第12話「frameup」

「おおっ、これぞ民族の大移動っ!壮観だねぇ」


双眼鏡片手に村で唯一の展望台から身を乗り出すようにして騒いでいるのは、山伏装束装束姿の夜斗だった。

「ねぇ、夜斗くん。本当にこの集落ってなくなっちゃうの?」

展望台の冷たい石畳の上にペタンと座り込み、れむは不安げな顔で夜斗を見上げた。

「あぁ。それは間違いない。今夜希州たちが「竜神」を開放しちまうからな。どのみち、希州たちが今夜動こうがこの土地は遅かれ早かれ崩壊するんだ。だったら今のうちに被害が大きくならんうちに住人たちを非難させた方がいい」


「そっか…。そうだよね。それが一番なんだよね」

双眼鏡から目を離さず、夜斗はそう言った。

その双眼鏡で覗く先にあるのは、希州たちの説得で役場に掛け合い、渋々隣村へ緊急避難を始める住人たちの姿だった。

皆、それぞれ思うところはあるが、河川や旅館の怪異に続き、昨日から続く地震の影響もあって避難には応じてくれたのは幸いだった。

特に反対したのは旅館のオーナーだった。他の宿泊客への対応や避難場所の確保や準備の手間を理由に中々説得に応じる事がなかったのだが、希州が強引に一喝して了承させたのだ。こういう力技は彼でしか出来ない芸当だと双葉は内心ほっとしていた。

手に持てるだけの荷物を持って移動する住人たちの中に、あの旅館の売店コーナーで知り合ったおばちゃんの姿もあった。

彼女は避難する前にれむへそっと謝罪の言葉を述べた。


「本当にごめんよ。あんたたちにあたしたちの今までの罪を被せちまって……」


彼女は知っていたのだ。全てを知っていたからこそ、れむたちにその事実を言い出せなかったのだ。

れむは項垂れるおばちゃんの背を優しく摩り、不安を払拭するように力強く頷いた。

それで彼女の心が晴れるわけではないだろうけど、何かしてあげたかった。


「さてと。そろそろ結界を張るか……。れむはちょっと下がってな」

「うん。頑張ってね。夜斗くん」

双眼鏡を懐に仕舞い込み、夜斗はしっかりと床を踏みしめ、両手で複雑な印を結んだ。

するとズンっと急に周囲の空気が重く硬質なものに変じられた。

結界とは人の目には不可視なものらしいが、れむには何故かそれを感覚として捉える事が出来た。


「おっし。成功っ!次、行くぞ。夜までにここいらの主要建物全てに結界張らなくちゃならないからな」

そう言うと、夜斗は何かに気付いたとばかりに自分の黒い羽織りをれむの肩に掛けた。

「夜斗くん、これ……」

「あぁ、ごめんな。寒かったんだろ?夜は冷える。そういうのあまりオレはよくわからなくてな。それ貸してやるよ」

夜斗は少年らしい無邪気さでにっこりと笑い、れむの手を取った。

「それじゃ、次は町内会館だったな」

「うんっ」

暗闇で繋がれた夜斗の手は温かだった。


                  ★★★★★


「ふぅ……。春日君をあんな狗っころと一緒にしなければ良かったな……」


一方、こちらは住人たちの先導をする組となった双葉と希州である。

希州は逞しい両腕に子供三人を抱え、避難経路を支持している。


「おい、双葉。サボってないで少しはこっち来て手伝えっ!」

早くも希州の怒号が飛んでくる。

相変わらずの俺様ぶりに双葉は盛大に顔を顰めるが、今は素直に目の前で不安そうにしている老人の手を引く。


「……あぁ。心配だ」


自然と不安が口から飛び出す。

だが手を引かれる老人は双葉を拝むような目で見上げていた。

「ありがとうよぉ。お若いの。あんたみたいなべっぴんさんに心配されるなんてワシもまだまだ捨てたもんじゃないねぇ」


「………いや、別に心配してないですし、それに私は男です」


ポっと頬を染める老人の手を緩めようと必死になる双葉だった。


深夜午前一時。


再び三人と一匹は合流し、例の祠前に来ていた。

森はそんな彼らを拒むように不気味なざわめきを発している。

石造りの祠の様子は昨日の件で、見事に瓦解していた。

ただ昨日と違うのは、その入り口を中心に黒い淀みが渦を巻くように漂っている。


確実に「それ」はこのほこらにいる。

そして虎視眈々とこちらの出方をうかがっているのだ。


「それじゃあ、あんまり躊躇っててもしょうがないからいきますか?」

「ですね」

希州の言葉に双葉も頷き、スーツのポケットから数枚の呪符を取り出した。

「頑張ってくださいね」

「ああ。最善を尽くすっ」


「オン・ソラソバ・テイエイ・ソワカっ!」


真言と共に双葉から放たれた呪符は青い光を纏い、祠の入口に張り付く。

その刹那、ゴゥという腹に響く稲光と共に呪符が灰へと変じた。

「くっ……。来なすったぞっ。夜斗、双葉の援護に回れっ」

「りょーかい」

命じられるままに夜斗は人間離れした跳躍で双葉の背後に回ると、両手を夜空へ翳し、印を結ぶ。

その頭上には黒い輪が浮かびあがり、その輪は祠の稲光を跳ね返した。

「さぁ、今のうちに祠の中に入れ………」

術を行使する夜斗の言葉はそこで止まった。そしてすぐにその顔色が青ざめる。

「おいおいおい、まさか、そんなの聞いてないぜぇぇぇっ!」


……………ドォォォンっ!


「きゃぁぁぁっ」

刹那、眩い閃光がその場を白く焼き、祠の一部が消し飛んだ。

そしてその中から一層眩いものが近づいて来るのが見えた。


「ヤバい、双葉っ、れむちゃんを連れて早く逃げろっ、どうやら本体が姿を現したみたいだ」

「本体だって?」

希州は引きつったような笑みを浮かべ、錫杖を高く掲げた。

「れむっ、ここから離れる。急げっ」

双葉がれむを名前で呼び、促してくるが、何故かれむはそこから動けないでいた。

「どうした?早く来いっ。焼け死にたいのかっ!」

いつの間にか双葉の怒鳴る声が遥か遠く感じる。

そして祠から真っすぐに伸びた光はそのままれむを包み込んだ。

視界が真っ白に染まり、自分の身体すら確認する事が出来ない。


「くっ……いったぁっ。ううん。これはあたしの痛みじゃない。これは…何?」


一瞬、れむの首に凄まじい痛みが突き抜けた。

「れむっ!」

そして光がれむの全てを飲み込んだ瞬間、彼女の姿はその場から消えた。

後には瓦解した空っぽの祠と、双葉、希州、そして夜斗が残された。

「そんな……嘘だろ。れむちゃん」

言葉を失う双葉と、どうしていいのか分からず錫杖を握りしめる希州。

夜斗はそんな二人に小さく頷いた。


「二人とも、れむは大丈夫だ。きっと助かる」


辺りは漆黒に染まり、風が止み、冷たい雨が地上を穿った。

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