お互い特別な想いになれたら素敵だよね

神代零児

二人きりで高みの見物をする男女

 普段見慣れた街並みだって上から見下ろせばまた違った味わいが心に広がる訳で。だからカイリはナナクを連れて家々の屋根を上手く伝い、特に見晴らしの良いこの大衆酒場の屋上へと来て正解だったと思っていたのだ。


「なあ、苦労してでもこっちに昇って来て良かったろ?」

 ここは街の大通りに面しており、眼下には群がった民衆達の熱気が籠っている。それを感じながらもここには他に阻んでくる者の無い爽やかな風が吹く。


 カイリは銀色の髪を揺らがせながら、ナナクに向けて自慢げに笑った。元々整った顔に自信の色を標準として付けている彼の、ここぞの笑顔は相手の心を撃つ程の効果を十分に発揮し得る。

 

 だがしかし。


「そんなに慣れた感じなら、ここってカイリがよく使うデートスポットなのかなー」

 ナナクはパン屋の娘に生まれ、その亜麻色のショートヘアは彼女が持つ色香と元気さの象徴として輝いている。こちらもまた、自信有りげに。


 仕事として実家の店に立ち、客に対する看板娘で居る事さえこなすナナクは器量が良い。彼女はカイリの余りにも流れるような自然な仕草と言動から、彼の過去をそう推察してみせたのだ。


「え!?」

 カイリが驚いたのはそれが図星だったからに他ならない。

「いいよ、盛んな年頃だし他の女とも遊んでても。カイリは男の子だもんね?」


 ナナクは悪戯っぽく目を細めて言ったが、その眼光は鋭い。お姉さんぶるかのように年の事を口にしたが、ナナクもカイリと同じ年の生まれで十七歳である。


「い、いや、だからってここはそんなに安っぽい場所じゃないんだぞ!」

「ふぅん?」

 カイリが変に嘘を付かなかった事は内心評価をしながら、ナナクは探る目線へと移行シフトする。


「いつもだったらここに来ても見られる景色はたかが知れてる。今日みたいな特別イベントの時だから、ここを選んだ意味が有るんだからな」


 カイリの反論は的を得ている――と、ナナクは思った。

 今日は隣国の姫君がこちらの国に嫁入りにやって来る、その行進パレードを民衆にお披露目する日だったからである。だからこそのこの眼下の賑わいと熱気なのだ。


「……じゃあその特別イベントに、他の女じゃなく私を誘ってくれたのね」

「ああ。ナナクが楽しそうにしてる顔を、この賑わってる上で見れたら良いなと思ったから」


 ナナクの心がプラスの面へと傾きそうな気配を察したカイリは、更に彼女が喜びそうな言葉を掛ける。――俺はお前を他の女よりも特別視しているんだぜ。――と、敢えて露骨に伝わる位のレベルの言葉やつを。


 こういう時は露骨で良い。こういう時に露骨に出来ない奴は男じゃない。

 カイリはそういう風に考える男だった。


「そっか。ならありがとね、カイリ」

 ナナクはやや大人しめに、しかし微笑みながら言った。

「う、うん」


 カイリは元々ナナクがもっと良い笑顔を見せてくれると踏んでいたから、肩透かしを食らったような微妙な受け答えをしてしまった。


 ナナクがこの屋上に、自分が前に別の女を連れて来ていた事を見抜くとも思っていなかったからというのもあった。


 ――普段でも夜ならそこそこ良い景色でしょうに。特に、星空とか?――

 ナナクは人が夜にもデートをする生き物だと勿論知っている。知っていて、そこは敢えて触れなかったのだ。


 大人しめな返事をしたのもその考えが頭にチラついていたからだが、別に自分が股に掛けられている事はそれ程気にしていなかった。


 今日という特別な日の昼間に選ばれた自分は、実際他の女よりもアドバンテージを取っているという確信も有った。だからそう易々と夜に会いたがられるのは逆に面白くないと、ナナクはそういう意味でプラスに考えたのだ。


 今隣で自分に向けて、太陽の光に負けない位に目を輝かせてきているカイリという男からは、自分に対しての優しさと、そして彼自身が持つ覇気が感じられている。


 この覇気というやつを持つ男は中々に貴重であるらしいとナナクは知っていた。ナナクはナナクで、確かにカイリを特別視していたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お互い特別な想いになれたら素敵だよね 神代零児 @reizi735

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ