第18話 トレジャーハンター、ニル

「とりあえず、洞窟の外には出られたな」

「で、でも……まだ追ってくるですよ!」


 洞窟から抜け出した俺と女の子は少し離れたところでオルクス達の出方を窺った。数分後にオルクス達は洞窟から姿を現す。チラチラと辺りを見回して俺達を発見すると脇目も振らずに駆け出した。走るスピードも格段に違う! 洞窟の中じゃ体格のせいで動きづらかったのか!


「コルト、寝てねえで起きろよコルト! おい!」


 俺は焦りと怒り交じりにコルトに向かって叫ぶ。これで返事がなかったらかなりまずい。俺じゃ5体ものオルクスを対処出来ない。この女の子も装備品は毟り取られているだろうし、リュックの中身は気になるけれど。


「おお。やけに賑やかな声だな。どうした?」


 そう考えているうちに球体から気の抜けたコルトの声が聞こえた。声を聞いただけで分かる、こいつは絶対今まで昼寝していたな。


「コルト、今まで眠っていなかったか?」

「まさか、私はそこまで非情じゃない。ふわあああ」

欠伸あくびしてるじゃねえか! まあ、今はどうでも良い。オルクスを5体引き連れている。そろそろ森から出るから、コルトも準備しておいてくれ」

「ああ。問題はない。もう準備は出来ている」

「じゃあ頼んだぞ。あんな棍棒で殴られるのはごめんだからな」


 コルトとの会話を終えたところで俺達は森から脱出した。ある程度入り口から離れたところでコルトのいる位置を確認するため周りを見回す。


「見張り台の上だ」


 球体からコルトの声がして俺は街の見張り台の上へ目を向ける。この距離からじゃ誰かがいる程度にしか見えなかったけれど、こちらに向かって手を振っているところを見るにコルトだろう。

 しばらくして5体のオルクスは森から姿を現し俺達に迫って来た。太い足を踏み鳴らしながら巨大な木製の棍棒を振り上げ攻撃を仕掛けてくる。直後、一発の銃声が鳴り響くとともにオルクスの内の一体は頭を撃ち抜かれて地面に突っ伏した。仲間の倒れた姿を見て残りのオルクス達は攻撃を仕掛けた相手を探すように辺りを見回している。その隙をついてコルトは残りのオルクス達も次々と銃弾で頭を撃ち抜いていった。確実かつ正確なヘッドショット、それも1体をたった1発で……。



「いやあああああ! オルクスが撃たれたです!」



 女の子はオルクス達の遺体を見て悲鳴を上げていた。とりあえず今回の討伐はこれで終了って訳か……。こんなの昨日よりもずっとハードじゃないか。強い奴に良いように使われただけって気がするんだが。文句を言っても始まらないな。


「それじゃ、後は装備品と耳の回収よろしくな」

「は? 耳? 耳って何だよ?」


 俺が質問するよりも前に球体は弾けるように消滅してしまう。装備品と耳の回収って言ってたけれど、まさかこのオルクスの耳の回収をしろって事じゃないよな? マガリイノシシの牙みたいに素材って事か?


「なあ、一つ聞きたいんだけど。こいつの耳ってその……素材なのか?」


 これ以上はコルトに聞こうにも聞けないので俺はたまたま一緒に逃げてきた女の子に聞いてみた。女の子は驚いたように目を見開いて俺を見つめている。出たよ……そんな事も知らないのかって言いたげな表情。はいはい、無知で済みませんね。


「え? は、はい。オルクスの耳は凄く貴重な物で、薬の素材として使われているです。なんせオルクス自体そんなにいない魔物ですし、1体につき2つしか回収できないですから」

「そうなのか? それだけ聞くとかなり高値で買い取ってくれるみたいだな」

「そうですね。2つで5万エメルはくれるですよ」

「何!? この耳2つで5万エメルだと!? そりゃ確かに高価だ」

「待ってくださいです」


 俺は鞘から剣を引き抜き耳を回収しようとする。が、呼び止められ俺は女の子の方へ振り向いた。女の子は背負っているリュックを下ろし、リュックの口を開く。中には小さめのピッケルやハンマー、瓶にぎっしりと詰まったクッキーと何かが入っているのか複数の麻袋が入っていた。女の子はその中から小さなナイフとローブを取り出す。灰色の無地のローブを身に付けて肌を隠し、小さなナイフを使ってオルクスの耳の器用に回収していた。うわっ……こりゃあんまり見ない方がよさそうだ。


「そんな刀身の長い剣じゃ上手く斬れないですよ。それに耳は綺麗に回収しないと価値が下がるですから」

「そうなのか? まあ……何と言うか、ありがとう」


 確かにこの刀じゃ切れ味はあっても細かな作業をするには不向きだ。コルトの持っているナイフなら耳を無駄に傷付けずに回収できるはずだ。俺も素材回収用に持っておきたいけれど、あれも多分……装備出来ないんだろうな。この子がいてくれて良かった。

 俺は耳の回収を諦め装備品の回収に取り掛かる事にした。金属製の防具は価値がありそうな気もするが、オルクス特製の木製防具はあまり価値がありそうには思えない。ゲームでも木製の装備は割と初期装備だし、売っても千エメルにもなりそうにない気がするけれど。これ以上、無知だと悟られるのも色々と耐えられないから黙っていよう。

 オルクスの装備品回収に奮闘しながらも5体のオルクスが身に付けていた装備品を全て回収し終わった。耳の回収を終えた女の子も途中で手伝ってくれたおかげだけど。回収した装備品は街まで持ち帰るのも重すぎて不可能なので、一旦この場に置いておいて後でギルドへ立ち寄って回収してもらうよう申請する事になった。


「でも、その間に他の冒険者に横取りされたりしないのか?」

「何言ってるですか。こんなものどうやっても冒険者の力じゃ運べないですよ。荷車を借りるかしないとダメですから」

「確かにそうなんだけど……ちょっと心配だったってだけだよ」

「心配性ですね。でも、心配いらないですよ。ほら、オルクスの耳です」


 そう言うと女の子は手に持っていた麻袋を俺に差し出した。血に濡れたその麻袋の中には回収したオルクスの耳が入っている。うわあ……生々しい。こんなものをどうやって薬にするんだ? 大釜に入れてぐつぐつと煮込む感じか? 飲み薬でない事だけを祈りたい。


「そう言えば、そのリュックにピッケルとかハンマーとか入ってたけど、何に使うんだ? 採掘でもするのか?」

「ああ。まあ似たようなものですけど、ボクはトレジャーハンターですよ。採掘もするですがメインはお金になる物を収集する事ですね。たまに財宝の収集を頼まれる事もあるですよ」

「トレジャーハンター!? そんな職業があるのか? しかも頼まれる事もあるってそれなりに功績は良い方って事なんだろ?」

「ま、まあ……良いか悪いかって言われると……悪くなくはないって感じですけど」


 女の子は顔を引きつらせて苦笑いを浮かべながら自信なさげに答えた。ただ謙虚なのか本心なのかは分からないけれど、この反応を見るに多分後者なんだろうな。


「今日も財宝収集の依頼を受けてオルクスの住処に入ったですが返り討ちにあってしまって……今に至るって感じですね」

「ああ……それは災難だったな。それで、目的の物は手に入れられたのか?」


 女の子は俺から目を逸らしてただ静かに首を振った。返り討ちにあって荷ぐるみ剥がされた挙句目的の物は手に入れられず仕舞いっ手事か……尚更災難だな。


「でも、トレジャーハンターか。俺もそれなりに能力があればなれたんだろうけど。なってみたかったな」

「うーん。あんまりオススメはしないですよ? 危険な事も多いですし。それにトレジャーハンターは冒険者稼業とは違うですから」

「え? トレジャーハンターって冒険者の一種じゃないの?」

「はい。商人とかと同じでトレジャーハンターは冒険者稼業とは別種ですよ。財宝目的のクエストなんかはギルドが優先的に回してくれたりするです。依頼者から直接、依頼を受けるトレジャーハンターもいるですがボクは基本的にギルドを仲介してもらっているです」


 まあ、確かにニルの外見を見れば中学生か高校生くらいの雰囲気があるから依頼者から直接依頼を受けるってなれば、相手が男だとそれなりに危険を伴う訳だし……あんなヤクザ痴女メイドがいるくらいだからもっと卑劣な奴だっているかもしれないしな。


「えっと……さっきはごめんなさいです。あの時はちょっと混乱していて訳の分からない事を言ってしまって」

「いやいや、あんなデカいのに襲われたら誰だってああなるだろ。荷ぐるみ剥がされた以外に何かされたわけじゃないんだろ?」

「はい。素っ裸にされた後、隙を見てすぐに逃げ出したので大事には至らなかったです。あのままあそこにいたら……想像しただけで死にたくなるです」


 女の子は青ざめた表情をしながらもを縮めて身震いをする。まあ、想像通りの展開になりそうだけど考えたくはない。俺はそう言うの嫌いだ。逆ならまだ……って何を言ってんだか。


「そう言えば……あなたの名前は何て言うですか?」

「え? 俺はセイジだよ。城木セイジ」


 俺の名前を聞くと女の子は顎に手を当てて少し何かを考えるようなそぶりを見せる。訝し気に眉を顰めて俺の顔をじっと見つめていた。あれ? 何か変な事言ったか? 名前を言ってこんな反応をされたのは初めてだけど……まさか、俺と同じ境遇の子!?


「セイジさんですか。よろしくです! ボクはニル・サージェントと言うです! 今日は本当にありがとうございました」


 ニルと名乗った女の子は無邪気な笑みを浮かべながら俺の手を掴んで指を絡めてくる。そのまま興奮気味に腕を上下に振り出した。それ以上されると肩が外れそうだからやめて欲しい……けど言えない。この笑顔の前でそんな空気の読めない事言えない。というかこの指の絡め方、まるで恋人にするような絡め方だけど……多分、握手のつもりなんだろうな。

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