Ⅱ よろしければ、また会いませんか?

一日の授業が終わった。


校内では様々なサークルへの勧誘が行われていた。熾子はしばしキャンパスを練り歩いたが、特に琴線に触れるものはなかった。


何もすることがなかったので、生協へ向かった。


インスタントラーメンを買い、寮へ帰ってゆく。


春分は既に過ぎていた。日は徐々に長くなりつつある。空は、海底から水面を見上げたような色に染まっていた。濃紺の雲が漂い、その手前を電線が這う。韓国と変わりない姿だ。


ふと、数か月前に捨てた恋人のことが頭をよぎった。彼の上にも同じ空はあるのであろう。同じなのに、自分と彼は遠く離れている――この空はそれほど広い。自分はこの広い空の下で独りなのだ。そう考えると、冷たい痛みが胸にはしった。


今さらながら、どこかのサークルに入っておくべきかと思った。


部屋へ戻り、スマートフォンを取り出す。暗い部屋の中に四角い明かりが点る。司から一通のメッセージが届いていた。


虚しさを掻き消すように受信箱を開いた。



「羽倉とたまこのフォローありがとうございましたm(_ _)m

重ね重ねすみません(^-^;


ところでいきなりですが、たまこが熾子さんに興味を持ってるみたいなんですよ。たまこも韓国に興味を持っていて、あと Tilacis が好きなんです。

それで今度、たまこと羽倉と私とで、熾子さんと会えないかって言ってきたんです。


よろしければ、また会いませんか?」



昼間のことを思い出した。呟器に「たまこ」「羽倉」という名前の新しいフォロワーがあり、同時に司からはメッセージが入っていた。メッセージによれば、二人は司のクラスメィトであるという。


特に断るべき理由もないし、司に再び会いたい気持ちもあった。



「願ってもないことです(^^♪ また一緒に逢いましょうよ。

けれど、今度はどこ行きますか?

私は、土日であればいつでも行けそうですが。」



部屋の明かりを点け、キッチンでラーメンを煮込み始める。


司から返信が来た。



「うーん(゜-゜)

私も今日、たまこや羽倉と色々と話したんですけどね(-.-)

なかなかいい案は出ませんでしたね。


たまこは音楽が好きなので、カラオケとか、CDショップとか巡ってみるのもいいんじゃないかなって話してたところです(._.)


東京の観光名所とかもいいかなと思ったんですけど、既にひととおり行っておられるかなとも思って、悩みました(-.-)


あるいは、羽倉がいいカフェを知ってるけど、まだ行けてなくて、それで行きたいとも言ってたんですけれども


学校があるので、私も行ける日は土日くらいしかないですね。たまこも羽倉も、来週の土日は空いてると思いますよ。(^^)

羽倉は隔週の日曜がバイトなんですけど、確かバイトのあった日は先週だったと思いますし。」



東京の観光名所ならば、確かに一通り足を運んでいた。熾子がまだ行ったことのない処を選ぶなど、司には難しいことであろう。


しかし、カラオケという言葉には惹かれた。色つきのセロファンに包まれた駄菓子のような少し懐かしい響きである。韓国にいたころは、日本語の勉強と称してよく通っていたか。


熾子は次のように返信する。



「カラオケいいんじゃないですか(*‘∀‘) 私は好きですけどね。(^-^)b

それだったら、今週の日曜日とかどうでしょうか?」



返信が来るまでのあいだに、煮込んでいたラーメンを器に移した。



「分かりました(^◇^)

それじゃ、たまこと羽倉にも日曜日に行こうって言ってみます(^^)


多分、場所はいつも利用しているアキバのカラオケボックスになるんじゃないかと思います。一応、地図貼っときますね↓。場所はここで問題ありませんか?」



メッセージには一つの画像が添付されていた。秋葉原には行ったことはなかったが、実際に足を運んでみればすぐに判るはずだ。


しかし、気になるのは新たにフォローしてきた二人だ。見ず知らずの人間であるにも拘わらず、なぜいきなり会いたいと言ったのか。



「ええ、何も問題はないんです(^-^)b

行ってみれば分かると思います(^^)


ちなみに、そのたまこさんと羽倉さんって、どんな方なんですか?」



そう返信し、熾子は唐辛子ラーメンをすすりだす。



「たまこは中学校のころからの、羽倉は高一のころからの友達です(^^)

たまこは真面目系で、ちょっと人見知りなところがあるけれど、友達思いの女の子です。あと、歌がメチャクチャうまい!( ゚Д゚)


羽倉は大人びた感じのする子ですね。気配りができて、年上のお姉さんみたいな感じです。


まあ、実際に呟器を覗いていただけたら、どんな感じか分かるかと思います。

とりあえず、二人から確認のメールが返って来たら、折り返しメールしますね(^^)/」



確かに、熾子は二人をフォローしているのだ。自分で確認したほうが早い。それに、変な人物が司の友人となるとも思えなかった。



「畏まりました(^-^)

再び会える日を、楽しみにしております(^^)/」



返信を終え、熾子は司からの返信を待った。


しかし、それから深夜になるまで返信はかった。


熾子は、底知れなく寂しい思いを抱いた。

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