英雄のなりかた

@hydrangea96

序章ー旅立ちー

英雄の息子、人生を振り返る。

 後ろを振り返れば故郷である王都クレリスタがどんどん小さくなって行くのが見える。つい昨日まではあそこで平和に暮らしていたのだと思うと、なんとも感慨深い思いになるが慣れない馬の振動に四苦八苦としながらも着実に前へ前へと進み続ける俺にはもう不安や後悔なんてのはなかった。


 俺は前世の記憶を持って生まれた転生者だ。前世を含む人生の中で既に2回の転機を迎えた。そして、今日という記念すべき3回目の転機を祝して少し人生を振り返って見たいと思う。







 前世での俺は高3の春に死んでしまった。


 まだやりたい事も伝えたい事も沢山あったというのに呆気なくも死んでしまった。火事場の馬鹿力、なんて言葉もあるがそんな馬鹿力なんて発揮させる間も無く即死。


 高校からなんとなくで始めた弓道は俺の人生の転機だった。高校一年の夏には才能を見出されレギュラーメンバーとして活躍し、秋には全国ベスト8にまで上り詰めた。二年になり、自分達主導で部活動に専念できるようになってはじめての大会、夏の全国大会で初優勝を飾り秋も同様に二連覇を達成した。


 まさに、人生の転機だった。


 これまで特に特技や趣味なんてなくて、中学時代は部活動にも入らず仲のいい友人と適当にゲームをしてるだけだった自分にこんな才能があるだなんて思わなかった。俺に弓で勝てる人間は居ないとまで思ってすらいたが、その慢心が主に原因で冬では準優勝で終わった。周りは準優勝でも、とてもすごい事だと褒め称えるが自分の中では初めて手に入れた他人よりも秀でたものを奪われたようなそんな喪失感でいっぱいいっぱいになっていた。


 だからこその高校三年、春の弓道大会。それは高校生活における部活動のフィナーレと言ってもいい大切な日にもう一度俺はてっぺんに上り詰めなければならなかった。前日から万全のコンディションを整え、いつもより早起きをして、母が昼飯の弁当を作る様を眺めながら朝ご飯を食べていた。


「応援にはいけないけど、頑張ってね」


 なんてことを笑顔で言っていた母の顔を見れるのがそれで最後になるだなんて、もちろんその時の俺はそんなことを思う訳もなく。さぁ優勝してやるぞ、と意を決して家を後にした俺を待っていたのはトロフィーのような輝かしいものではなく交通事故という名の手向けだった。


 あまりに突然の事だ、いつも通り最寄りの駅に向かう道を自転車を漕いでいたその矢先だ。別にさして人通りが多いわけでもない普通の少し見渡しの悪い交差点。時間だって、通勤ラッシュには少し早いくらいの肌寒い朝だ。こんな時間帯に危険な運転をしでかす輩なんてそうそういないだろうと俺は無意識に油断していたんだと思う。青になった信号に合わせて左右を確認せずに横断歩道を横切った俺の自転車と身体はなんの抵抗もなく一台の車に撥ねられていた。


  ほんの一瞬全身に強い衝撃を受け、物凄い速度でぐちゃぐちゃになっていく景色を最後に俺の視界は完全にシャットアウト。俺は死んだのかと。たったの数十年で俺の人生は終わったのかと。そんなの嫌に決まってる、死んでも死に切れない。死ねない、死にたくないと何も見えない真っ暗闇の中で必死に願い続けた。


 その願いは残酷にも歪んだ形で叶えられてしまったようだ。


薄ぼんやりと聴覚が働き始め、ようやく開けられた瞳に映った世界は自分の知っている世界ではなくそこには自分の知る両親も友人も存在しない。


『周りの全てが大きく見える、何を喋っているのかわからない』


 夢ならば覚めてくれと、何度も何度も心の中で唱え続けたがその言葉とは裏腹に時間は過ぎ去っていきそれにつれ非現実は現実味を帯びていく。次の日もそのまた次の日も俺は赤子で見ず知らずの若い女性に抱かれて、傍らには同じくらいの男性と幼い少女がいつも居る風景。皆、俺を見つめるのだ。それが、残酷な事に自分の気持ちとは裏腹にとても柔らかく暖かい笑顔だった。


 それが辛かった。憎もうとしても憎みきれない……そんなのは当たり前だった。だって彼女達には何の罪もなく、ただ自分達の間に授かることのできた新しい家族を愛でているだけなのだから。その寵愛の行く末が他の誰でもなく自分自身なのだから、そんなの一概に憎めるはずもない。


 それでも、最初の頃は認めたくはなかった。俺はまだ病院で昏睡でもしているのだ、これはただの悪夢なのだと。きっと、意識が回復すればいつも通り母や父が居て……もしかすると友人達も見舞いにきてくれているかもしれないと。


 そんな期待とは裏腹に残酷にも時間は流れ続けた。徐々に耳が慣れてきて、片言ながらそれとなく皆の言っている事がわかるようになり、やっぱり彼女たちは自分の新しい家族なのだと再実感させられる。これは夢なんかじゃないのかもしれないと、そう痛感させられていく。


 母はいつも聖母のような笑顔で俺を迎え、頻度こそ少なかれど父もまた可能な限り会いに来ては愛おしそうに抱きすくめる。勿論前世の俺に赤子の頃の記憶なんてないが、きっとどの世界でも親の愛に勝るものなんてものはないのだろう。そうやって両親の愛情を受け止める決心がついて、新しい人生を受け入れようとそう思うようになった。これもまた人生の転機なんだと、そう思うようにもなれた。


 それから1歳の誕生日を迎えた時に初めて自分の立ち位置を知った。その日は前世では考えられないほど大々的なパーティとして開かれ、周りは綺麗に着飾った大人達。彼らはたかだか1歳の子供相手にあえて光栄だの後継として成長するのがこれから楽しみだのと。


 父は英雄だったのだ。俺の父は僅か18でこの国を厄災から救った救国の英雄だと、そう讃えられている人物だった。現国王とは学友であり今では彼の右腕として宮廷騎士、騎士長を務めている。そしてその日、初めて俺は王子と出会った。


 国王の側に王妃と抱えられた幼子、同い年とはいえ明らかに自分より小さいその子供は不安そうに周囲を見渡しながらも決して泣くことはしなかった。


「お父さんが陛下を守っているように、貴方もフェルディナンド王子をお守りするのよ」


 フェルディナンド、それが王子の名前。初めて出会ったその日を境に俺はフェルディナンドと同じ時間を過ごすことが多くなった。本来ならもう少し早い段階で俺を彼と引き合わせるつもりだったのだろうが、フェルディナンドは生まれた時から身体が弱くなるべく外には出さず可能な限り他人との接触を避けるようにされていたのだと後で知った。


 そのフェルディナンドだが、彼は子供の頃から誰よりも優しくそして慈悲深かった。彼が本気で怒ったのを見たのは、15年と生きていて一度しかない。彼は当然のように覚えてはいないだろうが、初めて会ったときに彼がにっこりと微笑みながら俺の手を掴んだ事はきっと生涯忘れる事はないだろう。幼い日の唯一の友人だったのだから掛け替えのない存在になるまでにはそうそう時間は必要なかった。


 幼い頃から引き合わされたせいかフェルディナンドには主従関係といった認識がなく俺が敬語を使えば怒るし俺がそれについて周りに注意されればまた怒る。年々そういったしがらみは強くなっていく一方で、公の場では流石に問題があると俺が説得をして何とか体制は保つようにはなった。彼は自分を配下ではなく、ただ一人の親友としていつも見ていてくれるのがとても嬉しい事だった。


 5歳の頃から父に稽古をつけてもらうようになり、周囲の同年代と比べればそれは確かに抜きん出た才能を俺は持っていたと思う。実際に小等部、中等部での実技科目では誰にも負けたことはなく常に首位をキープしていた。しかし、そんな状況とは裏腹に自分の持つ才能だけでは絶対にこの人には追いつけないんだろうという気持ちは加速して言った。色々な武器を試した。王子を守るのが俺の役目であり、その為には色々な術を覚える必要があった。凄腕の冒険者から、ぼろぼろの装いをした浮浪人じみた人まで様々な講師役を父は連れてきておれに稽古をつけさせる。


 その中でも一番手に馴染んだのは、やはり弓だった。久しぶりに弓を引けることによる嬉しさのあまりに涙を流しながら弓を抱きしめて喜んだ俺を見てフェルディナンドと父は頭がおかしくなったのかと心配をしていたが、実際に弓を引いて全部ど真ん中にぶち当ててやればそんな事も忘れて天才だなんだと囃し立て始めた。


 剣士として名を馳せた父はその事に関しては珍しく不服そうにしていたが、俺としては前世で陶酔していた弓道に未練があった為にまた弓が引ける環境を用意してもらえた事が嬉しかった。


 それから5年後、それは10歳を迎えた日。俺は人生で初めてのお願いをする事になる。

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