第十六話 包囲された村

 アクティニディア領内、アウグス村。


 時刻は朝。

 クローゼはミルマとアンテが寝ている部屋の小さなイスに座ったまま目を閉じていた。

 微かに寝息が聞こえる。

 そこへ控えめにドアをノックする音が聞こえてきた。


「ん……?」


 クローゼは珍しく意識がはっきりしておらず、少し反応が遅れた。

 眠たそうな目をなんとか開き、音の主へと返事をする。


「誰かしら?」


 返事はすぐに返ってきた。


「アリュールです、約束通り事情を話に来ました。勿論一人ですし、武器は受付に預けてきましたのでご安心を」


 普段の緑色の目をしたクローゼは静かに扉を開ける。


「私はマルスプミラではお尋ね者よ? 本当に武器を持っていないなんて、私が急に襲い掛かったらどうするつもりなの?」


 アリュールは嬉しそうに微笑み答える。


「お互い様です。武器を置いたままドアを開けるなんて」


「それもそうね」


 アリュールは視線を寝ている二人に移しクローゼに提案する。


「少し、場所を変えませんか?」


 同じくミルマ達の方へと一旦視線を移し、寝ていることを確認して部屋の外、廊下へと出る。

 先に口を開いたのはクローゼだった。


「負けるとは思ってなかったけど、無事で良かったわ。あと、助けてくれてありがとう」


 嬉しそうなアリュールは優しい笑顔を浮かべたまま話す。


「もっと敵視されてるかと思いましたが、そう言って頂けて嬉しいです。お二人は大丈夫でしたか?」


「ええ、貴女のお蔭でね」


「そうですか、それは良かったです。では、本題ですが……」


 アリュールの表情と雰囲気が変わる。


「国王様の顔をした仮面の人物、あれは一体ではありません。クローゼさんを足止めしていた仮面の人物の以外に少なくとも一体は居ました。あの場所に来る前、私は仮面の人物に襲撃されたのです。一度不意打ちを喰らっていますので、今回はなんとか撃退することに成功しました」


「不意打ち……。私とミルマが王城に招待された時ね」


「はい、実は廊下で私を気絶させた相手はあの後部屋に入っていった仮面の人物ではなく、避難させようとしたグロウ国王でした」


 クローゼが疑問を口にする。


「ん、あれ? ちょっと待って、あの後誰かが廊下に確認しに行ったはずだけど国王は倒れていたような様子だったのだけれど?」


 その質問は予想していたのか、答えはすぐに返ってきた。


「私を銃で叩き、私が倒れ込むと同時に叩いた本人も倒れ込みました。そこで私は思ったのです、今王城に居る国王様も偽物だと」


 少し考えた後、クローゼは思ったことをそのまま伝える。


「国王の顔をした人物が数人、そして直属の部下である貴女を殴って気絶させた。となるとあのお子様が黒幕かしらね」


「はい、仮面を付けた人物がメストの指示で動いているのは間違いないと思います。ただ……」


 そこでアリュールが少し考えるような仕草をした。


「どうやって国王様の顔そっくりな人物を作り上げたのか、そして何がしたいのか、目的が分かりません」


「それに本物の国王は何処へ? となるわけね。貴女は王城……いえ、王都を勝手に抜け出して大丈夫なの?」


 アリュールは何故か笑顔で答える。


「駄目です」


 クローゼは少し呆れた顔で言う。


「そんな危険を冒してまで私達に接触してきた理由は……?」


「それは……」


 その時、ミルマとアンテが寝ている部屋の扉が開いた。

 そこから二人の姿が見えた。

 ミルマはクローゼを見るなり飛びつく。


「クローゼ!」


 突然の行動に対してクローゼは後ろに下がってかわそうとするが、後ろは廊下の壁だった。


「痛っ!」


 鈍い衝撃音と共にクローゼは両手で頭を押さえ倒れ込む。

 それを見て慌てるミルマ。

 後ろで微笑を浮かべるアリュールと扉越しにおろおろとしているアンテ。

 そして痛そうながらもどこか嬉しそうなクローゼ。

 アリュールはその状況を見て一旦受付の方へと歩き出す。

 しかしクローゼの一言でその歩みは止まった。


「待って」


 振り替えるアリュール。


「はい? 大丈夫です、逃げたりしません」


 首を振るクローゼ。


「そうじゃないわ、実は私扉の後ろに居る子のことも知らないのよ。丁度いいから自己紹介も兼ねて現状を整理したいと思ったの」


 アリュールの視線は三人を行き来する。

 自分がこの場に居ていいものか迷っている様子だ。

 それを見たミルマが声を掛ける。


「あの時の……アリュールさん、でしたよね? まだ状況が呑み込めていませんが、何か事情があるんですよね?でしたら私は全然構いませんよ!」


 全員の視線がアンテへと移る。

 自分の発言待ちだと気づいたアンテは急いで口を開く。


「わ、私も構いませんです! 同じく状況は分かっていませんが……」


 クローゼの視線が再びアリュールの方へと戻る。


「決まりね」


 頷くアリュール。

 そして四人は部屋へと入ろうとした。

 だが、突然廊下の窓が割れ一つの人影が現れる。

 瞬時にクローゼはミルマの前へ、アリュールはアンテの前へと庇う形でその人影と対峙する。


 その人影、仮面を付けた人物を見ながらクローゼが言う。


「完全に気配を消していたわね」


 そこまで接近していることに誰一人気付けなかったのである。

 険しい表情のアリュール。


「アクティニディアの領内だというのに仕掛けて来ましたか。皆さんは部屋へ、これは私が……」


 と言い掛けたところで部屋の方から仮面の人物へと槍の鋭い突きが繰り出された。

 仮面の人物は自身が突き破った窓から外へと回避する。


「今のうちに武器を取ってください! 分からないことだらけで頭が混乱してるですが、お姉ちゃん達が良い人だってことだけは分かりますです!」


 その言葉にはクローゼもアリュールも驚いたが、二人の行動は早かった。

 クローゼは部屋に戻り剣と短剣を、ミルマは弓と剣を、アリュールは受付へと駆け出した。

 医療施設内はどよめきが起きている。

 それに構わず四人は外へと出る。

 その光景を見てミルマが呟く。


「何、コレ……」


 仮面を付けた人物が村を包囲をしていた。

 その数はパッと見では数えられない程。

 四人は自然と背中を預けるように陣形を組む。

 クローゼが苦笑いを浮かべながら言う。


「あら、いつの間にこんなに量産されてたのかしら」


 外に居た村の人々は悲鳴を上げながらも近くの建物へと逃げ込む。

 その間も仮面の人物達は一歩も動かない。

 アウグス村の兵士の一人が叫ぶ。


「貴様等! どこの者だ! 答えろ!」


 勿論仮面の人物達は喋らず動かずだ。

 返事は村の外から返ってきた。


「それを知る必要はないよ、この村は今から魔族の物だ。抵抗しないなら命だけは保証するよ。ま、奴隷だけどね!あはははは!」


 その人物が歩いてくる方向を睨むアリュールが口を開く。


「メスト……。魔族と手を組むなんてどういうことですか? それにここはアクティニディア領内、国同士の戦争でも起こすつもりですか?」


 メストがニヤニヤと笑いながら答える。


「君の方こそお尋ね者の二人と、中立国の唯一の生き残りと一緒に居るなんてどうしたんだい?」


 アンテが唯一と言う言葉に反応する。


「唯一じゃないです、避難したみんなだって今頃……」


 笑うメスト。

 その後ろから包囲している仮面とは別の仮面が現れアンテの目の前へと大量の袋が投げられる。

 アンテはそれに近づいていく。


「なんです?」


 その袋から血生臭い臭いがした。

 それに気付いたクローゼが近づくアンテを片腕で制止する。

 アンテは止まり、クローゼの方を見る。


「え……?」


 少し近づいたことでアンテは察した。

 それでも頭はその事実を認めたくない。

 震えるアンテへとメストが声を掛ける。


「どうしたの?せっかく僕が大事な仲間や国民を届けてあげたのに。開けないなら僕が開けてあ」


「うるさいな……」


 メストの言葉を遮る怒りが籠った声。

 仮面以外の全員が驚く。

 その声をあげたのはミルマだった。

 剣に手を掛けゆっくりとメストへと近づきながら言う。


「殺してあげるからもう喋らないでくれるかな? 不快なんだよね、その喋り」


 近づいてくるミルマを見てメストを守るように仮面が二人立ち塞がる。


「人形が邪魔するの? いいよ、みんな殺してあげるから」


 一瞬アリュールの方を見てクローゼはミルマの方へと走り出す。

 アリュールはその意味が通じたのか、アンテの方を見て声を掛ける。


「アンテちゃん……って呼んでもいいですか?」


 袋を見たまま震えるアンテがアリュールの方を見て頷く。


「ここはこれから戦場になります、戦えそうですか?」


 優しい表情と口調、アンテは震える手を握りしめアリュールの目をしっかりと見つめ答える。


「はい、ちゃんと戦えます。それに……絶対に許さない、です」


 それを聞いてアリュールは前を向く。

 前ではミルマとクローゼが仮面と交戦状態に入った。

 アリュールは辺りを見渡し未だ動かない村を包囲している仮面達を警戒しつつ、アンテと共にメストの方へと走り出す。


 しかし次の瞬間、ミルマ達が戦う仮面の先に居るメストの両腕が飛ぶ。


「!?」


 理解が追いつかないメスト、止まる戦闘。

 メストの足元に落ちる二つの斧。


「ここを誰の国だと思って?」



 その人物は民家の屋根の上に居た。

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