ヒーロー(について)インタビュー ⑤




「え……それって陽太ようたくんが……?」


 驚いて僕が聞き返すと、莉子りこちゃんは首を横に振る。


「いじめられてたのは陽太じゃなくて、別の子だったんだけど。

陽太のクラスにいじめをやってるグループがいてね、クラス中がそのグループに従わされてる感じだったの。

クラスの一人が標的にされて、みんなでその子のこといじめてた。

陽太もね、無理矢理仲間に入れさせられてたの」


 僕がとっさに何も言えないでいると、莉子ちゃんは勢い込んで言う。


「この話、ほんとに誰にも言わないでね。

陽太から、お父さんたちには言わないでってお願いされてるの。

心配かけたくないからって。

叔父さんだから話すんだからね」

「うん、わかった。誰にも言わないから大丈夫。

それで?」

「それで……陽太、大人しいから、言いなりにされて逆らえなくて。

本当はいじめなんていやなのに、逆らったら自分もいじめられるから、恐くて何も言えなかったの。

陽太って大人の人とうまく話せないから、学校の先生にも相談できなくて。

私だけに話してくれたの、学校行きたくないって。

学校行くと、いじめやらなきゃいけないから行きたくないって。

……私も、どうするのがいいかわからなくて、悩んだの」


 そのときのことを思い出してか、莉子ちゃんは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 泣いているのかな。

 そう勘ぐって僕は静かにうろたえたが、しかし、莉子ちゃんはすぐに顔を上げると、頬を赤くしたままかすかに笑って言った。


「でね、一回だけ二人で学校サボっちゃった」

「え?」

「そんなに行きたくないなら、学校なんて行かなくていいじゃんって。

家はいつも通りに出て、陽太と私の学校には、具合悪いんで休みますーって電話して、二人で出かけちゃった」

「うそついて休んだの? よくバレなかったね」

「学校にはバレなかったよ。

お父さんは……もしかしたらサボったのバレてたかもだけど、何も言われなかった」


 我が兄はそういうところは察しがいいから、事情を知らないまま黙認してくれたのかもしれない。

 そう思ったが、口には出さずに、僕は莉子ちゃんの話の続きに耳を傾ける。


「それでね、二人でバスに乗って、隣の市のショッピングセンターまで行っちゃった。

そこなら誰にも見つからないだろうし、一日時間つぶしして帰ればバレないって思って。

で、そこでたまたまイバライガーのショーをやってるのを見たの」


 莉子ちゃんは天板にほおづえをついて、そのときのショーの様子を思い出しているようだった。


「ショーはね、もう悪いことはやめたいって言うジャーク戦闘員がいてね、イバライガーがそのジャークを助けてくれようとする話なの。

そのジャークは、本当は悪いことなんてやりたくない、無理矢理やらされてるんだって言うの。

そしたら、イバライガーがジャークに言うんだよね、現状を変えたかったら、勇気を出してまず自分が変わらなきゃいけないって」


 そう言って、莉子ちゃんは僕の方に視線を向ける。


「そのお話にね、陽太はすごく感動したみたい。

そのときの陽太と、そのジャークの話が同じだったから。

ジャークはイバライガーに励まされて、悪いことをやめようとする。

それで、ピンチになったイバライガーを助けて、勇気を出して怪人にも立ち向かっていったの。

それを見て陽太も、何か決意したみたいだった」

「それで、どうなった?」

「次の日は陽太もちゃんと学校に行ったの。

それでね、クラスのみんなの前で言ったんだって、もういじめなんかしない、いじめの仲間には入らないって。

全員の前で宣言してやったって」

「それは、すごいね」


 あの大人しい陽太くんが、クラス全員を前にして自分の気持ちをはっきり言うなんて。

 大変な勇気がいっただろうに。

 きっと一人で恐かっただろうに。

 それでも、陽太くんはちゃんと変わろうとしたんだ。

 それを行動にしたんだ。

 ……イバライガーの言葉が陽太くんを変えてくれたんだ。


「陽太が宣言した後ね、それまでいじめに参加してた子たちも、いじめやらなくなったって。

陽太と同じで、ほんとはやりたくないけど、自分がいじめられるのもいやだから……っていう子、いっぱいいたみたい。

陽太が勇気を出したら、その子たちも自分もやめるって言ってくれたって、陽太が話してくれたから。

いじめが完全になくなったわけじゃなかったみたいだけど、それから陽太も、毎日楽しそうに学校行ってるよ。

いじめられてた子とも友達になれて、友達増えたって喜んでた」

「そっか……よかったね、本当に」

「今思うと、それが運命の出会いってやつだったのかな」

「運命の出会い?」


 僕が聞き返すと、莉子ちゃんは目を輝かせて大きくうなずいて見せた。


「そう! 

運命のヒーローが、こう……どーん! って目の前に飛び出してきた感じ」


 どーん、ときたか。僕は思わず苦笑した。

 アニメやなんかだと、ヒロインが悪役に追いつめられたとき、ここぞというタイミングでヒーローがヒロインをかばって悪役の前に立ちふさがる。

 莉子ちゃんの目には、イバライガーの姿がそんな風に映ったのだろう。

 たまたまショーの内容と、陽太くんの抱えた問題が共通していたから。

 いや、それをこそ運命と言うんだろうか。

 ショーで、イバライガーの言葉で勇気をもらった陽太くんが、クラスの中で自分の気持ちを言えた。

 それに勇気をもらったクラスの子たちが、一緒に変わることができた。


 勇気の連鎖がつながっていく。

 すてきなことだ。


「それで、莉子ちゃんも陽太くんもイバライガーのファンになったんだね」

「そういうことかな。

そのときのショーの初代様、最高にかっこよかったもん」

「莉子ちゃんが一番好きなキャラは初代様?」

「もちろん初代様も好きだよー」


 うなずいて言う莉子ちゃんの表情に、何となく含みを感じて僕は首をかしげる。

 「初代様も」ということは、一番は別にいるってことか?


「じゃあ、一番好きなのは誰? 

やっぱりブラックかな。この前のときサインもらってたし」

「ブラック様も好きだよ。

っていうか、ブラック様のことはみんな好きだよ」

「それじゃあ……一番はアール? それともミニライガーかな?」


 僕はややムキになって、次々に探りを入れる。

 しかし、莉子ちゃんはその矛先をかわす完璧な笑顔を僕に向けて言った。


「内緒!」


 ……何故なにゆえ!?


 乙女の秘密とでもいうのだろうか。

 おじさんには話せないことなのか!


 モヤモヤとするやり場のない気持ちを抱える羽目になった僕を他所よそに、莉子ちゃんは揚々ようようと麦茶のおかわりを注いだ。

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