第12話 別れ

※ ※ ※ ※ ※


「……気持ち悪い」

「……俺もです」


 その後も食事を続けた俺とモニカは食事を終えた後、近くの公園のベンチに座って一休みしていた。食べ過ぎて苦しいという事もあったが、モニカが酒を飲み過ぎてフラフラな状態だったので一先ずはモニカの酔いが醒めるまでという名目で休憩する事にした。しばらくベンチにだらしなく座ってぐったりしていたモニカも徐々に調子を取り戻しつつある。この歳でビルーアをジョッキで十杯も飲んでおいて、この程度で済んでいるんだからかなりお酒には強い体質なんだろうな。


「……久しぶりに、飲みすぎちゃったみたいですね」

「本当ですよ。あんなに飲んじゃ体に毒ですよ」

「えへへ。ついついいつもより飲んじゃいました」


 苦笑いを浮かべながら照れるように頭を掻くモニカ。まあ、日頃から鬱憤が溜まっていて、今日はたまたま俺がいたからお酒も進んでしまったんだろう。いや、俺がいたからというよりは愚痴を話せる相手がいたからって言った方が良いかもな。


「……少しは溜まっていたもの、吐き出せましたか?」

「えっ? …………ふふ。そうですね。何だかもうとるに足らない事って思えるほどに吹っ切れちゃいましたよ。過剰なお節介もアルの愛情があってこそだと思うと、ね」


 俺はそんなモニカを呆れ半分に見据えながら笑ってみせる。俺の言葉に一瞬目を丸くして驚いた表情を見せていたモニカは急に噴き出して静かに笑っていた。その反応が面白くって俺も釣られて笑ってしまう。何でだろう……そんなに笑える話じゃないのに、どうしてこんなに楽しく思えてしまうんだろう。

 分からない。けれど、無性に楽しく思えてしまう。

 俺とモニカは何が可笑しいのかも分からず一頻り笑いあった後、息を整えてそれはようやく治まった。


「そう言えばセイジさんってどこから来たんですか?」


 潤んだ目を擦りながら柔らかな笑みを浮かべて問い掛けてくるモニカ。

 そう言えば、俺がどこから来たなんて事は言ってなかったっけ? 言ったところで分かんないかもしれないけれど、変に怪しまれるのも嫌だな。適当に誤魔化しておくか。


「遠い所から来たんですよ。ここまで来るのに苦労しました」

「良いですね。羨ましいです。アルミィまで来たって事はここまではどうやって来られたんですか?」


 そうか。この街に来るまでは冒険者にはなれないはずだから旅をしてここまで来たなんて言えないよな。これも適当に誤魔化しておくか。


「乗合龍車に乗ってここまで来たんですよ」

「そうなんですか? その割には昼間の討伐で街の外に出た時、乗合龍車の列を物珍しそうに見ていた気がするんですけど……」

「あ、あれは結構並んでいるなーと思って見てただけですよ」


 この子、あんなにはしゃいでいたくせによく俺の事なんて見ていたな。怖い怖い。下手な誤魔化しは通用しなさそうだ。


「良いなあ……セイジさんですら外の世界を見て回れたんですね。私も外の世界に出てみたいですよ」

「でもって……まあ、事実だから反論が出来ないんですけど、もうちょっと言い方を……」

「だって事実ですから」


 そう言ってモニカは口をへの字に曲げて腕を組み、鼻をフンと鳴らして無邪気な笑みを浮かべた。こうして話してみるとやっぱりお嬢様らしくないな。こうやって時々見せる子供っぽさに妙に親近感を感じる。

 

「自分でも分かってはいるんです。領主の娘だから危ない事はさせられないことは。でも、やっぱり私は、お母様が好きだったこの世界を自分の目で見てみたいんです」


 モニカは急に表情を曇らせ、俯きながら口を開いた。お母様って……もしかしてモニカのお母さんって冒険者とかだったんじゃ? だとしたら、冒険者に憧れる気持ちは分かるな。俺の友達も家族に影響されて将来の夢を決めた奴も多いし。


「でも、全然ダメでしたね。マガリイノシシさえ討伐出来ないんじゃ、冒険なんて夢のまた夢ですよ。本当、甘く見過ぎていましたね。えへへ」


 モニカはそこまで言うと顔を上げて頬を指でポリポリと掻きながら無理に笑ってみせた。こうして笑ってはいるけれど、思っていた事と違ってショックを受けているのは確かだろう。俺に出来る事あれば良いけれど、今の俺の能力じゃ、モニカの足手まといにすらなってしまいそうだ。やっぱり、俺には何も出来ないんだろうか?


「さて、私は帰りますね。さすがにそろそろ帰らないと今度は衛兵も出動されてしまいそうですから」

「確かにそうですよね。捜索願とか出されちゃ堪らないですもんね」


 モニカはベンチから立ち上がって一息入れると俺の方を振り返り柔らかな笑みを浮かべた。俺もそんなモニカの笑顔に釣られて笑ってみせる。けれど、俺の心の中では何かがざわついていた。そのざわつきは単純なもので、自分でもよく理解出来て、それでいて言葉にするのがもどかしい。それでも、言葉にしなきゃモニカとの今日一日のこの関係が本当に今日限りになってしまいそうな気がして、胸のざわめきが強くなっていく。


「では……さようなら」


 モニカはそう言って軽くお辞儀をすると踵を返して俺から離れていく。そんな振り向きざまに見せた悲し気な目に俺の心は駆り立てられた。


「あ、あの!」


 俺はベンチから立ち上がり、背を向けたモニカに衝動的に声を掛けた。思いの外、声が出てしまったようでモニカは俺の声に反応して体をビクつかせ、恐る恐る振り返る。けれど、その目は微塵も恐怖を感じていないようで、俺を真っ直ぐに見据えていた。多分、俺の言葉を待ってくれているんだろう。けれど、どうしても次の言葉が出てこない。頭の中では何を言うべきなのかはっきりしているのに恥ずかしくて声に出ないんだ。人と話す事は別に苦手ではないんだけれど、いざ自分の素直な気持ちを伝えるってなると恥ずかしくて仕方がない。それも、それが異性を相手にするってなると尚更だ。告白する訳じゃないのにどうしてこんなに緊張するんだ?


「あ、あの……ええっと、その……えっと」

「…………ふっ、ふふふ」


 緊張して上手く声に出せず、自分でも恥ずかしくなるほど慌てているとモニカが急に噴き出して小さく笑った。そして、少し意地の悪そうな笑みを浮かべながら再び俺を見据える。


「明日も一緒に討伐に行きましょうね」

「ちょっ!? 俺のセリフ!!」

「だって、セイジさん素直に言わないから……セイジさんの心の声を私が代弁してあげたんですよ」


 モニカは俺が何を言いたいのか分かっていたようで、小さな胸を張って威張っていた。やっぱりこのお嬢様、只者じゃないな。


「はいはい。分かりました。完全に俺の負けです」


 俺はその場に項垂れて盛大に溜息を吐いた。

 何というか、男として恥ずかしい。別に強くなくちゃいけない理由は無いんだけれど、何というか、こう、この敗北感が何とも言えない。


「それで? どうすんですか?」

「え?」


 モニカはまだ何か言いたげに俺の方に歩み寄って顔を覗かせる。今のでこの話は終わったんじゃないのか? まだ何か言いたい事でもあるのか?


「一緒に討伐、行きたいんですか? 行きたくないんですか?」


 モニカは首を左右に振りながらさらに俺を追い詰めてきた。

 やばいなこれ。完全にモニカの手の上じゃないか。ああっ、余計に恥ずかしい! けれど、もうここまで来たら答えるしかないだろ。


「一緒に……行きたいです」


 俺はモニカと目を合わせる事が出来ずに視線を逸らして、最後の方は声が小さくなりながらも答えた。こんな恥ずかしい思いをするくらいだったら初めから素直に言っておけばよかった。こっちの方が百倍恥ずかしい。


「素直に言えましたね。偉い偉い」

「ちょっ!? 頭を撫でるのは止めてください!」


 まるで子供をあやすかのようにモニカは俺の頭を撫で始めた。からかうような、それでいてどこか慈愛に満ちた表情をしている。最初こそ気恥ずかしさで嫌だったが、そんなモニカの表情を見ていると何故かそのまま身を預けたいと思えきて、俺はされるがままに頭を撫でられた。


「じゃあ、改めてさようなら」


 モニカは満足げに微笑むと、すっと踵を返して俺から離れていった。だが、少し離れたところで何かに気付いたのか俺の方へ振り向き照れ臭そうに頬を指でポリポリと掻く。何かを言いたげに口をもごもごとさせている姿に俺は首を傾げた。


「さようなら……じゃないですね」


 俺に歩み寄ったモニカは照れ臭そうにしながらも俺を真っ直ぐに見据えて右手を差し出す。


「明日もまた、この公園で会いましょう」

「はい。また明日です」


 俺は差し出された右手を握り、モニカと握手を交わす。その後、満足げな表情を浮かべたモニカは静かに一礼した後、俺に向かって大きく手を振りながら駆け出した。徐々に遠ざかっていくモニカの姿を眺め、見えなくなったところで俺は一息吐く。そのまま糸の切れた人形のようにベンチに座り込んだ。

 俺は腰のベルトループに結び付けておいた財布の口を開き、中身を確認した。金銀銅の三種類の硬貨が入っており、全部で二万五千エメル入っている。あの後、街に持ち帰ったマガリイノシシをギルドへ届けると二万五千エメルに換金してもらえた。

 実際、マガリイノシシを倒したのは俺達ではなかったがマガリイノシシを倒した本人が姿を現さなかったので、お金は俺達で受け取る事にした。モニカと山分けしようと思ったけれど、モニカはそれを酷く嫌がってお金を受け取ろうはしなかったので今は俺が持っている状態だ。


「はぁ……モニカも帰っちゃったし、これからどうするか」


 すっかり静まり返った公園のベンチに一人、俺は座り込んでいる。

 周りに目を向けてみても人の姿はほとんど見当たらない。たまに誰かが近くを通りかかる程度で、もうほとんどの人は寝静まっている頃だろう。さすがに公園のベンチで寝るのは気が引ける。変な目で見られそうだし……ここは宿を探すしかないか。

 俺は疲れ果てた体を奮い立たせるために勢いよくベンチから腰を上げ、一息吐いた。

 一歩踏み出した時、俺はふと大事な事を思い出す。


「あっ……モニカに宿の場所、聞いておけばよかった」

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