ゆえに君を追う

紅雪

第1話 愛の姿

傘の先端で男の喉を突いた。

皮膚を破る触感が伝わり、鮮血が飛び散った。

生温かい血が手や顔に降りかかり、倒れこむ男が声にもならない声で助けを求めた。

_苦しめ、もっと。

足を砕かれ、開いた肺には空気が入らず、うめき声を上げる様子を私は冷めた目で眺めた。

あれから、生きている感覚がない。全てがテレビドラマかゲームの中で進んでいるかのように思えて、どうだっていいんだ。

そうだね、だから、夢の中ならば、私の好きなようにしたってかまわないだろう?

生ぬるいね。こんなクソみたいな野郎の血も、あの子の血も同じ色をしていて、同じ温度をしているんだ。

君もこのまま硬くなっていくの?

抱きしめて、温めて、さすって、愛撫して、呼んで、求めて、願ったのに、まだ帰ってこないんだ。


涙のように頬を伝って流れおちる雨は彼女をびっしょりと濡らし続ける。

とうに枯れ果てたはずだったのに、とめどない嗚咽が漏れて止まらなかった。

ねぇ、返事をして。名前を呼んで。こっちへ来て。

無理して笑ってくれなくったっていいから。廃人のように毎日ベットで寝ているだけでいいから。ただそこにいてくれるだけでいいから。

もっと何かできたでしょう?

もっとそばにいれたでしょう?

苦しくて悔しくて、想いのままに傘の先端を突き立て続けた。柔らかい皮膚を破壊するぶっとんだ触感が愉快で、薄笑いを浮かべたまま思いのままに刺し続けた。


いつしか男は動かなくなっていた。

たしか前に君が言ったっけ?

「めんどくさいから、そのままにしておく。」ってさ。

じゃあ私もそうするよ。


原型がなくなるほど殴り刺しされた男の肉体は静かに雨が降る雑木林にひっそりと残された。


*****


あれは大学2年の春ごろだっただろうか。

ルームシェア中の親友から急に「電話してもいい?」とメッセージがきて、承諾をした途端、着信音が鳴ったんだ。

普段、あまり通話機能を使うタイプの人ではなかったからね。余計におどろいてすぐに出たんだよ。

「夏乃子(かのこ)?どうした?」

「あのね、あのね、沙緒李、かのね、先輩にね、言ったらね、うへへ、いいよってね、もう、どうしよう。」

電話口から聞こえてくる彼女の上ずった声で、なにがあったのかだいたいは想像がついた。

「はい、よかったね。じゃあごちそう用意しとくから早く帰って来るんだよ。」

「はぁい。」

嬉しそうにはしゃぐ彼女の様子を想像して私もひとりで微笑んでしまった。

大学入学当初から入ったサークルの先輩についに想いを伝えられたの。そのために無理してあまり興味もない映画研究会なんてサークルに入るから、私まで毎日のようにわけのわからないB級映画にも付き合わされたんだ。

マンガやアニメに出てきそうなたれ目で甘い顔立ちをした女の子らしい彼女がフラれるはずもないとは思ってはいたけど、そうか、そうね、お祝いしてあげるから。

『ご褒美、なにがいい?』

『うーん。ケーキ!フルーツのたくさんのったやつ!ホールで食べたーい!』

『了解。太るよ?笑』

彼女の希望をかなえるためにとさっそくケーキ屋さんに足を運んでいる最中、またメッセージが届いた。

『もう、いじわる。じゃあサラダでいいですー。チキンと茹で卵と、アボカドの。しょぼーん。でも絶対じゃがいもは無しで!』

『はーい、ポテトサラダね?』

怒ったようなスタンプでも来るだろうか。

しかし、メッセージはその後既読がつかず、そのまま彼女からの音信も途絶えた。

そのまま先輩とお茶でもしに行ったんだろうとじゃまをせずにそっとしておこうと気を利かせたつもりで、それが悪夢の始まりだっただなんて思わずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る