第2話 変化する日常

日が暮れてしばらく経つのに彼女からはなんの連絡もない。冷蔵庫に入った大きなフルーツケーキもせっかく彼女のためにとセッティングしたたくさんの料理も冷めていくばかりでつまらないじゃない。

いくら可愛いからって、好きだからって、最初から朝帰りなんて許さないよ。

日中は温かくても朝晩はまだまだ冷え込んでいて肌寒いんだから、彼女の体を気遣えないような彼氏なら認めてあげない。

なんて、私が言ったところでどうかするような熱の入り方ではないことぐらい分かっているのに。なにを望んでいるんだろう。

今日はサークルがないおひるだけの授業の日だからと薄着で行ったはずの彼女が心配になって、上着をつかみ外へ飛び出した。

なんて嫌味言ってあげよう。

もう料理冷めちゃったよ。とか

初日から熱いね。とか

いっそ困らせてみようか。本当のことを言って。

いや、困らない、よね?だってほんとうにただの思い上がりなだけなんだもん。

可愛くてわたしにないものばかりをもっている彼女がうらやましくて、近づきたくて

ねぇ、なんだろうね。これは。

胸に抱いた彼女の真っ白なカーディガンはわたしにはとっても似合わない。

ヒールを履いて危なげに歩く彼女を支える手はいつも私だったのに。

応援しない勇気も、告白をする勇気も持ち合わせない意気地無しの私には似合いすぎる結果なんだよ。

だからね、せめて帰るところはわたしのところであって欲しいんだ。

少しだけ、目の前が滲んで見えづらい。

幾人かのグループで連れだって歩いていた同年代の男性に肩がぶつかって現実に引き戻された。


「ごめんなさい。」

「おう、おねえちゃんも大丈夫?」

「はい。」


街中で何気なくすれ違い、別々の方向へ歩きだした。


「さっきの子も良かったけどさ、ああいうタイプも俺好きだよ。」

「あぁ、ボーイッシュ的な?」

「強そうな女を崩すのも快感じゃね?」

「いやぁ、やっぱり可愛い子に可愛い声でもっとって鳴いてもらうほうが俺はいいけど。」


なんとなく、男たちから彼女と同じ香りがした気がして振り向いた。

あれ?夏乃子のいう先輩だっけ?

なんどもなんども見せられた写真とは違う。やっぱり私の思い違いか。それともうちと同じ洗剤つかってたかな?


夜の誰もいないひっそりとたたずんだ公園へ足を踏み入れて、すこし休憩しようかと思っていた時だった。

ぼんやりと灯った街灯の下に見覚えのある鞄が散らかっている。

薄いさくら色だった彼女の鞄は土に汚れていくつも傷が付いて、携帯の通知ランプが定期的に光を放っていた。

落としたとか、忘れたとかいう置かれ方ではないのが一目で見てもはっきりとわかったから

「夏乃子!」

わたしは大きな声をあげて彼女を探した。

ベンチの裏、滑り台の下も、砂場もゴミ箱のなかもくまなく覗いて、胸が締め付けられるようにざわざわと鼓動を打っている。

熱いわけでもないのに汗ばかり噴き出て、腕も足も震えが止まらない。

気持ちだけは焦っているのに、体は水中をただよっているかのように重く、冷たい。

雑然と伸びまくる雑草をかき分けた、そのときだ。

なにかうわごとを言いながら、輝きのない目で手を伸ばす彼女を、見つけた。



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