巻末付録

アモールとプシュケ(2012年作版)プロローグ

まずはお詫び

 半年執筆できておらず、申し訳ありません。現実での生活で考えることや、仕事が溢れ、ここ半年間はPsycheの続きを執筆している場合でない毎日を過ごしております。

 2019年ゴールデンウィークには、公開している話を最後まで読んで下さったり、応援ボタンを押して下さる読者様がいて、とてもありがたい気持ちで一杯になりました。続きを楽しみに待って下さっている読者様もいらっしゃると思います(そうあって欲しい……)。

 沢山悩みましたが、2012年に私が原作の設定をできるだけ忠実に守りつつ書いたアモールとプシュケの物語を載せていくことにいたしました。当時の私の作品なので、まだ未熟な文章で恥ずかしくもありますが、現在執筆中のPsycheよりも圧倒的にコンパクト(26日間で書き上げられる量)なので、そういう意味では読みやすいかと思います。

 では、まずはプロローグをお楽しみ下さい。


**********************


 某国王宮。いつも仲良く談話する美しい三人の姫たち。その中で最も美しいのが、末娘であるプシュケであった。姉二人も美しい姫ではあるが、プシュケの美貌は姉二人の美しさと比べて――いや、この世に存在するどの人間よりも美しい。


 人々は口を揃えてプシュケのことをこう言うようになった。



 プシュケ様の美しさは、美の女神アフロディーテ様にも勝る。



 いつしか人々は、プシュケのことを新たな美の女神として崇めるようになった。その御蔭で、プシュケは年頃だというのに、求婚してくる男性はただ一人として現れず、皆一様にプシュケを崇めるばかりだ。


 天界では、ある王国でぱったり信仰されなくなったことを不審に思ったアフロディーテが、地上の様子を伺っていた。そして、アフロディーテは自分ではなく、プシュケという娘が美の女神として崇められいることを知り、憤った。


「人間の分際で、アタシよりも美しいですって!?」


 実際にプシュケの姿を確認したところ、なるほど美しい。プシュケの美貌はアフロディーテの立場を脅かすには充分なほどであった。


「赦せない……。さっさとこの女を始末しないと……」


 プシュケをどうしてやろうかと思考を巡らせていたところ、プシュケの父親である国王がアフロディーテの神殿に詣でて神託を伺いにきた。姉二人は婚姻が決まっていくなか、プシュケの婚姻は何も決まらず、ただただ崇められてばかりであることを心配してのことである。


 しめた……っ。


 アフロディーテはニタリと笑い、国王に告げる。


『その娘は結婚することができるでしょう。しかし、人間の花嫁には決してなれません。プシュケの夫となる者は、神でも人間でもない、死の怪物なのです。明日の夕刻までに、花嫁衣装を着せたプシュケを山頂にある高い岩角に置き去りにしなさい。そうすれば、その日の夜に彼女の夫である怪物が迎えにきて、彼女を殺し、死後の世界へと連れて帰るでしょう』


 神託を受けて国王は酷く嘆き哀しんだ。愛娘が死ぬのである。王はこの上ない哀しみと、鉛のような重量を孕んだ神託を手荷物に、王宮に帰ると、王妃にすべてを話した。


「なんということ!? どうしてプシュケが……どうしてッ!!」


 王妃は泣き崩れた。国王は王妃の背を撫でる。


「しかし、これは神のお告げ。逆らうわけにはいかない……」


 悲嘆を食いしばり、国王は言った。



 神託を受けた翌日の夕方。岩角には独りの女性の姿。花嫁衣装を身に纏ったプシュケだった。花婿である怪物は夜に現れるという。


 涙を流す二人の姉の姿がふと浮かんだ。



 何故、プシュケなのか。



 そんなことを言いながら、父も母も姉も王宮の従者たちも泣いていた。プシュケのみが、涙を流さなかった。


 神託は前日に父である国王を介してプシュケに伝えられていた。その時のプシュケは取り乱すこともせず、静かに父の言葉に耳を傾けていた。


 自分は冷静な人間だとは思わない。ただ、純粋にその神託に従うだけだった。それが、自分の生まれてきた意味ならば、この生に意味を成すためにも……。


 ――プシュケは真っ白よね。素直すぎるわ。


 以前、一番上の姉に言われたことがある。どうやら自分は、自分の生死に関わるお告げすら素直に受け入れてしまえたようだ。


 素直か……。


 確かに、これまでどんな馬鹿げた話も疑ったことのない人生だった。というのも、たとえ騙されたとしても、大金を奪われるわけでもなく、何か酷い仕打ちにあうわけでもなく、どれもからかい程度でしかなかったからだ。騙されていたとしても、たいして困ることがないのだから、騙されてあげているだけだ。


 今回もその延長だろうか。だから、神託を素直に信じて、ここまで来たのだろうか。


 思考を止めた。あることに気付いたのだ。


 私は諦めが早いだけなのでは?


 そうかも知れない。大人しく座っていれば、大人しく言う事を聞いていれば、それでいい人生だった。王女として求められる姿を演じることに徹していた。だから、自ら積極的に動かなければ手に入らないものは簡単に諦めてきた。結婚もしかりだろう。大人しく待っていても、男性は私を見ては神を見たかのように畏敬し、そして尊ぶばかり。ならば、誰かのいう事を聞くしかない。


 そうして手に入れた結婚がこれか……。


 この結婚に不満はない。このまま花婿が現れ、殺されてしまうのも、結婚せずに王宮で祀り上げられ続けるのも、プシュケにとってはどちらも変わらなかった。



 諦めが早いから。



 もはや、いつ死ぬか分かった上で死ぬか、いつ死ぬかも分からぬまま生き続けるかの違いでしかない。

 

 空を見上げた。夜の色に染まりつつある。もうすぐこの世ともお別れになりそうだ。


「遅かれ早かれ死ぬ定め。ならば私は神託に従うのみ……」


 このまま夫に殺されてしまうほうが、王女としての役割も全うでき、神への忠誠にもなる。何も疚しいことなどしていない。


 空が夜の色に染まりきったとき、突然プシュケに睡魔が襲った。


「……あ……れ?」


 おかしい。さっきまで眠気など少しもなかったはずなのに。


 もしかして、私はこのまま眠るように死んでしまうのだろうか?


 遠のく意識。そのまま冷たい岩の上に倒れたように思えたが、プシュケの体は岩の硬さも冷たさも感じなかった。


 もしかすると、自分の体は岩よりも硬く冷たくなってしまったのかもしれない。


 そう思っているうちにプシュケの意識が途絶えた。

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