4-3:隊長の贈り物

 煤けた軍服を着こんだ女が達磨男を抱えて廊下を歩いていると、彼女が目的地としていた部屋の前で、見目麗しい4人の女達がたむろっていた。軍人ばかりが出歩く城内では見かけることのない緩く派手な格好をしている。


「……なんだ、あいつら?」


ユファが遠目に良く観察してみれば、どの女も結んだり纏めたり、型こそ各人で違うなれど、良く手入れされて艶のある髪を長く伸ばしている。口元に手を当てて、彼女らは甲高く笑いながら廊下で円形に向かい合って世間話でもしているように伺えた。

そんな彼女らの内、数名がどうやらユファの方に気が付き、顔をこちらに向けた。そして、ユファが胸に抱える達磨男をその目に捉えたようで。


「あっ……きた! あの人が“不死鳥殺し”のヴェニタス様……? うわあ、見てみて、ほんとに手足がない!」

「きゃあ、ほんとだほんとだ!」


喜色満面に女性四人組は小刻みにぴょんぴょん飛び跳ね、顔を見合わせて一層盛り上がった。


「……あのクソ王子の言っていたヴェニタスへのプレゼントってのは、“これ”か」


その騒がしい合唱にユファの額に青筋が立ち、彼女がこれまで心の奥底に抑え込んできた怒りが、一気に沸点近くまで膨らんでいく。


「お前ら、どけ。ヴェニタスの部屋に入れねえだろうが」


なかば追い払うように問いただす。高圧的な彼女からは隠し切れない殺気が漏れ出ていたが、そんな死神女の胸中はいざ知らず、楽観的な四人組はそういった赤信号の気配にうといのか鈍いのか、至極あっけらかんとした態度で対応していく。


「何って…………ねえ?」

「「「ねー」」」


一度きょとんとしたかと思うと、美髪の面々は整った小さい顔同士をつき合わせ、くすくすと一人一人が小ばかにしたような態度を見せる。そして、彼女らのうち勝気そうなサイドテールの髪型をした女が不躾にユファの顔と血に汚れた身なりをじっと眺めると、自分達と年齢がそう変わらないと認識し、自慢の黒髪をこれ見よがしに払い上げた。


「私たち、あのラック隊長にヴェニタス様のお世話係を依頼されたの。直々にね」


正面で能面の様な無表情になっている女が何者であるか知らないのか、サイドテールは自信満々に告げる。そして、ユファが抱えている達磨男の方へと両腕を伸ばした。


「ここまで連れてきてくれたのね、ご苦労様。ヴェニタス様を渡して頂戴、私たちがお世話をするから」


しかしその手はすぐさま弾き返される。


「どけ。ヴェニタスの面倒は僕がみる」

「えっ?」


サイドテールは薄赤く腫れた手を抑えると、腹立たしげに口を開く。


「あのねえ……ラック隊長が私たちに命じているの。それを邪魔するつもり?」


サイドテールからすれば、隊長格からの依頼を断ることなど、とうてい有り得ないことだった。ましてや、ラック隊長は帝国の王子でもある。この国でいい待遇を得ていきたいのなら、素直に彼の言葉に従っておくべきに違いない。

サイドテールは目の前に立つ軍服の若い女が、その隊長が構成する部隊の副隊長であるとは露ほども知らず、彼女が自分と大して変わらぬ地位にあると疑っていなかった。


「クソ王子の命令なんて知るか」

「え、えええ……ちょっと、あなたねえ……ラック様は隊長なんでしょ? 流石にその発言は不味いでしょ」


すげなく返されて、サイドテールは正気を疑うかのように顔をしかめた。他の女たちもドン引きである。王族を侮辱する行為は、この帝国において苦しみの多い下手くそな自殺とほぼ同義であった。だというのに、軍服の女からは自分の考えを譲る様子が、一切感じられず。サイドテールは、彼女がヴェニタスにそこまで命をかけるのか、むしろ興味が湧くくらいであった。


「あっ」


そして、彼女の抱きかかえる達磨男をもう一度見やると、サイドテールは何かに気が付いたかのように小さく声を出した。同時に取り巻きの女たちも、目じりを緩める。

各人でタイミングを合わせ、またもや顔を見合わせ始めた。


「ははーん、ねえ、もしかしてこの子」

「もしかしてじゃないって、絶対そうだよ。だって、ずいぶん大切に運んできたみたいだし」

「ふふふ、可愛いー」


女たちは細く笑い、じろじろとユファとヴェニタスの格好を眺める。アビス教国から急ぎ帰ってきたことで土や血で汚れ切った軍服。そんなユファの血みどろに薄汚れた姿に比べて、彼女に抱えられた達磨男は随分清潔な状態であった。


「……はあ?」


ころころと変わる女たちの態度の変化に、ユファは眉をひそめた。しかし、サイドテールと女たちは、やんややんやと沸きあがっていて。


「あのね、一人占めはダメだよ。なんせ、あの伝説のフェニクスを倒したお方なんですから」


仕方ない子ね、とばかりにサイド―テルは口にする。

彼女らは、ヴェニタスを手渡そうとしないユファのぶっきらぼうな態度を、存分に私情の交った意見のように受け取っていたのだ。


「ていうか、ありえないでしょこの人。汚すぎ」


サイドテールの後ろから、小さく声がした。サイドテールの後ろに隠れ、ボブカットの女がせせら笑うように、口の端をあげていた。


「ちょっと、そんな馬鹿にするように言わなくてもいいじゃない」


制するように言うものの、サイドテールの手は口元を隠していて。声は笑いを抑えるように小刻みに震えていた。


「でもさー、実際ヴェニタス様だってそんな血なまぐさい恰好の女より、私たちみたいに清潔感があって、綺麗な髪の持ち主の方が嬉しいって。ねえ? 失礼でしょ」


ボブカットがユファにも聞こえるくらいの声量で、更に囁いた。そんなふうに、隠れて話す彼女の様子を見て、ユファの目がすーっと細まる。


「ふーん……そうか」

「な、なに……? あ、あれ?」


サイドテールが気付いた時には、いつのまにか、女たちは息をすることがままならなくなっていた。膝が笑い、小さく体が震えていた。彼女らは、自分の胸に手を当てる。なぜか、途轍もなくおぞましい生き物に、心臓をわし掴みされているかのような感覚に襲われて。


「――そしたらさ」


凍傷を引き起こしそうなほど冷たい、冷氷のような声。


「ちょっと……あんた何をするつもり」


女たちが不安げにユファの方を見ると、彼女が何の気なしに、帽子を外そうとしていた。しゅるりと、滑らかな液体のように腰元まで伸びてこぼれる、妖しい幻惑を宿した艶やかな紫髪。毛先まで綺麗にまとまった美髪は、ゆるやかに揺れて、止まる。


「あっ」


当人以外、その場の誰もが息を呑んだ。見目に自信のある彼女らをして、絶望で自殺したくなるほどに、その姿は洗練されていた。


「そしたら、僕以外いらないことになるじゃないか」


ユファの口角が斜め上に歪む。

彼女らがユファの髪に見惚れている短い時間。その間に、事は行われた。

紫色の影が揺らめき、鈍い光を放つナイフが、四人の女の体を流れるように斬り通る。


「えっ……」


本人達は自分に何が起こったか気付く余地もなく、彼女らの白い柔肌に赤い線が刻み込まれた。そしてその赤線に丸い液滴が滲み出し、境界から肉と肉がスローモーションで次第に離れていく。


「だってヴェニタスに近寄る奴はみんな、僕がグズグズの血まみれにしてやるから」


ナイフに付着した血を振り払い、淡々と告げて。

小指程のサイコロステーキのように刻まれた肉がぼろぼろと崩れ落ち、女たちの体は、ついに鉄臭い雫を垂らす赤身の山と姿を変えた。

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