第二章 白蝋の魔女

2章 その1

 翌日の朝は月曜日で、リュミエールは歩いて学校まで行った。家は街の郊外にあるため、中心部に近い場所にある学校とは少し距離が開いている。そのためオランドさんが馬車を用意してくれたのだが、街中を見ながら通いたいと彼女は言い出した。歩いて行けない距離ではないため、彼女の要望通り早起きして馬車ではなく歩きで行くことになったのだ。ただ、学校までの道を知らないので、使用人のベルが付き添って学校へ向かった。


「海だ、海が見えるよ!」


 道中の下り坂のところまで差し掛かったとき、リュミエールは叫んだ。彼女の言う通り、その坂から港が見え、先には蒼い海が広がり、その上を大きな船がいくつも行き交っていた。


「クラーブルは港街です。我々の家は木の多い山側なので見えづらかったかもしれませんが、ちゃんと海があるのですよ」


 ベルはツンとした表情を崩さないまま言った。


「へえー、そうなんだ! あたしずっと山村に住んでたから、海って初めて見るよ。昔絵本の絵で見たことがあるくらいだわ」


 リュミエールは海に向けて両手を広げ正面から吹いてくる冷たい朝風を浴びた。


「海はどこでも見れるものではありませんしね。でも、昨日アランと街を見て回ったときに見なかったのですか?」


「ううん、昨日はアランの家の近所だけだったし、見えるところまで行かなかったよ。あたしは遠くまで行きたいなーって言ったんだけど、そこまで見に行ったら日が暮れちゃうからって止められたんだ。知らない場所だし、流石に夜は嫌だから引き返すことにしたんだよ。あ、でもこの街って夜でも明るいから、真っ暗だった村と違って出歩いて大丈夫なのかな?」


「明るいといっても夜は危険なので、それはやめてくださいね」


 ベルは真顔で答えた。


「そういえば、夜の明かりといえば、どうしてこの街は明るいの? この街に来るまでにいくつか他の街を通ってきたんだけど、ここまで明るくなかったよ。昨日アランがデンキがどうのこうの……とか言ってたけど」


 ベルは彼女の質問に回答するように解説を始める。


「そう、夜でも明るいのは「電気」のおかげです。電気とはいろいろな動力、そして光を生み出す、新しいエネルギーの名前です」


 彼女は人差し指をピンと立て、続けて解説する。


「何故この街が特に電気の技術を多く取り入れているかというと、ここが港街だからでしょう。港があれば、交易が盛んになります。交易が盛んになれば、それだけ働く人々の仕事量が増えますね。そこで、電気です。電気を利用した機械を使うことで労働の負担を減らすことができ、また電気の明るさをもってすれば暗い時間でも働くことが可能になります。そのため、この街はどこよりも電気が必要な地域なのですよ。また、港は常に新しいものや技術が入って来る場所でもあります。ゆえに、それをできるだけ早く手に入れたい人たちがどんどん集まり、発展していきました。最新の技術を取り込み急速に成長したこの街は『光の街』と異名をとるほどになったのです……。と、すみません、つい熱く語ってしまいましたね」


 リュミエールは感心したようにベルの話に聞き入っていた。


「へえー。正直あたしにはよくわからなかったけど、ベルはこの街のこと詳しいのね!」


「ええ、まあ。……昔からこの街に住んでいますから」


 表情の変化に乏しいベルだが、このときだけわずかに顔を曇らせた。


「じゃあ、またこの街のことで何かわからないことがあったら訊いて良い?」


 リュミエールは構わずベルに言った。ベルは一瞬浮かべた暗い表情をすぐに直し、答えた。


「ええ、いつでもどうぞ。私に答えられることであれば答えて差し上げます」


「やった、ありがとう!」


 リュミエールはベルの返答を聞くと飛び跳ねて喜んだ。


「さて、そんなことを話していると遅刻してしまいます。行きましょう……って、だからと言って走ると危ないです。ここは坂道なんですから」


 そう叫ぶベルの顔はやはり真顔だった。坂道を勢いよく下るリュミエールだったが、彼女の忠告通りやはり転んだ。だが、転び慣れているためか、とくに怪我はなく無事のようだ。

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