第11話「restart」

「もうっ!何で起こしてくれなかったんですか~。おまけに起きてみれば所長と黒ちゃん、すっかり仲良く食事しているし。わけが分からないですよ」


あれから一時間程経った頃、れむはよくやく目覚め、そしてすぐに青ざめた。

いつの間にか隣にいるとばかり思っていた双葉の姿は消え、自分一人が呑気に寝入っていたのだ。

また逃げられたのかと思い、慌てて身支度を整え、下の食堂へ降りてみると、そこには昨日と同じ席で双葉と希州が楽し気に談笑しているのが見えた。

すると双葉は心外だとでも言いたげに肩を竦める。


「私だって起こしたぞ。一応な。だが君はだらしのない顔で眠りを貪っていたではないか」

嘲笑にも似た笑みを浮かべ、双葉がジロリとれむの方を見た。

「う~っ………何も言い返せない」

そんなれむに希州は爽やかな笑みを向ける。

「やぁ、れむちゃん、おはようさん。今日もはりきって行こうじゃないの」

そして昨日と同じようにれむに椅子を引いてくれる。仕方なくれむは椅子に座った。

すると双葉はれむにテーブルの上に広げられた紙の束を見るように促す。

「そうそう今朝がた、先だって麓の図書館に双葉と一緒に調べものをしたんだがね、そこでなかなか面白いものを見つけたんだよ」

「面白いもの?所長たちはあたしを置いてそんなところに行ってたんですか?」

「まぁまぁまぁ、そう尖りなさんなって。まずはこれを見てくれないかな」

希州は苦笑しながらも、A4版のコピー用紙をれむに手渡した。


「何ですか、これ……あ、新聞のコピーですね。どれどれ……昭和8年、6月30日…随分昔のものですね。でもこれって本当に何なんですか?」

希州の見せてくれたのは過去の新聞記事をコピーしたものだった。

当時の印刷技術の関係で、大半の小さな文字が潰れているが、大体は判読出来るレベルだ。

中でもその日付を見てれむは仰々しく目を見開いた。


「いやいや、俺が言ってるのは日付のところじゃないぜ。もっと記事をよく見てごらん」

「はい……。えっと、喜水川の上流で大量汚染事件?村人20人死亡?えっ、この喜水川って旅館の麓を流れている川の事ですよね?」

希州は静かに頷く。


「ああ、その通りだよ。それにまだあるぜ。続いて翌年、夏休みに小学生の子供たちが川に入った途端、不意に全身の痙攣が止まらなくなり、そのまま亡くなったそうだ。さらに翌年の秋………」

「何で……何でこんなに…こんなにも人が……」

新聞にはこれまでその川で多くの者が亡くなったと記されていた。

記事は他にもまだあったが、れむはもうそれをこれ以上読む気にはなれなかった。

言いようのない恐怖に背筋が震える。


「市ではこれまで何度も水質調査に乗り出したそうだが、結果はいつも異常なしだったそうだ」

双葉は軽く目を伏せ、煙草を口に咥えた。

「あの…、これはどういう事なんですか?どうしてあの川であんなに立て続けに事件が?それと喜水館の怪異は関係があるんですか?」

「呪いだよ。れむちゃん」

「えっ?」

希州は沈痛な面持ちでそう告げた。

しかしれむにはすぐにその言葉の意味が伝わらない。


「あの麓の山……つまり「竜神様の祠」はもともと陰の気が溜まりやすい土地だったんだ」

やがて双葉が静かに語りだした。

「図書館で水脈図のコピーも取ってよく調べたのだが、その流れの中に酷い「淀み」を感じた。元来こういう湿気を帯びた土地には陰の気が溜まりやすく、風水的に良くないのさ」


「まぁ、呪いの発信地はどう考えてもあそこしかないよな?昨日の祠だ。付近の住人達がひた隠しにしてきた事実も今ので大体掴めた」

希州は懐から扇子を取り出すと、煙たいとばかりに双葉の煙草の煙を外へ逃がした。

「おい、双葉。お前そろそろ煙草はやめろよな」

「……厭ですね。これがないと思考が曇るので」

双葉はそう言ったが、すぐに簡易灰皿に煙草を押し付けていた。

こういうところは本当に素直ではないとれむは内心笑ってしまった。


「あの…、所長。もうちょっとあたしにもよくわかるように説明してくれませんか?」

ツンツンと双葉の脇をつつき、れむが補足説明を催促する。

双葉は一瞬迷惑そうな顔をするが、希州がすぐに口を開きそうなのを見て説明をする事にした。


「ここへ来た当初、春日君が耳にした「竜神さま」はもともとこの山を守護する土地神だったんだ。しかしそこに何らかの事情で行き場を失った新手の神が居座ったんだよ。しかもこの土地に多くの繁栄をもたらす約束を交わしてね。すると村人たちはその新手の神様を手厚く奉った。今まで散々世話になって来た竜神さまを捨てたのさ」


「そんなっ、酷い」

「これが竜神さまの怒りに触れないはずがない。怒った竜神さまはその新手の神を滅ぼし、村を呪った。これが一連の怪異のあらましさ」

「神ってのも派閥争いやら色々と大変なんだな~」

希州は冗談ぽく笑った。

「春日君、この土地は……いや、この山全体が「竜」なのだよ。しかし長い間の造成で、もとは恵まれたこの土地は最悪な土地となっている。更に悪い事にこの旅館は竜の「首」を切断する位置で建っている。怪異が絶えないのもそのせいだ。きっと怪異は以前からあったのだろう。ただその悪い気が溜まりすぎていたのだな。ちなみに水場に怪異が多いのは陰の気を溜めやすい性質があるからなのだよ」


双葉は地図を広げ、山全体を赤ペンで竜の形に囲み、旅館のある辺り…ちょうど竜の首にあたる箇所を強調するように示した。

なるほど、確かにこの旅館は竜の胴と首を切断するように建っていた。

それが知らずの行為なのか、故意のものなのかは双葉たちにも分からないそうだが、決して良い状態ではない事は確かだ。


「じゃあ、竜神さまは苦しんでいるんですか?」

「昨日のあの荒れようを君も見ただろう。あれが答えだ」

れむは複雑な気分で俯いた。


………昔は人間と調和して共存していた竜神さまが今はこうしてあたしたち人間に牙を剥いてきている。

でも悪いのは全部人間。皆が竜神さまを傷つけ、身動きが取れない程、追い詰めた結果だというの?


「ま、全ては今夜だな。その前にここいらの住人たちを避難させないといけねぇ。夜斗、話は聞いていたな?お前は辺りに結界張ってこい」

希州は誰もいない空間にこう告げると、パチンと柏手を打った。


「承知した」


すると姿を見せることなく、何もない空間から夜斗の声がしたと思うと、一瞬でその気配は消えた。

「さぁて。忙しくなるぞ」

何やらよく分からないうちに色々な事が決まったかのようにして希州と双葉が立ち上がる。

「えっえっ、あの、何で避難が必要になるんですか?」

すると双葉はその質問には答えずに、れむの肩を促すようにして押し返した。


「春日君、君も一旦部屋に戻って荷物をまとめるんだ。今夜この土地は崩壊する」

「えっ!」

双葉は返事を聞くこともなく食堂を後にした。

気付くと希州の姿も消えていた。

「もうっ、結局肝心なことは全然話してくれてないじゃないですか!あ~っ、所長、置いていかないでくださいって」


れむは慌てて双葉の姿を追いかけた。

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