこからかよ。お前一体どこから来たんだよ」


 コルトは視線を落として声が出るほどのため息を吐く。ここに来てから結構な回数のため息を吐かれた。目茶苦茶呆れられてるな、俺。


「ああもう、仕方ない。一から説明してやるからよく聞いておけよ」


 コルトは注文したホワイトシチューを一口啜ると呆れたようにため息を吐いて口を開いた。

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