第十四話 二度目の魔法

 中立国デトタフデア、住居区。


 クローゼは爆発音を聞いた後、走り続けていた。

 周囲に魔族の気配がないことを確認しながら王城へと急ぐ。


「この殺し方はミルマね……」


 小型の魔族は腕や足が落とされ、死んでいる。

 ミルマは少しでも苦しめて死ぬよう余裕がある時は首や胴を斬らない。

 対照的にクローゼは首や胴を裂き一撃で仕留めることが多い。

 そしてクローゼの視界に王城が映る。


「……?」


 気配がしない。

 戦闘の音もしなければ、誰かが居る気配もない、不気味な感じだ。

 先程大きな音がしたはず、ここに誰かが居たのは間違えない。

 クローゼは警戒しつつ半壊した王城に近づく。

 最初に目に入ったのは倒れている男性。

 そこから少し視線を動かすと、そこには大量の血、それにミルマと知らない女の子の姿があった。


「ミルマ……!」


 クローゼは呼びかけると同時に周りを確認し、誰もいないことを確認すると急いで駆け寄る。

 よく見るとミルマがもう一人の女の子を抱えるように倒れている。

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる際に庇ったのだろうか。

 嫌でも視界に入るのは大量の血だ。


「まだ生きてる! 完全に死んでいる訳じゃなければ……っ!」


 クローゼがミルマに手を伸ばしたその時だった。

 周りに大量の魔族の気配がする。

 王城が落ちた知らせを聞いたのか、中立国には占拠しようとする大量の魔族が押し寄せていた。

 クローゼはタイミングの悪さに苛立ちつつも両手に二人を抱える。

 その目は緑色ではなく青い。

 そして再び駆け出す。

 今度は領外へ向かう為に門へと。


 その途中、魔族に遭遇する。

 魔族はクローゼを見ると大きな声で叫ぶ。


「ニンゲンの生き残りがいるぞ!!」


 下級のゴブリンの集団だった。

 その声を聞き周りの魔族が近づいてくる気配がする。

 だが、青い目をしたクローゼは二人を抱えていても常人ではあり得ない速度で移動していく。

 魔族は必死に追おうとするが全く追いつかない。

 そうこうしている間に門をくぐり外へと出るクローゼ。

 そのまま中立国の領外へと走り抜ける。


「あと少し……! 死んじゃだめだから」


 自分に言い聞かせるように呟く。

 答えは返ってこない。

 マルスプミラとアクティニディアに囲まれている中立国の領外、どちからかと言えばアクティニディア側へと向かうクローゼ。

 しかしそこには見知った顔が待っていた。


「やあ、お姉ちゃん達……待っていたよ」


 クローゼの視線の先には三人の人影があった。

 メスト、イーガル、そして門で撃退したあの仮面だ。

 クローゼは心の中では苛立ちつつも冷静な表情、口調で返す


「私は待ち合わせなんてした覚えないわ」


 目の色はいつの間にかいつもの緑色に戻っている。


「あれぇ……どうしたんですか?二人も怪我人を抱えて。怪我人じゃなくて死体かな? あははっ」

「っ!!」


 クローゼは二人をそっと地面に降ろし、メストに向かって短剣を投げる。

 その短剣はメストの前に割り込み仮面が弾く。


「三対一なら勝てると思ったの? それともまた時間稼ぎ? まあいいわ、見ての通り急いでるのよ、すぐに終わらせて……!」


 クローゼは自身の目の色を、力を開放しようとする。

 だが目の色は緑色のままだ。


「報告は受けているよ、なんでも瞳が青くなることで通常以上の力が出せると。昨晩も本気は出していなかったってことだね、恐ろしい力だ」


 クローゼが最後に睡眠を取ったのは、アリュールと共にマルスプミラに向かう途中の晩で、グロウとの面会の朝からは一睡も出来ていなかったのである。


(力が……出ない?こんな時に!)


「どうしたの?急いでるのに本気は出さないつもり?それとも……」

「必要ないわ」

「そっか、じゃあ遠慮なく……」


 メストが手を上げると今か今かと待っていたイーガルがクローゼに襲い掛かる。

 仮面も同時に向かっていく。

 先に攻撃をしてきたイーガルの剣撃に対して力を籠め剣を振りイーガルを後方へと吹き飛ばす。

 次に仕掛けてくる仮面に対しては突きを繰り出し後方へと避けさせる。


「あら?こっちの仮面とは対照的にそっちの男はうるさかった記憶があるのだけど、随分静かね」


 クローゼはイーガルの方を見て言う。

 しかし何も喋らない。

 代わりにメストが答えた。


「彼も余裕がないんじゃないかな?腕を落とされてショックを受けていたし……」

「なんだか普通じゃない雰囲気だけど……」

「それよりもいいの? 本気を出さなきゃそこの二人が死んじゃうよ?」

「そうね、分かってるならとっとと帰ってくれるかしら」


 内心は焦りつつも冷静さを崩さないクローゼ、しかし二人を守らなければならない為、自分からは仕掛けることが出来ない。

 正面にメスト、左右にイーガルと仮面、誰一人として動くことはないまま時は進む。

 その静寂を破ったのは一発の銃声だった。


「なっ!!」


 メストが初めて大きな声をあげる。

 放たれた銃弾は仮面の顔に直撃し、その仮面はメストの目の前に落ちる。

 隠していた顔が明らかになる。


「まさか、一体どういうことかしら、この人間離れした戦闘力の持ち主が自国の王だなんて」


 仮面の下、その顔は間違いなくマルスプミラの国王、グロウであった。

 銃弾が飛んできた方向から一人の人影がやってくる。


「それは偽物……メストの操り人形です」


 声がする方、人影が明らかになる。


「今日は驚きの連続ね……全く……」


 メストは急いで冷静を装い、その人物に向けて声をあげる。


「アリュール、どうしてここに?」

「それはこっちの台詞です、国王様の偽物を作り、魔族と協力して中立国を落とすなどと……」

「いえ、それよりも……」


 アリュールはクローゼの方を見て悠長に話している状況ではないと判断したのかメストとの話を一旦切り、クローゼに向かい声をかける。


「ここは私が、この先に村があります」

「どうか、信じて下さい、あとで合流します、話はそこで」


 クローゼはアリュールの目を真っすぐに見つめ、動き出す。


「分かったわ、ここはあなたを信じる」

「逃がすとでも? イーガル!」


 言うと同時に再び銃声が響く。

 その銃弾はイーガルの頭を貫き、そのまま地面に倒れる。

 その間にクローゼは二人を抱えアリュールの指した方角へと向かう。

 目の色は、青い。




 アクティニディア領内、アウグス村。


「貴様、どこの国の……」

「私は……」


 村の門に立っている兵士に止められる。

 が、兵士はクローゼの青く光った瞳を見て驚き、視線を下げる、すると怪我人を抱えていることに気付く。

 兵士はそれを見て急いで言う。


「医療施設は入ってすぐ右、突き当たり正面の建物だ、行け!」


 予想外の対応に一瞬驚ろくクローゼだったが、礼だけを言い、すぐに言われた建物へと走る。



 それから一時間くらい経った頃。

 治療を終えた医者からクローゼに伝えられた言葉は残酷なものだった。


 茶色い髪、アンテの方は出血が少なく、時間が経てば意識が戻るとのこと。

 しかし、ミルマの方は今まだ辛うじて生きていることが不思議なくらいで、明日までは持たないだろうとのこと。


 クローゼは部屋に寝ているアンテとミルマしかいなくなったのを確認すると、自身の口を手で押さえ血を吐き出す。

 力の使い過ぎか、ここに着いてから瞳の色が青と緑を行き来している。


(駄目、上手くコントロール出来ない……)


 しばらくして、吐血は落ち着き、瞳は完全に青く光っている。

 クローゼはミルマの方へ行き、ミルマに向かって手を伸ばす。

(この行為がミルマにとってどんなに屈辱的な事であっても、私は……)


「ごめんね、ミルマ……」


 小さな声でそう言い、クローゼはミルマに向かって「二度目の魔法」を掛けた。

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