『オン・ルッカーズ』の日常

化け猫(と触手人間と怪しいフード仮面の)ワルツ #01

───赤い

────紅い

─────一面、あか

壁も、床も、血糊で赤く染め上げられ、辺りには臓物と身体にくの破片が、無造作に打ち捨てられている。

この部屋だけではない。

このビルの部屋のほぼ全てが同様の惨状だ。

湿度を伴った音。

男が、打ち捨てられた肉をいじくって遊んでいる。

地に腰を下ろしたそのシルエットは、球体に近かった。

胴体は元より、その四肢の末端、首回りにまで付いた余分な脂肪が、彼の一挙手一投足に応じて揺れていた。

およそ人とは思えない、何か別の生物であるかのようななりであった。

「ダメじゃないかぁ、おデブちゃん」

場にそぐわない、緊張感のない声が発されたのは、丁度男が肉を口に運ぼうとしていた時だった。

男が声の発された方向を見遣る。

窓だ。

窓に女がいる。

絶えず色彩が移動する、奇妙な頭髪を持った女だ。

「10人、20人殺したくらいじゃあ、別に何も言わないけど

ビル丸ごとはよくない」

男は、酷く緩慢な動きで立ち上がった。

目の焦点は合っていない。

誰が見ても、正気ではないと判るだろう。

「しかも、他のビルも何軒か潰してるでしょー? あなた」

女と対面した男は、その表情を一変させた。

鼻腔は円く広がり、眼は血走った。

顔は徐々に赤く染まり、身体が細かく振動し始めた。

鼻息が荒い。

「もー少し自制してくれないとさー

動かざるを得ないっていうかさ」

男は走り出した。

聞くに耐えない奇声を喚き散らしながら突進するその様は、既存の動物になぞらえることのできない、理外の光景であった。

「あんまり調子乗ったおばかさんが居ると私達も」

女は。

───笑っている。


傍観者オン・ルッカーではいられないんだ」


男の攻撃は、女に当たる事はなく、壁面を破壊したその勢いのまま、地面に真っ逆さまに落ちていった。






ダガメズは夢を見ていた。

顔をうつむける。

手がある。

胴がある。

脚がある。

五体満足だ。

何処へだって行ける。

ダガメズは草原を走る。

目的地などない。

敢えて云うなら、逃げている。

とは、言葉では表せられないけれど。

走って。

駆けて。

そして、その内にどんどん頭が重くなってきた。

余りに重い。

とうとうダガメズは、地に倒れ伏した。

声が聞こえる。

こえが。

───こえが。

─────声が。


「ダガメズー

おーい、先輩が帰ったぞーい

お━━い」

女がダガメズの頭を撫でていた。

ダガメズは、キレた。

右手から、素早く女の手を引っ掻こうとしたものの、すんでの所で回避された。

「あぶなっ」

「ミュハン!俺を猫扱いすんなと何回言ったら解る!

俺は!人間!だ!

ちゃんと人の胎から産まれて、人の飯食って、人の言葉を使って生きてるんだぞ!

解ってんのか!?」

憤慨の情に任せてまくし立てるダガメズであったが、説得力は皆無だった。

何故ならば、ダガメズのその外見は、全くもって猫にしか見えないからだ。

白毛の長毛種であり、そのシルエットは山を彷彿とさせる。

瞳は美しいターコイズブルーであり、その毛並みは、人の手を無意識の内に彼の身体に触れさせ得るに足る、麗しいものであった。

大型犬程のサイズである点と、人語を話すことの2点で、普通の猫との差別はつくものの、やはりどう見ても人には見えなかった。

怒りの矛先を向けられた女は、けらけらと笑っていた。

名をミュハンという。

奇妙な女だった。

髪型はボブであり、髪色はストロベリーブロンドであるのだが、その色彩は絶えず流動していた。

瞳は明るめの茶であり、左目の下には涙を模したマークがペイントされていた。

何より特徴的なのは、その両腕である。

一言で表すなら触手であった。

先端に行くに従って細くなっていくは伸縮自在で、彼女の足下にまで垂れていた。

「そんなに怒ることないじゃないかー

私は愛情を持って接してるんだよ」

「その愛情は人に対するものか?

それとも愛玩動物に対するものか? ん?」

「─────そうそう、件の大量殺戮事件を調べてきたんだけど」

「アァ━━━アッ!

話逸らしやがった!

いけ好かねぇ女だぜこいつ!」

「どうどう、どんな形であれ人に愛情を注がれるのはいいことじゃない

私はダガメズ好きだよー?」

「だーぁら、その好きってペットに対する好きだろ!

人として愛情を注いでくれ!

人なんだから」

「へー、ダガメズは私に愛情を注いで欲しいんだー?

ふ━━━ん?」

ミュハンはにやついた。

ダガメズは気付いた。

失言である。

これではまるで告白だ。

「─────事件の話をしないか?」

「あ━━━、話逸らしたー!」

2人がそんな会話をしていると、水を差すかの如く無遠慮にドアを開けて、1人の人物が部屋に入ってきた。

かなり怪しげな風体だった。

服装は全身黒づくめで一切の肌は隠されている。

頭は、モニタで覆われた仮面とフードで隠す徹底振りである。

目を引くのは彼が手にしている物である。

身の丈程もある大剣だった。

黒鋼で形作られたそのフォルムは、相手を威圧するのに充分すぎる効果を持っていた。

「何者だ?おまえ」

ダガメズが警戒するのも、無理のない話である。

ただし、この場面においては杞憂であった。

「おー、久し振り!

元気にしてた?」

『───変わりはない』

変声機を使っているようだ。

「なんだ、ミュハン

知り合いか?」

「あー、ダガメズは最近入ってきたから知らないのか

この人、私達のだよ」

ダガメズが目を剥く。

「あ、そうなの」

ダガメズは大剣の男に手を差し出した。

「いやぁ、悪い

てっきり敵かと思って警戒しちまった

俺はダガメズ

これでも人間だ

あんたは?」

男は握り返した。

『我が名は

───魔剣』

「───魔剣?

魔剣が、あんたの名前?」

『然り、我が命運は全て、このつるぎに懸けてある

───故に魔剣』

「おー、なんだかストイックなヤツだな

ミュハンより遥かに頼りになりそう」

「あ、ひっどーい」

ダガメズはミュハンに向き直った。

「所で、なんで魔剣は長い間ここにいなかったんだ

俺がここに入ってきてから2年くらい経つけど」

「ワイルド・フォックスっていうギャングの所にスパイとして潜入してたんだよ

なんか、魔法武器とか使い始めて物騒だったからさー

まぁ、監視みたいなとこ?

派手な事くわだて始めたら報告できるようにさ

あれ、魔剣がここに来たって事は正にその報告?」

魔剣は首を横に振った。

『───ワイルド・フォックスが壊滅した』

「え」

『ボスのエキノコックスが失踪した

『大隊』の仕業だ』

魔剣が椅子に腰掛けた。

剣は手放さない。

『ワイルド・フォックスの裏には『とおノ月』が居た

エキノコックスはどうも技術者のようでな、『とおノ月』の魔法工場に出入りしていた

『大隊』は魔法工場の場所を知りたがっていたのだろう』

「『大隊』は魔法の研究に力入れてるって噂だよねー

とおノ月』の魔法の技術を手に入れたかったか、或いは単純に潰したかったか」

「どいつもこいつも魔法好きすぎなんだよな

『大隊』も、『とおノ月』も、『ヌクレアル』も」

『───とにかく、そういう次第だ

我の仕事は終わった』

「うん、お疲れ様

まぁ、ゆっくり休んでよ」

『疲労はない

満足に闘争もできなんだ

身体がなまっている』

「あれ、そうなの

うーん、じゃあ

これから私達仕事の話するつもりだったんだけど

あなたも参加する?」

魔剣が顔を上げた。

マスクのモニタが赤く明滅している。

『望むところだ』

「お、やる気満々だな」

「魔剣は仕事にマジメだねー」

「ミュハンと違ってな」

「なにをぅ、そんなことないぞー

よし、ならば私も仕事にマジメだってことを示してやろう」

ミュハンが、部屋に置かれたホワイトボードの前に立つ。

ダガメズは、香箱座りから身を起こした。

魔剣は、剣を持つ手に力を込める。

「それじゃー、会議初めていきましょっかー

我等『オン・ルッカーズ』の

───次のターゲットについて」


─────オン・ルッカーズ。

それは、この堕落した街において唯一、"正義"を謳う者達。

巨悪に鉄槌を下す審判者である。

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