第16話  次々と咲く花と策謀に

 ――小田――


 ――まずい。ひたすらに、まずい。


 僕は焦燥感の中、冷や汗を背中にたっぷりと溢れさせていた。

 女性と間違えられるくらいの腕の中には、小さい子供。町で数少ない子供である、タカシくんだ。彼は怯えきって、震えて、しがみついている。


 くそ、自分の息がうるさい。


 けど、言ってられない。すぐにでも逃げなきゃ。

 思うけど、身体は動いてくれない。正確に言えば、少しでも動こうとしたら、全身に激痛が走ってしまう。

 自分の体力ゲージを見れば、瀕死を示すレッド。


「迂闊、だったね……」


 ぞっとする。

 あれが無くなれば、僕の命は尽きるわけだ。プレイヤーなら、相応のペナルティを支払うことで町にリポップできる。けど、この世界がそこまで出来ているのか分からない。


 もちろん、自分で実践するつもりはない。


 それに、僕はともかく、タカシくんはプレイヤーじゃない。

 なんとしてでも彼だけは逃がさないと……!


 僕はすぐにウィンドウを開く。

 全くもって迂闊だった。

 畑の汚染被害を綿密に調査するため、みんなに分散してもらった。地中から敵が現れるだなんて思わなかった。ましてや、そこに町から抜け出してきたタカシくんがいるだなんて。

 結果、地面は爆発し、僕らは吹き飛ばされた。


 強か地面に叩きつけられ、体力ゲージは一気に真っ赤っか。そして、目の前には敵。畑は視界の遠く。


 ただでさえ、僕に戦闘なんて無理な話なのに。

 敵はスモールゴブリンと、コボルトだけど――。


 何とかしてSOSを送らないと。

 痛む指を動かして、僕はテキストを打ち込んでいく。けど。


「ルガァッ!」

「ひゃああああ、ですよねぇっ! もうっ! 誰か、助けてぇぇええっ」


 自分でも情けない黄色の悲鳴。

 でも、せめて、この子だけは――っ!


「待たせた、すまない」


 天使の福音は、真上からやってきた。

 一瞬の間に、彼女――ミランダさんはやってきて、手に持った槍で次々と敵を屠っていった。あまりに強く、気高く、勇ましく。


 綺麗なフォームから繰り出された一撃が、最後のコボルトの胸を貫く。


 断末魔を残して消えていく魔物を、厳しい目つきで見送ってから、ミランダさんはこちらを見た。猛々しいまでの目つきが、一瞬で柔和なものに変わる。


「大丈夫、ケガ、ない?」

「え、あ、はい。ありがとうございますぅ」


 思わずくねくねしてしまった。ああ、また女々しいってバカにされちゃうかな。

 刺々しい言葉を覚悟して、僕は傷つく覚悟を決めて目つぶる。


 すると。


 ぎゅ、と、強く抱き締められたんだって理解できたのは、目を開けるとミランダさんに密着されていたからだ。


「よく、やった……! 無事、よかった……」

「え、ミランダさん?」

「小田、お前、立派、戦士。小さい、子、守る、した。勇気。すごい」


 たどたどしいけど、目一杯僕を褒めてくれたことは分かった。

 ああ、なんと、なんという。

 ミランダさんは、なんて高潔なんだ。体の内から熱く沸き上がってくる激情に、ぎゅっと抱き締め返す。


「ミランダさんっ……!」

「怖かった、でも、戦う。えらい」

「ありがとう……!」

「もう、大丈夫。これから、ワタシ、しっかり、守る。だから、安心」


 背中を撫でて、ミランダさんは僕を落ち着かせてくれる。

 なんて頼りがいがあって、優しくて、温かかくて、柔らかい。


「うん、うん……!」


 決めた。うん、決めた。

 僕、強くなる。彼女を、ミランダさんを守れるように。


「さぁ、いこう」



 ◇◇◇◇◇


 ――上道――


 まぁ、見事なもんだ。

 俺はたった一人で魔物の群れを屠り終えた新庄課長の背中を見つめる。

 攻撃力過多な双剣スタイル。返り血でちょっと人様に見せられない状態になっている。女子であれば間違いなく顔を青ざめさせるような光景の中、新庄課長は笑顔だった。


「あー、スッキリした」


 その言葉を皮切りに、エフェクトを残して生々しいものが全部消える。


「ストレスたまったら、やっぱり運動よね」

「その意見にはおおむね賛成するけど、そこに血の雨を降らせて池を作るのは止めて欲しいところだな……」

「何を情けないこと言ってるのよ、もう」


 いや呆れられるとこじゃねぇし!

 喉まで出かかったツッコミを押し殺し、俺はため息をつく。というか、正直ちょっと気持ち悪い。


 新庄課長は強い。


 それこそ、攻略組でも主力になれるくらい。だが、彼女はそれを嫌がった結果、ここにいる。

 表向きは、村を守るためには強力な戦力も必要だから、だが、本音は知らない。


 ただひとつ。

 この女、新庄課長はスプラッタ好きな、そういう方面ではネジが全部まるごと消失してしまってることは確かだ。


「情けないも何も、毎回見せられる気持ちになって欲しいもんですね」

「慣れたでしょ?」

「慣れねぇよ!!」


 しれっと言われ、俺はツッコミを叩きいれた。まったく、何を考えてんだ!


「ふふ、ごめんね。つい楽しくて」

「あまりからかわないで欲しいですね」

「うん。善処するわね」


 これぜってぇしないパターンだ。

 ジト目で圧力をかけるが、新庄課長が気にするはずもない。


「それよりも、本当に魔物の出現率が上がってるようね」

「体感でもそう感じますね」


 言いつつ、俺はウィンドウを開けて敵との遭遇率を算出する。俺が知る初期位置周辺での遭遇率とは一〇%も違う。

 これは確かに、おかしい。

 手掛かりらしい手掛かりは、だが見つかっていない。


「わざわざ周囲を探ってポップした敵を吊ってきて放置してる? うーん、ちょっと考えにくいわねぇ」

「《ヘイト》持ちだったりとか?」

「それなら可能性はあるけど、でも、なんか変なのよね。たぶん、引っ掛かってるのは町長なんだけど」

「ああ、町長が引っ張ってきたあの敵」

「ええ。明らかにあれは作為的な罠よね」


 ドラグサイノ。

 まずこの辺りでは見かけない。わざわざ連れてきたのであれば、とんでもない労力を費やしたに違いないが……──もう一つ、可能性としてある。


 召喚師サモナだ。


 そのジョブを持っていれば、魔物を召喚出来る。

 強力な魔物であればあるほど、召喚成功率は低くなっていくのだが、町長のスキルがあればその確率はぐっと上がる。

 もしそれを利用したのであれば、相手は町長のスキルを知っていることになる。


「内部犯はありえないわよ、最初に言っておくけど」

「随分と言い切るんですね」

「プレイヤーがいないもの。そもそも彼らのスキルの存在は伝えてないわ」


 たったその一言で、俺は納得させられた。

 その通りだ。

 じゃあ、疑うべきは――……。


「相沢 茜――は、ないな」


 頭を振りながら否定すると、新庄課長も頷いた。


「ありえないわねぇ。あんな素直で可愛い子、そうそういないわよ。矢野クンが惚れるのも分かるわ。中々いないわよ、あの逸材」

「色々と面白がってますね、課長」


 女子に対して逸材って、そうそう使う言葉ではない。

 意味は分かるけどさ。


 相沢は色々と行動が破天荒で、思い切ったら突っ走る。しかも絶対に止まらない。

 だからこそ、あの部族を率いていられるのだろうけれど。そんなあの子が、何かを企んでいるとは思えない。


「あ、茶々入れるなんてやぼったいことはしないわよ?」

「当然です」

「矢野くんにとって、初恋だろうし、見守ってあげたいじゃないの。だから、上道係長もそっと見守ってあげるのよ?」

「俺もそんな人の恋に手出しするような器用さは持ち合わせてないんで」


 っていうか、この顔のせいで恋人なんて出来たことねぇわ。

 寂しすぎる発言に一人で刺さって、俺はため息を零す。


 ほんの微かな物音がしたのは、その時だ。


 聞き逃さない。少なくとも、俺は。

 こう見えてリアルじゃ音楽もちゃんとやってたんだ。音に対しては敏感だ。


「――誰だっ!」


 声をあげると、気配。


「諦めて出て来た方がいいわよ。もし何かしようとしたら、この怖い顔したお兄さんがその顔の通りのことをあなたにすると思うから」

「色々とひっでぇな!」


 がさがさ。


「出てくるんだ!?」


 反射的にツッコミを入れると、木の影から姿を見せた、明らかに気弱そうな男がびくっと肩を竦ませていた。顔が青い。ひたすらに青い。


「あ、あのっ! お願いですから命だけはっ、生きたまま食べることだけはっ!」

「お前俺をなんだと思ってんだ!?」


 いや、初対面に対してこういうのはおかしい気がするが。


「カニバリズムを楽しむ猟奇殺人鬼シリアルキラーか何かじゃないかしら」

「少しは遠慮してくれ!?」

「遠慮してこれなんだけど。もうちょっと本気で言う?」

「いらんわっ!」


 新庄課長のボケをはねのけてから、俺は相手を睨みつける。それだけで相手は息を詰まらせて尻餅をついた。


「睨んだだけで戦意を奪うなんて、すごいわねぇ」

「褒められても全っ然嬉しくないですけどね!」

「まぁまぁ。後でおやつ驕るから。それより、これは重要な証言を手に入れられそうじゃないかしら?」


 新庄課長は、ずい、と前に出る。

 はっきり言って美人な顔なので、詰め寄られたらドキドキするだろう。だが、目の前にいる男は、怯えながらも魅了された様子はない。

 さっと鑑定すると、どうもコイツはプレイヤーのようだ。

 それは新庄課長も調べたらしい。油断せず武器は握っていた。


「ねぇ、お姉さんに話してくれる? お礼に――」

「いえ、いいです。おっぱいない人に興味ないんで」


 一瞬の、硬直。


「ねぇ係長。プレイヤーが死んだらリポップ出来るかどうか、試してみたくない?」


 そう言い放った新庄課長の顔は、笑っていなかった。


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