第6話

 瑞乃はこの時、理解に苦しんでいた。“そんなこと、本当にできるのか?”と内心訝しんでいた。


 悠雅はこの時、面白くて堪らなかった。“これが成功した暁に、あの化け物を倒せたなら痛快だ”と口元を緩ませる。


 アナスタシアはこの時、確信していた。“私の全てを叩き込んで、あの怪物を倒す。それが二人への誠意”と意気込んだ。



 三者三様。しかして、望む結果は皆同じ。故に、総員全霊を以てこれに挑む。



「さあ、アマ公。ここに奴を釘付けにするぞッ!!」

『応ッ』


 巨大な緋火色金を足場に、彼は切断の祈祷いのりを行使する。首を一つ奪い去ったその刃を恐れ、九頭龍は見るからに攻勢が薄くなっていた。


 それでも空中戦を強いられる悠雅の劣勢は変わらない。視覚外からやってくる猛毒の神威に舌を巻かされる。

 二つ首を失っても残り七つもある。それら全てが恐るべき速度で突っ込んでくるのだ。片腕のみで迎撃するだけでも奇跡と言い換えることができた。

 さらに言えば、凄まじい速度でやってくる七つの首は常に衝撃波を纏っている。その衝撃波に呑まれるだけで肉体は消し飛ぶだろう。

 一瞬足りとも気を緩めることは許されない。


 されど、彼は壮絶に笑いながら引く素振りすら見せない。己を的に、ひたすら引き付け続ける。

 背中の先で、逆転の一手への準備を進める二人の少女を守るために。


『丑の方向より、来るぞ』

「わかってる」


 空中で体を捻りながら振り返る悠雅は、迫る九頭龍の頭部目掛け、巨大な緋火色金が排出される。それに近付くのを嫌がった頭部は軌道を逸らして遠ざかっていく。


「無駄に知恵が働くもんだ」


 九頭龍を睨みつける悠雅の呼吸は荒い。国津神に至ったことにより祈祷いのりの出力が跳ね上がったおかげで、どうにか九頭龍と対峙できていた。しかし、何事にも代償というものが必要らしい。


「恐ろしい勢いで霊力が削り取られていく。空間をぶった斬るだけならそうでも無いが、金属塊を喚ぶのは中々きついものがある」

『国津神へ至ったばかりだから慣れておらんのもあるだろうが、単純にお前の祈祷いのりは霊力を食うのだろう』

「何か改善する方法はないのか?」

『修行あるのみ』

「できることなら即効性があるものを所望したいんだが?」

『慣れろ』

「勘弁してくれ」


 項垂れながら彼は跳躍し、真上から迫り来る九頭龍の頭部を迎撃に向かう。


『そのあと直ぐに戌、蛇と来て、申、寅から同時にだ』

「全く、休む暇もない」

『ここが正念場だ。我が担い手ならば耐えて見せろ』

「言われずとも――!!」



 ◆◆◆



『――これで準備完了です。ですが、本気ですか?』


 二本並んだ、巨大な緋火色金の軌条に挟まれた三笠の声音は明ら様に不安げだった。それにアナスタシアが自信満々に頷いて見せる。

 彼女と瑞乃が立つのは、三笠の船尾。波に揺蕩たゆたう三笠の船縁を見上げる位置にいた。


「悠雅さんも無茶苦茶な方ですけど、貴女も大概ですね」

「そう言いつつ付き合い良いわよね、アンタ」

「どうであれ、私はもう長く戦えません。そんな私にできることがあるのなら、協力することも吝かではありません――が、一回コッキリ。やり直しは効きませんよ?」

「問題ないわ。私を誰だと思っているの?」

「裏切り者ですかね」

「今だけは、そこを皇女ツァレーヴナでお願いしたいわ」


 からり、アナスタシアは可憐に笑う。


「じゃあ行くわよ。私がいいって言ったら、合図頼むわね」

「抜かりはありません」


 首肯する瑞乃。ならば、とアナスタシアは腰にさした黄金の宝剣を抜き放った。


「クォデネンツ。力を貸しなさい」

『貴女の妄想に付き合う必要はもうないのかしら?』


 その美麗なる刀身を震わせて、生意気そうな声を奏でる宝剣にアナスタシアは痛みに耐えるよう瞳を閉じた。

 死んでいった家族の顔が浮かんでは消えていく。愛が失われた訳では無い。家族に会えるのなら、もう一度会いたい。会って抱きしめたい。しかし、それは甘い夢だと彼女は断ずる。夢からは覚めなければ。


「失ったものは二度と還らない。だから私は、せめてもう何も失わないように、今あるものを全力で守りたい。だから、――キリキリ力を引き出しなさい、クォデネンツ!!」


 瞬間、莫大な光量が宝剣クォデネンツから放たれる。熱を帯び、空気を引き裂いて音立てるそれは、天を走る稲妻の光だ。


「行くわよ」

『まあ、茶番に付き合うよりかはマシかもね』

「ありがとう」


 これまで馬鹿な妄想に、黙して付き合ってくれていた故国の聖遺物に礼を述べながら、彼女は霊力を――豊穣の祈祷いのりをこれでもかと宝剣に叩き込んでいく。


 そうしながら彼女は先程の九頭龍の頭を一つ奪い去った、兵器――鳴火神・電磁加速投射砲E・M・Lを脳裏に展開する。あの極限の攻防の中、自身に迫る脅威への対処が遅れたのはかの兵器が稼働するのに使われた莫大な電力と磁力に注意が逸れたからだった。


(悠雅の左腕の分は、必ず仕事を果たして見せるから)


 あの時、かの兵器の内部で何が起きていたのかアナスタシアは知っている。彼女の豊穣の祈祷いのりは治癒と風雷を操る力だ。それに伴って、彼女は電力や磁力を肌で感じ取ることができた。


工程プロセス完了クリアしてる。後は、出力。つまり――)


 さらにクォデネンツの刀身が光り輝く。祈祷いのりの強さを決めるのは、生まれ持つ霊力の規模とその祈祷いのりの思いの丈。簡単に言い換えるとするなら、それは――


(根性っっ!!)


 アナスタシアは咆哮しながら、重ねてさらに力を注ぎ込み続ける。脳味噌が焼き切れたって構わない、そう言わんばかりに一心に念じる。


 極限まで高められた祈祷いのりをクォデネンツを通して、三笠を挟む緋火色金に送り込む。


「準備は、整った。合図を!!」

「大した意地ですね、全く」


 呆れながら瑞乃は拳銃を真上に向かって発射する。空に放たれた弾丸は白い光の尾を引きながら天へと上り、最後にパッと眩く瞬いて散華した。


 直後、悠雅が離脱する。同時に、電磁力が唸りをあげて回転しだす。


 怒りと、決別と、反省と、誓いと、願いを込めて、彼女は吼える。


「いっけええええええええええええェェェェェェッッ!!」


 不沈の祈祷いのりを纏う不壊の城は、音速の十倍にもなる速度を以て、放たれる。熱を帯び、光となって――


(あのバカの英雄譚ミフォローギアに染みなんか残さない)


 ――極大の怪物を穿ち貫いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る