我楽多街

Froger

プロローグ『ORDINARY WORLD』

今はもう、当時の事を覚えている人は少ない。

魔法によって図らずも人の寿命は延びたとはいえ、その時代から生きている人は少ない。

何より今を生きるのに必死な人々は200年以上前に起きたのことなどどうでもいいことであったのだ。

それでも、齢200を超える隣人を持つ幸運と、旺盛な好奇心を併せ持った一部の若者が『魔法戦争』について聞く機会はあったものの、当時の人々は5mもジャンプできないことであるとか、鉛玉を1発打ち込まれただけで死んでしまうこと、体を霧に変えて彼方此方あちらこちらに移動できないことや、時々頭の表面にできた水泡が弾ける事のないなどということは、彼の全身を覆う黒っぽい毛ほども信じられない御伽噺おとぎばなしであった。


そもそも、彼達は『魔法』がどういうものかもわかっていない。

なにかのようなものであることは知っているが、それが人の身体をどのように変容せしめるか、例え額に鋭く長い1本角を持っていたとしても到底考えの及ばぬことであった。


そんなことを考える人も実の所少数で、大半の人々はこの高層の建物が立ち並ぶ、地に陽の届かない退廃的な路地で、どう金をせしめるかとか、『ミント』をどう手に入れるかとか、あいつをぶっ殺してやろうかなどと画策しているのだ。


或いは、どうやって『持つ者』に取り入るか。


『魔法』は、全ての人々に平等ではなく、身体にもたらす変容の度合いは人によってばらつきがあるので、自然、力を『持つ者』と『持たざる者』との差がでてしまうのである。

『持たざる者』の境遇は悲惨だ。

常に『持つ者』に搾取されて生きている。

ならば『持つ者』はどう生きているか?

持たざる者持たざる者の群れを作るように、持つ者持つ者の群れを成した。

例えば、『ミント』を売りさばいて金をせしめる『大隊』。

例えば、『魔法』を信仰の対象とする『ヌクレアル御光ごこう教会』。

例えば、「リ=クォ」と呼ばれる人物が統べる人さらい集団『水狂アクア・パッツァ』。

例えば、街の秩序を守る唯一の法『オン・ルッカーズ』。

例えば、強きを絶対正義とする戦闘狂『とおの月』。

彼等『持つ者』の暮らしは優雅だ。

自由に喰らい、自由に闊歩し、自由に殺す。

しかし、皮肉な事に『持たざる者』が生に執着するのに対して、『持つ者』は自分の命も他人の命と同じ程に軽いと考える者が多い。

力を持つ故に、日々の生活に余裕のある者は考え付いてしまうのだ。

と。

『魔法戦争』以前の人間の考えは更に厭世的えんせいてきだ。

何故なら彼等は知っているのだ。

だということに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る