第7話 じゃあ、またね

沙緒李が変わったのは、元気なく帰ってきた日だったね。

なにかあったんだろうなってすぐにわかったけど

聞いてあげられる気力がなくて、ごめん。


夜な夜なパソコンに向かってるの知ってたんだよ。

らしくないぎらぎらした目で一生懸命なんか書きこんでた

他人の持ち物とかデータとか覗くのキライなんだけど見ちゃったの。


傘の先端突き刺して、とか

ワインの瓶で殴って、とか


夏乃のことこんなふうにしたやつらに復讐してくれるつもりなの?

全然嬉しくない

大好きな沙緒李がどんどん変わっていっちゃうの

夏乃のせいだね?

夏乃がいつまでもいつまでもうじうじしてわがまま言ってるからだね。

ごめん。でもね、沙緒李みたいにかっこよくなれないんだよ。

困らせてばーっかり、心配させてばーっかり。


好きな先輩の話するたびにね

ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけだよ、悲しそうな顔するんだよね

もしかして好きな人かぶっちゃった?

それなのに、なんか、馬鹿騒ぎして、相談とかもいっぱいしちゃったし

ホント悪い子。だからバチが当たったんだよ。

怒ってよ。ひっぱたいて、「いいかげんにしろ」って言ってよ。

「もう知らない」って出て行ってくれたらもう沙緒李に迷惑かけなくてすむのに。


なんのために生きてるの?

世界から必要とされてる?

辛いなぁ

しんどいなぁ

その勇気があればなんでもできるかなぁ

時間がたてばなんとかなるかなぁ

いつかおばあちゃんになって沙緒李と

そういえばこんなこともあったねって

笑い話にできるようになるのかなぁ

そうだよ

外に出てみることぐらいなんだっていうの

メイクしてお出かけしてショッピングして美味しいもの食べて

頑張ってみようか

今は辛くても


頑張って

頑張って

頑張って

はぁ

もういいよ

って


痛いのも怖いのも大嫌いなんだけどなぁ

一瞬だけなら頑張れる気がするんだよ

この先10年、20年、頑張るよりも

今一瞬だけ頑張ればいいんなら


絶対怒られるなぁ

でも最後だよ

もう夏乃のことで怒るのも、心配するのも、迷惑かけるのも

これで終わりだよ。


「今すぐ行ってきて。早く知りたいの。お願い。」

「わかった。ちょっと待っててね。」

「ごめんね。ありがとう。」


沙緒李が出て行ってから根本的なことに気付いた。

なにも用意してないや。

このアパート屋上ないしな

ロープもないし

火を使うのはちょっと、隣に迷惑かけたくない

違法毒物なんてどこに売ってんのって感じじゃん

睡眠・・・あ。下剤しかないわ。

お風呂に水貯めて

あれ、ヤバいなかなか貯まんない

帰ってきちゃうじゃん。早く早く。


あぁ、なんか書いときゃよかった。

遺言だっけ?あれ?違うか


もうなんでもいいや

ちゃんと言ったし

「ごめんね。ありがとう。」って


バスルームが赤く染まった

脈を打つたびに血が噴き出して天井まで紅色に覆われる

しだいに頭がぼーっとしてまぶたが重くなった

沙緒李の足音はまだ聞こえない


「沙緒李、大好き」


すうっと息が浅くなる

苦しくないよ


あのね、夏乃のぶんまでは生きなくていいから

気楽に、笑って

泣かないでよ

ぶさいくな沙緒李はやだもん

夏乃の言うことはぜーったい、だよ?


じゃあ、またね








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