第16話 わがままな人

 ……。

 落ち着くためにお茶を飲む。

 何を言ってるんだという顔を作る。

「デートじゃないが後藤とは出かけた」

 そう返事をしてみる。オーソドックスな、良い回答なんじゃないだろうかと思いながら。

 後藤はこいつにどこまで話したんだろう。

 どこまでか分からないから、俺は後藤にした話と同じ話で通さないといけない。


 まず、後藤のことは妙に興味がある。

 手を握られたが、ドキドキするかどうかについては「分からない」。

 後藤的には、俺は後藤に恋愛感情が無い。


 …その三つくらいだろうか、事実と違いがある部分は。

 嘘というか、取り繕いというか、いや、まあやっぱ嘘、だな。嘘って腹を括って地固めをしないとすぐにほつれてしまうもの。だからこそ、嘘をつかないようにいつも気をつけているのに。

 人を好きになったら、多少嘘を言わなければならない時があるんだな。



「なんで、後藤と?」

 石原の質問は続く。

「あいつ、面白いから」

「面白いか?硬ぇぞ、めちゃくちゃ。真面目過ぎるし」

 そういうところも含めて面白いんだが。

「どういう奴か興味が湧いて」

 意識して嘘を付くべき三つのポイント以外は、全部本当の気持ちを言うべきなのだ。

「ま、お前が人にそういうふうに絡んでいくのは珍しいな。良い事なんじゃないの」

 そんなふうに石原が結論付ける。良い事?なのか…。

「良い事かどうかは、俺にも分からんが」

 それもまた本心。

「分からなくっても、とにかく遊びに行ってる訳だろ」

「…今のところ、そんな感じ」

 これは嘘です。

「お前はいつも興味のみをガソリンにして動いてるようなとこあるもんな」

 ふーん、石原には俺はそんなふうに見えているんだな。



 それにしても俺がこれまで何気なくやってきたことが、こんなに罪な事だったとは。

 俺だけが知っているつもりだった後藤との時間を、石原が語り出すことのなんという衝撃度。

 しかし、それらは…今まで俺が後藤にさんざんやってきたことじゃないか。

 仕返しか?いやいや、後藤にそんなつもりが無いのは分かっている。だって後藤の生きる世界では『俺は後藤に恋愛感情が無い』で確定しているわけだから。

 感情の行方を知らないって怖い事かも知れないな。俺、自分が正しいと思い込んだり、自分は少しも悪く無いつもりで、これまでも人を傷付けてきたかも。人間関係も、言葉も、想像以上に慎重にやっていかなければならないことなんだと思った。

 恋愛が人を成長させるって、こういうこと?

 今回の場合、片想いだが。


「また、どっか行くのか?デート」

 石原がからかうような口調で訊いてきた。

「日程とかが合えば」

『デート』の部分は無視した。

「俺とも遊べよ」

 石原が、また勝手を言っている。

「はいはい」

 これまでだいたい平日の仕事終わりに飯食いに行くとか、バッティングセンターに行くとか、こいつは辞めたけどジムに行くとか、そういう付き合いをしてきたし、これからもそうだろう。土日にわざわざ遊んだりしない。

 意識してなかったけど、俺の中で『友だち』と『後藤』は、いつの間にかちゃんと区別されていた。

「じゃあ今日ジム行くか?」

「いやだ」

「週末飲みに行くか?」

「行く」

 ほんとワガママ。

 でもまあ、なんか魅力があるんだろうなってことは分かるよ、後藤。

 

 …俺はお前が好きだが、頑張れと言うよ。


 そんな会話の後も、職場で見る石原と後藤の様子は距離を置いたままだった。俺との日曜デートの話なんかをしていると知って、ちょっとは改善されたかと思ったのだが。


 次、いつ会えるだろうかとか、またすぐ誘ったら面倒に思われるんじゃないかとか、片思いは気を遣う。

「で、今日の帰りにジム行くんだが、行かないか」

「で、って何ですか」

「俺の中の独り言のようなものだ」

「行きません」

「そっか」

 全然気を遣っていないように見えるようにするように気を遣う。

 話しかけると見え隠れする後藤の素の部分にちょっとずつ触れていく。話せば話すほど、その機会が増えている気がするのだ。

 石原より俺を気にするようになればいいのに…とは少しは思うが、あまり期待もせず、それでも話しかけるのはそういう部分をもっと見たいからだ。

 先輩・後輩とは違った出会い方をしていれば良かったのだろうが、もう出会ってしまったから仕方が無い。

 駅までの道のりを、並んで歩く。

「兄弟とかいるのか」

「気の強い姉貴が一人」

 後藤より気が強いのだろうか、とふと考えていたら、逆に質問された。

「佐々木さんは?」

「一人っ子」

「ははは、なんか、らしいや」

 崩れた言葉と表情に和む。

「そうか?」

「うん…マイペースが過ぎる」

 そうだろうか。

「佐々木さんって、彼女とかいないんですか」

 あ、それ女子から言われたらちょっと脈ありの質問…って随分前に石原から教わったやつ。

 今回は女子じゃないから違うんだけど。

「いない」

「うちの姉貴どうですか?顔はそんな悪くないと思う」

 ほらみろ、今俺傷付いた。

「いや、いい」

 お前が好きだから。


 駅についた。俺は電車に乗らずにもう少し歩いたところのジムへ行くので、そこで別れた。

 別れ際に、後藤が俺に言った。

「佐々木さん、今日は帰りますけど、今度ジム行ってみます」

「マジ?や」

 やったー、と言いそうになった。

 後藤がきょとんとしていた。

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