第二十四話 もしも叶うなら

 フィルメルス城、城壁周辺



 アンテの槍がレウメスの分身を貫く。

 分身は霧のように消え、その場から姿を消した。


(あ、あと何体出せるです……?)


 二体の分身を倒し今、目の前に居るのはレウメス本体だけ。

 そのレウメスは不気味に笑っている。


「あと何体出てくる? なぁんて考えてるんじゃありませんか? ははは」


 アンテは目を細めレウメスを睨み付ける。


「いくらでも呼び出せばいいです。ここは絶対に通しません、ので」


「素晴らしい覚悟ですねぇ! 仕方ありません、直々にお相手してあげましょう!」


 レウメスが鎌を構え近付いてくる。

 アンテは素早い突きを繰り出しレウメスを一歩後退させ、攻撃に移る。

 突きを中心とした攻撃にレウメスはいつの間にか壁際に追い詰められていた。


「いけませんねぇ」


「っ!!」


 アンテは分身の気配を感じ、レウメスの鎌を押さえつけていた槍を引き、後方から来るであろう鎌による振り払いに対して自身の槍を構える。

 だが、後ろに向いた時には既に五本の槍がアンテを貫いていた。


「が、はっ……!」


 自身の体を貫く五つの武器を見つめるアンテ。


(槍……?今までの分身は鎌だったはず)


 今までの分身はレウメスと同じ鎌を持っていた。

 だが、今背後に出てきた分身は皆アンテと同じ槍を持っている。

 縦や横から振るわれる攻撃と違い、一直線に突き、しかも槍の長さでは攻撃が届くまでの時間が違う。

 アンテの反応は相手が鎌による攻撃であったならば間に合っていただろう。


「自分の得意とする武器で殺される気分はどうですか? あぁ可哀想に、抵抗しなきゃこんなに痛い思いをすることもなかっただろうに」


 一斉に引き抜かれる五本の槍、飛び散る大量の血、武器を握ったまま膝から崩れ落ちるアンテ。


(フィルメルスさん、ごめんなさい。守り切れなかったです)


「あとはあの女王の首を取ればここは制圧したも同然ですねぇ」


 アンテは地に膝を付きながらも槍を持った右手に力を籠める。


(だから、せめて……。相打ちには!)


 膝を付いた状態から放たれる力強い突き。

 不意を付かれたレウメスはその一撃に反応出来ず、頭が吹き飛ぶ。

 それを見た分身たちは焦り、アンテにもう一度槍を突き刺す。

 再び飛び散る血。

 地面へと倒れるアンテ。


(「アンテちゃんも、必ずまた会おうね」)


(ミルマお姉ちゃん、ごめんなさい。まだまだお話ししたい事、沢山あったのに……)


(クローゼさん、アリュールさん、ちょっと話しかけ辛かったけど、もっと二人の事も知りたかったな)


(もしも叶うなら、また、五人で……)


 アンテの意識が途切れる。

 槍を握っていた右手からも力が抜け、その槍は地面に落ちた。




 その頃、城壁から少し離れた所では。


 大剣を持っていない方の腕、両膝と確実に魔術ゴーレムを無力化していったフィルメルスはその場から動けずただ剣を振るしか出来ないそのゴーレムにトドメの一撃を与える。


「これで、終わりですわね!」


 魔術ゴーレムの首を破壊し、着地したフィルメルスの視線の先に倒れているアンテの姿が映る。

 フィルメルスにはアンテやレウメスの声や音は距離がある為聞こえていない。


「冗談ですわよね?」


 遠目でも分かる大量の血と仲間の姿。

 動かなくなったことを確認して城へと向かおうとする分身達。

 フィルメルスは走り出す、全力で。

 しかしその体は既に限界を越えており、額からの出血だけでなく、魔術ゴーレムの攻撃を反動にしたフィルメルスの攻撃は体に大きな負担を掛けていた。

 視界が回り、地面に足が引っかかり派手に転ぶフィルメルス。


「行かせるわけ、ない、ですわ!!」


 吐血しながらも自分に言い聞かせるように叫び、立ち上がる。

 フィルメルスの視界は揺れ、体の感覚も鈍い。

 それでも走り、アンテの元へ駆け寄りその先に進むレウメスの分身に落ちていた鎌を投げつけ意識をこちらに向ける。


「アンテ、もう大丈夫ですわ。わたくしが助けに来ましたから」


 フィルメルスは勿論分かっている。

 アンテはもう助からないと。

 その場に落ちていたアンテの槍を持ち、怒りと悲しみの籠った表情でレウメスの分身の方へ向かっていく。

 五体の分身は目の前の敵の排除が最優先なのか、城へ侵入することよりも視界に入ったフィルメルスの方へと進路を変える。


「バラバラにしてあげますわ」


 フィルメルスの動きにいつも速さやキレはない。

 それでも分身の攻撃に当たらず確実に攻撃を当て一体ずつ粉砕していく。

 必要な時だけ残り少ない力を籠めて攻撃を躱し、攻撃を当てる。


「意思のないパターン化された動きしか出来ない人形……」


 最後の一体を粉砕し、城壁へもたれ掛かるフィルメルスの耳に不快な声が聞こえる。


「さすがは女王と言われるだけありますねぇ。さすがの精神力でしょうか」


 アンテの目の前で頭部が飛んだ状態で倒れていたレウメスが青い光と共に元通りに復元する。


「ですがもう終わりです。さすがに体が限界でしょう? 無様に散っていった仲間と共にここで死んでいただきましょう!」


「貴方、言葉には気を付けた方が宜しいですわよ? まあ、ここでバラバラになるので今更意味ないでしょうけれど」


「ほほう、まだ抵抗するつもりですか。無謀ですねぇ」


 素早く動き近づくレウメスとそれを待つフィルメルス、槍の先端と鎌の刃がぶつかる。


「誰が限界だと?無謀だと?それを決めるのは他の誰でもなく、わたくし自身ですわ」


「そうやって自身の力量を見誤って無駄死にしたのが貴女のお仲間さんですよ!」


「ここまで来るともはや可哀想ですわね。ならばわたくしが教えて差し上げましょう、本当の……」


「無駄死にを」


 フィルメルスが言い掛けた言葉の最後、それを言ったのは城とは逆、魔術ゴーレムの残骸がある方向から歩いてきた人物だった。


「これは、誰が?」


 ミルマがアンテの方を一度見て、レウメスに問いかける。


「あれぇ、おかしいですねぇ。あなたは今頃森でゴブリンの餌食になってるはず」


 ミルマも無傷と言うわけではなく、どちらかと言えばボロボロの状態だ。


「これは、誰が?」


「おぉ、怖い怖い。私ですよ私。愚かにも逆らった罰です」


「そっか、なら良かった。間違えたらいけないからね、無駄死にさせる相手を」


 ミルマは無表情のままそう言い、レウメスに剣を向け一気に距離を詰める。

 一撃で鎌を吹き飛ばし武器を失ったレウメスに追撃を入れる。

 レウメスは青い光を放つ障壁でそれを防ぎつつ押されていく。

 力強い剣撃で壁に打ち付けられその後何度も斬りつけられるがその障壁は割れない。


「無駄、無駄ですよ。もしかしてどっかの人間の障壁と同じでいつかは壊れるとか思ってるんじゃないんですか?」


 ミルマは聞こえてはいるが何も言わずに何度も剣を振る。


「あんなコピーと違って私の障壁は壊れませんよ? ああ、もう聞こえてませんかね。では死んでもらいましょうか」


 レウメスの手から青い光が出て、すぐに消えた。


「んんん? あれ? おかしいですねぇ」


 ミルマが来てからも城壁にもたれ掛かりながらなんとか立っているフィルメルスは異変に気付く。


(一瞬何かが来る気配、分身を呼び出そうとしましたわね。でも出せなかった)


「想定外ですが、仕方ありません。ここは一度退くとしましょうかね」


 レウメスは障壁を纏ったままミルマの剣撃に合わせ体当たりをし、一度ミルマを引き離す。


「それでは皆さん、生きていたらまた会いましょう」


 レウメスの足元に青い光が集まり、再び消える。


「あれぇ、転移魔法が消され? ぎゃ!」


 ミルマの攻撃でレウメスの片腕が飛ぶ。

 再び無言で何度も剣を振るうミルマ。


「しょ、障壁が! 何故です!」


 障壁が展開されることはなく、骨の体がバラバラになっていく。


「まさか、あのメスが!?」


 人間ならばもはや生きていない状態になってもミルマは剣を振り続ける。

 剣で破壊するには小さくなり過ぎた骨の残骸にミルマは弓で火矢を撃ちこみ燃やす。



 静かになった城の前にはレウメスが焼けた跡と動かなくなった魔術ゴーレム。

 そしてアンテの元で泣き崩れるミルマとそれを見ないよう、見ないフリをしてなんとか城の兵士に現状を伝えるフィルメルス。

 兵達が魔術ゴーレムの処理等を終えたのは深夜、既に日付が変わった頃だろうか。

 木の影に隠れていたクローゼは青色の瞳を元の緑色に戻し、フィルメルス城へと戻るのであった……。

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