第17話 そのフルスイングはメジャー級

 一度採集を終えたあたしたちは、町に戻ってからまた外に出た。今度は武装して。

 メンバーはあたしと矢野、そしてもう一人のサブリーダー。アスラだ。

 いつの間にか取り付けられていた発信機は部族の一人に預け、矢野の《千里眼》で見抜いた、その発信機を追っている連中の元へ向かうことにした。


 もちろん単独行動はダメなので、新庄課長に報告だけはしておいた。


 後は、こっそり隠れながら、相手に近寄るだけである。

 相手に近付いたら、矢野のスキル、《隠蔽》の出番だ。これは相手に気付かれにくくするスキルだ。

 レベルが低いと意味なんてあんまりないけど、最大まで引き上げると中々効果がある。矢野はさらに他のスキルも掛け合わせているようだ。


「ほんとーに気付かれないわね」


 魔物の本当にすぐ傍を通りすぎてから、こそこそ声で感想をこぼす。

 矢野は相変わらず無表情のまま、こちらを一度だけ振り返った。


「スキルマしてるから」

「そうだとしても、よ。凄いものね」


 弓職はいろんなスキルを覚えられる。だからこその効果もあるんだろう。


「水、の、におい」


 すんすんと鼻をかぎながら、アスラは言う。うん、何も分からないっていうか、森の濃い緑の匂いしかしませんねぇ。

 さすがウゴッホ族。スペックぱないわ。


「川が近くなってきたからね。ずっと観測してる連中は、その河原にいるよ」

「どうするの? 奇襲を仕掛けて拿捕?」

「女子の言葉から出る単語じゃないね」


 さらりと指摘されて、あたしは呻いた。

 た、確かにっ……! くそ、あたしの女子力どこいった!


「そもそも捕まえた後にどう取り調べするのさ。交番はあるけど、お巡りさんはいないよ」

「うーん、そこは上道係長と新庄課長のペアに任せれば良いんじゃない?」

「……えげつないね」

「適材適所よ適材適所」


 スパッと言い切ると、矢野も納得したように頷いた。

 あたしも色々とひどい自覚はある。けど、事実だと思うのよね。あの二人ならどんな奴でも自白しそうだわ。

 特に新庄課長。いつもニコニコしてるけど、こう、ごりっとしたものを感じるのよね。


「あそこだね」


 そんなやり取りをしていたら、ついたらしい。こっそり木登りして上から様子を見る。

 ウィンドウを開いて、録音モードを展開する。

 矢野はスクショを撮っているようだ。


 証拠は残さないとね。


 河原にいるのは三人。

 白衣を纏った長髪の男。それと、どうみても人と猿の間にしか見えない亜人。確かテイムできる魔獣の扱いだったはずだけど。

 ってことは、あの男、召喚師サモナか?


 警戒を強めていると、男は二人に指示を出し始めた。


「うぽっきゃ! きゃっぽうっぽ!」


 おおふ。

 うっかり木から落ちそうになってしまうのを堪えて、あたしは幹にしがみついた。

 矢野に至ってはこちらに背を向けて思いっきり笑いを我慢して震えている。


 ただ一人、違う反応を示したのは、アスラだった。


 背景にベタフラを展開しつつ、目を細める。


「あれ、うぽっきゃ、族」


 まんまかい!

 いや、ウゴッホもウゴッホ族なんだけど。いや、それはあたしが勝手に名付けたからか。


 密かに混乱していると、涙さえ我慢していた矢野はようやくこちらを見た。


「ねぇ、ちょっと、ヒ、ヒール、かけてっ……腹筋、ねじれたっ」

「どんだけ笑ってんのよあんたは」


 っていうかそんなんで回復魔法求めんな。割と恥ずかしい理由上位に君臨するぞ、それ。


「で、どんな一族なの?」

「我々、同じ、狩り、する、一族。強い」

「戦闘部族ってことなのね」


 あたしは警戒を強めつつ答えた。

 ウゴッホ族の戦闘能力は高い。もちろん、あたしたちハイレベルなプレイヤーに比べれば劣るけど、初心者プレイヤーならあっさり駆逐するくらいはある。

 正直、この初期位置にポップする魔物は相手にならない。


「ふだん、川の、向こう、ナワバリ。どうして、ここ、いる」

「あの白衣の男が操ってるからだと思うけど、何を言ってるのか分からないんだよね」


 顎をさすりながら、矢野はあたしを見た。ってちょっと待て。

 何が言いたいのかを察して、思わずジト目で見てしまう。


「ねぇ、アイっち、あいつらが何言ってるか分からないかな」

「そんなの分かるわけ──」

「うぽっきゃ! (これからどうしますか?)」

「ちくしょう集中したら分かるようになったわ」


 何かが壊された気がして、あたしはがっくりと項垂れた。いかん、今は深く考えないでおこう。


『やることは変わらんさ。魔物を召喚してただあの町を疲弊させる。そうすれば、いずれ自壊するさ』

『分かりました! あの町を乗っとるためですね!』

『ああ、あそこに入れれば、お前たちが経験したことのないようなもので溢れてる。きっと満足することだろう』


 ……ふーん。つまり、町を兵糧攻めしてるってとこか。

 あいつはやはり召喚師サモナか。だとするなら、魔物が増えていることに納得がいく。

 そして、たぶん一人じゃないわね。何人か召喚師サモナがいると思っていいわ。


『くくく……見てろよ、クソ町長め。この俺を追放したこと、絶対に後悔させてやる!』

「なんて言ってるけど」


 握りこぶしさえ作りながら熱弁する男を見下ろしつつ、あたしは言う。

 怨恨か。思いっきり怨恨か。

 ひたすらにメンドーね。

 矢野はすぐにウインドウを開いて何かを確認する。


「……住民登録には一致しないんだけど。ここに来てから、リストも削除されてないし」

「え、じゃあどういうことよ」

「うーん……とりあえず、捕まえる?」

「物騒な手段を選ぶのね」

「怨恨だって分かったからね」


 しれっと言い返されて、あたしはぐう、と唸って項垂れた。

 えーえーそうよ。あたしはどうせ何も考えずに拿捕とか言っちゃいましたよ。くそ、女子力行方不明過ぎるでしょ。どこいった、地球に置いてきたか! 拾った人は役立ててね!


「問題はどう捕まえるか、だね」


 喉まで出かかったアイデアを、あたしは飲み込んだ。よし!


「……今、背中から羽交い締めにするとか、遠距離からの狙撃で行動不能にさせるとか、そんな暗殺者っぽいこと考えなかった?」

「ねぇなんで分かるの? 心が読めるの? それともあれか、あたしは内心が外に漏れる病でも患ってんのか」

「なんで最後でけんか腰?」

「知らんっ」


 あたしはそっぽを向いてから、標的に目を送る。


「っていうか、捕まえるのはそうとして、なんであたしに発信機をつけた、っていうか、いつの間につけられたのか、よ」

「面識は?」

「あるわけないでしょ」


 となると、何かを経由して取り付けられたと思うべきなんだけど、そもそもなんで取り付けられたんだ?

 あたしに何の価値を見出だしたのか。


 そこらへんがすごく気になる。


 ちなみに発信機はスクショを撮った上で、発見した場所の木に括りつけてある。


「その辺りは聞けばいいんじゃない?」

「まぁ、それもそうか」


 返事をしつつ、あたしは相手を睨む。

 白衣の男と、うぽっきゃ族が二人。アスラの情報に従えば、その二人も戦闘部族だから、油断は出来ない。ここは一つ、範囲攻撃でぶっ飛ばすか?

 先制攻撃さえ出来れば、こっちの有利は変わらない。後はあたしが暴れ回れば良いし、矢野とアスラに援護してもらえれば、まず負けないだろう。



「それじゃあ、仕掛けますか」


 そう言って身構えた瞬間だった。


「はーっははははははっ! 《スマッシュ》! 《インパクト》! 《エアロ》!」


 ――って、それは周囲範囲攻撃っ!

 爆音が炸裂し、周囲の木々、則ちあたしたちのいる木ごと薙ぎ払われる!


 やばいっ!


 反射的に、あたしは矢野とアスラを抱えて跳躍。衝撃波でむき出しになった地面に着地した。

 よし完璧。……方角以外は。

 気付かれないようにため息を漏らし、あたしは正面から連中と対峙した。


 仕方なく、背中に担いでいたハンマーを握る。


 すると、白衣の男は目をこれでもかと見開いてから、二歩、三歩と後ずさる。ってなんだこの分かりやすい驚き方は。


「な、なっ……な、なっ!」

「何よ」

「どうしてここに! す、スイーツベリーベリーハニートースト!」

「おい食い物になってるぞ」


 思わずツッコミを叩き入れるが、相手に気にする様子はない。

 いや、それどころか。


「い、今、ここに出会えたのはまさしく運命! さぁ女子よ! 今すぐ私と共に新しい国をおこそうではないか!」

「良くわかんないですけどとりあえずイヤです」

「イヤよイヤよも好きのうちってやつだな!」


 あ、これもしかして人の話聞かないパターンか!? いや、違う、その上位種、何を言ってもポジティブに受け取ってしまうヤツか!

 あたしの中で、スイッチが切り替わる。

 女子としての自分が身の危険を強く感じ取ったのだ。ざわざわする、コイツやばい!


「さぁ、共にいこうぞ、王女よおおおおおおっ!」


 って、いきなり飛びついてきたぁぁぁぁっ!? って、キモっ! キス顔キモっ!


「くんなあああああああああっ! 七回転! ホームラン・マグワイアっ!」


 瞬時に踏み込み、あたしは全力で七回転。タイミングを合わせてハンマーを顔面に叩き込む!


「――《インパクト》っ! 《クリティカル》っ! 《トリプル》っ!」


 スキルを掛け合わせ、ゴズン、と重い音を立てる。

 風圧が地面さえ抉る中、そいつは思いっきりぶっ飛んでいった。悲鳴さえ残さずに。


「うっわー……人が星になるって本当なんだね」


 遠く、視界から消えていく男を見ながら、矢野はぽつりと零して、あたしは気付いた。

 あ。しまった。もしかして、やっちゃった?








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